第40話 公開賠償日・三百十二金貨
雪の残る早春の青空の下、ノルデン賠償執行区の広場には、執行対象者たちと一般住民の代表が集められていた。
彼らの前に立つクラウディアの手には、王都高等裁判所から届いたばかりの、重々しい公印が押された決済許可書が握られていた。
「これより、冬の王都審理前から今日まで、未払い分として、裁判所の『係争中隔離口座』に累積されていた認証済み配当の公開直送を行います」
クラウディアの澄んだ声が、静まり返った広場に響き渡った。
「その総額は、三百十二金貨」
その巨大な数字に、広場がどよめいた。
これまでの少額の通常送金とは次元が違う。冬の間に、彼らが雪道を切り開き、冬用案件をフル稼働させ、共同倉庫の改修で汗と泥にまみれながら積み上げてきた純益の結晶。ベルナール派が不当な手数料や外郭口座への流用を企み、裁判所によって凍結・保護されていた『争いのある配当金』が、ついに解き放たれたのだ。
「この三百十二金貨は、中央賠償管理局の口座を一切経由せず、今回の配分対象となる十一名の直結口座へ送金されます。……マルタ、配分額の読み上げを」
「はい、所長!」
マルタが一歩前に出て、誇らしげに台帳を広げた。
「エミリア・ハルト殿へ、残債務全額にあたる二十五金貨。……薬材商リオラ殿へ、同じく残債務全額の三十四金貨!」
その宣言に、どっと歓声が上がった。
あの時の事件で多大な損害を被った二人の被害者の旧事件残債が、受領確認後に『ゼロ』になる。
エミリアとリオラからは、銀行で受領を確認すると事前の連絡が来ていた。もう、新しい仕入れの予定も決めているという。
「さらに、ハンナ殿、オットー殿、エリーズ殿に各三十金貨! パウル殿、ミリアム殿、ヨアナ殿に各二十五金貨! レミ殿に二十金貨、ネラ殿に十八金貨、フーゴ殿に五十金貨を送金します!」
マルタは各行の合計を確かめ、台帳を閉じた。
送金指示は銀行へ。受領証が揃うまでは、返済記録の欄を空けておく。
午後、銀行からすべての実着金確認が届いた。
クラウディアはダリウスとヴィヴィアンを所長室へ呼び、賠償完了通知を差し出した。
「今回、ダリウスには五十五金貨、ヴィヴィアンには五十七金貨が充当されました。これで両名の民事賠償の残債はゼロです。残る公的奉仕は、指定された施設で続けていただきます」
ヴィヴィアンは通知を読み、次に移送先の欄を見た。王都の宮廷に戻るための書類ではない。
いつもならすぐ出てくる言葉を、今日は探さなかった。受領欄に署名し、インクが乾くまで紙を机に置いて待った。
ダリウスは、ペンを取る前に顔を上げた。
「……あの夜、門で止めた使者の入場拒否票は、まだ残っているのか」
「裁判所に原本があります」
「私の署名も」
「はい。この完了通知とは、別の記録です」
ダリウスは頷いた。今度の署名で、前の署名が消されるわけではない。
彼はペンを取り、名前を書いた。
移送を待つ間、ダリウスは次の輸送担当へ、雪解けで傷みやすい道の印を引き継いだ。ヴィヴィアンは貸与されていた道具を返し、二人とも翌朝の出発時刻を確認して退出した。
同じ日の午後、薬材商リオラは、仕入先へ持っていく注文書を書き直していた。
値段の安い代替品を消し、必要としていた薬材の名を戻す。届いた三十四金貨の受領証を畳み、注文書と一緒に鞄へ入れた。
エミリアの店では、二十五金貨の入金を確かめたあと、古い賠償台帳に最後の日付が記された。彼女はそれを棚へしまい、次の季節の注文帳を開いた。
夕方、職員たちの報告を聞き終えた後。
所長室に戻ったクラウディアは、デスクの上に置かれた書類の束を一つにまとめ、静かに目を閉じた。
「……エミリアとリオラの残債務がゼロになり、他の被害者たちへの大口送金も完了しました。現場での賠償の実務は、これで一つの大きな山を越えました」
クラウディアの言葉に、窓際で外を見ていたアルヴィンが振り返った。
「ああ。あとは法廷だ。向こうの弁明も聞いたうえで、提出した記録について答えよう」
アルヴィンの視線の先には、王都の裁判所から届いた『証人召喚状』が置かれていた。
五日後。王都の法廷において、中央賠償管理局長ベルナール侯爵と、その秘書官パスカル・エルデンの『本裁判』が開かれる。
公聴会から続いた調査と審理の、最終期日だった。二人は翌朝出発し、道中に三日を見込んでいる。
クラウディアは目を開き、その召喚状を手に取った。
日付を確かめ、出張中の引継ぎ表を机へ広げた。
翌朝、ダリウスとヴィヴィアンを乗せた護送車を送り出してから、クラウディアたちも王都へ向かった。




