↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を捨てた王太子が、囚人として着任しました~所長は私です。賠償金は全額返していただきます~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/50

第41話 ベルナールの判決

王都高等裁判所の重厚な法廷は、異様な緊張感に包まれていた。


 傍聴席には、国の財政を司る高位の貴族や、中央賠償管理局の官僚たちが詰めかけ、固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。


 原告側証言席に立つのは、ノルデン賠償執行区所長クラウディア・ヴェルン。


 そして被告席には、中央賠償管理局長ベルナール侯爵と、筆頭秘書官パスカル・エルデンの姿があった。事業凍結の決裁と、賠償金の留保。その二つについて責任を問われている男たちだ。


 今日この日、彼らの罪のすべてが裁かれる。


「これより、ベルナール侯爵ならびにパスカル・エルデンに対する、公文書偽造、特別背任、および業務上横領事件の最終審理を開始する」


 裁判長の重々しい宣言とともに、最終決戦の幕が上がった。


 クラウディアは静かに立ち上がり、これまでアルヴィンと共に、そして辺境の住民たちと共に積み上げてきた分厚い証拠書類の束を証言台に広げた。出し惜しみは一切しない。最初から、敵の急所を的確に穿ちに行く。


「裁判長。被告人ベルナール侯爵の犯罪は、現在進行形の横領にとどまりません。彼の悪行は、かつて、私が無実の罪で断罪されたあの夜からすでに始まっていました」


 クラウディアは、アルヴィンが王都の書庫から発掘してきた色褪せた書類――『未検証メモ』を提示した。


「かつて、被告は私の事業凍結を承認する直前、実務官から『提出された横領の証拠は未検証であり、偽造の疑いが濃厚である』という警告メモを受け取っていました。しかし彼は、それを意図的に黙殺し、即時の事業凍結に決裁印を押したのです。理由は一つ。私が進めていた直接支払事業が拡大すれば、賠償管理局が中抜きできる『留保運用益』が激減するからに他なりません」


「異議あり!」


 ベルナールの代理人を務める弁護士が立ち上がったが、ベルナール本人がそれを制し、傲慢な態度で口を開いた。


「裁判長。あの時の件は、当時王太子であったユリウス殿下の強い要請に基づく『総合的な行政判断』です。一介の実務官のメモを退けたからといって、それが違法であるという根拠にはならない」


「では、その『行政判断』の裏で、あなたの秘書官パスカルが、私の妹セシリアに偽造の様式を指導していた事実も、偶然だと言い張りますか?」


 クラウディアが、パスカルの『マニュアル貸出票』とセシリアの証言録取書を突きつけると、ベルナールはチッと舌打ちをした。


「……秘書官の単独の暴走だ。私は知らなかった」


「パスカルへの偽造指示を、あなた自身が出したかどうかだけを問うているのではありません。警告を受けた後の、あなた自身の決裁についてです。あの時の不正な凍結によって生み出された莫大な賠償金。それをあなた方がどのように管理・運用してきたか。……これが、その動かぬ証拠です」


 クラウディアは、ノルデンからの送金指示額と被害者の実着金額の差を示す『七日照合』の記録、そして金融組合と銀行から提出された『外郭口座の対応表』を連続して提示した。


「被告は『管理予備金』と称して、法定留保期間を大幅に超過して資金をプールし、規定の上限を無視した『超過手数料』を天引きし続けました。さらに、被害者には満額送金したと『虚偽の受領日』を帳簿に記載し、浮いた資金を裏の『外郭口座』へと流用した。その金を使って代理人を雇い、被害者の債権を八割で買い叩こうとし……極めつけに、自らの不正が発覚しそうになると、偽の回収命令書を発行してノルデンの送金原票を奪い、証拠隠滅を図ろうとしたのです」


 一つ一つの罪状が読み上げられるたび、傍聴席からどよめきが起こり、ベルナールの顔色が悪くなっていく。


 ベルナールは弁護士へ目を向けた。弁護士は外郭口座の記録をめくり直し、返事をしなかった。


「出鱈目だ! すべて捏造だ!」


 ついにベルナールが被告席から身を乗り出し、怒鳴り声を上げた。


「賠償金の一時運用は、賠償法によって認められた正当な制度だ! 超過分は必要な事務経費として処理されたものであり、原票の回収も適正な管理業務の一環に過ぎない! 制度上可能な行為を行っただけであり、私はいかなる罪も犯していない!」


 最後まで『制度の穴』を盾に取り、すべては合法の範囲内であると強弁する。


「合法な『通常留保』と、あなたが犯した違法な『超過・虚偽・証拠妨害』は、全くの別問題です。あなたは制度の穴を利用したのではなく、制度そのものを破壊し、被害者の命の金を貪り食った。銀行の原簿、受領者の記録、あなたの決裁。別々に保管されていた記録が、同じ取引を示しています。監察局の別担当者も照合を終え、収集の手続きは裁判所で確認済みです」


 裁判長は被告側へ、照合結果に対する意見を求めた。


 弁護士は、決裁当時の権限と必要経費の解釈について、最後の主張を述べた。裁判官たちは提出済みの規定と支出先の記録を開き、回答を求めていく。


 アルヴィンは傍聴席で、そのやり取りを聞いていた。自分が確かめた日付を問われた時だけ、許可を得て答えた。


「……審理は尽くされた。これより、判決を言い渡す」


 裁判長が厳かに告げた。


 調査開始から数か月。書証の取調べと反対尋問はすでに重ねられ、今日は最後の本人尋問と弁論のための期日だった。休廷を挟み、裁判官たちが席へ戻った。


「被告人ベルナールを、中央賠償管理局長の職から即時免職とする。あわせて、流用資金と違法な超過徴収分について、未回復額の弁済を命じ、特別背任および業務上横領の罪により、第三級自由刑(重罪投獄)に処す。……また、被告人パスカル・エルデンを、公文書偽造および同行使の罪により、第四級自由刑に処す」


 木槌の音が、法廷に重く響き渡った。


 すでに返還された百四十六金貨を、被害者が二重に受け取るわけではない。立替返還した会計への補填と、まだ戻っていない違法徴収分の支払先は、判決の別表で区別されていた。元王太子たち五人の確定債務も、この判決で帳消しにはならない。


「離せ! 私は侯爵だぞ! このような扱いが許されると……!」


 見苦しく喚き散らすベルナールと、絶望に顔を覆うパスカルが、衛兵たちに両脇を抱えられ、法廷から引きずり出されていく。


 クラウディアは、その背中を最後まで静かに見届けていた。彼女の顔に歓喜の色はない。ただ、実務家として成すべきことを成し遂げた、静かな充実感だけがあった。


「……終わったな」


 閉廷後。もぬけの殻になった被告席を見つめていたクラウディアの横に、アルヴィンが歩み寄ってきた。


「はい。彼らが局長と秘書官の権限で送金を止めることは、もうできません。残った処理を進められます」


「ああ。ただ、ノルデンの閉鎖申請は別件だ。あの男が有罪になったことだけで終わらせず、町の会計と運営の記録を見てもらう」


 アルヴィンが、手元の書類をトントンと揃えながら口の端を上げた。


 ベルナールがノルデンを潰そうとして仕掛けた最後の罠。その申請を取り下げるか、あるいは却下するか。


 明日、裁判所からノルデンという町の存続に関する最終的な判断が下される。


 クラウディアは深く息を吸い込み、王都の冷たい空気を肺に満たした。あの時の絶望の夜から始まった長い戦いが、いよいよ真の夜明けを迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。