第34話 倉庫を閉じられても
「……倉庫だけでなく、荷車もですか」
王都から戻って間もない所長室で、近隣都市の倉庫管理組合からの契約解除通知を読み終えたクラウディアは、解約日と次の出荷日を指で追った。
マルタの報告を受け、アルヴィンが監察局の独立情報網を使って即座に裏を取った結果、事態の全容が判明した。
「ベルナール侯爵とつながりの深い王都の商人が、近隣都市の主要な倉庫の空き枠と、長距離輸送に使う大型荷車を、相場の倍以上の高値で『先買い』したようだ」
アルヴィンが、忌々しげに舌打ちをして報告した。
「その上で、近隣の組合に対して『囚人が関わった製品を預かるなら、今後の王都との取引をすべて打ち切る』と脅しをかけた。いくら我々が正当な賃金と配当を払っているとはいえ、王都の巨大な市場から締め出されるリスクを背負ってまで、辺境の試行区に味方する倉庫業者はいない」
「物理的、かつ経済的な兵糧攻めですね。王都の法廷で『係争中隔離口座』へ資金を移され、被害者の金から不当な手数料を抜けなくなった腹いせに、今度はこちらの物流の首を直接絞めに来たというわけですか」
クラウディアの言葉に、マルタが青ざめた顔で頷いた。
現在、ノルデンでは冬前に立ち上げた冬用の大口案件――保存食や防寒具の生産がフル稼働している。毎日大量に出来上がる製品を保管する場所がなければ、品質は劣化し、出荷もできなくなる。製品が金に変わらなければ、当然、被害者への賠償配当もストップしてしまう。
「どうします、所長。今から別の小規模な倉庫をいくつか当たるにしても、ベルナール派の圧力は広範囲に及んでいます。足元を見られて法外な保管料を吹っかけられるのがオチです」
「ええ、外部の業者に依存し続ける限り、この種の圧力には常に屈することになります。……抜本的な解決策が必要です」
クラウディアが台帳に視線を落とし、思考を巡らせていた時だった。
所長室の扉が力強くノックされ、工房長のローディンが顔を出した。
「所長。ちいと耳に入ったんだが、隣町の倉庫から締め出されたってのは本当か?」
「ええ。王都の商人の圧力で、契約を一方的に解除されました」
「……やっぱりな。王都のお偉方ってのは、自分たちの気に食わねえことがあると、すぐそうやって下っ端の首を絞めにきやがる」
ローディンは太い腕を組み、鼻を鳴らした。
だが、彼の顔に絶望の色はなかった。むしろ、理不尽な圧力に対する反骨心でギラギラと目を輝かせていた。
「所長。外部の倉庫が使えねえなら、俺たちの手で作っちまえばいいじゃねえか」
「作る? しかし、ゼロから大型倉庫を建築していては、冬の出荷に間に合いませんよ」
「ゼロからじゃねえ。この町の外れに、昔の開拓時代に使われていた巨大な『旧穀物庫』があるだろう。あそこなら、屋根と壁を直し、床を少し補強するだけで、うちの製品を丸ごと飲み込める立派な倉庫になる」
ローディンの提案に、クラウディアははっと目を見開いた。確かに、その廃墟の存在は知っていたが、権利関係と改修費用の問題で放置されていたはずだ。
「ですがローディン、あの旧穀物庫は個人の所有物です。買い取りと改修には、相当な資金が必要になります」
「資金なら心配ねえ。この町の一般商業組合が、金を出して買い取るってよ」
「え……?」
クラウディアが驚きの声を漏らすと、ローディンはニヤリと笑った。
「あんたがこの町に着任してから、罪人どもを適正に働かせ、市場を開き、利益を町に還元してくれたおかげで、俺たち一般住民の懐もずいぶんと潤ってきてるんだ。その金を出し合って、旧穀物庫を買い取り、『公開使用料の共同倉庫』に改修する。ノルデンの製品だろうが、他所の商人の荷だろうが、適正な使用料さえ払えば誰でも預けられる倉庫にな。使用料は組合の収入だが、改修と荷扱いは執行区にきちんと発注する」
「現場を見せてください。どの区画から使えるか、職人にも聞きたいです」
クラウディアの顔に、明確な勝機を見た笑みが浮かんだ。
「その改修工事、当執行区の事業として全面的にバックアップします。一般住民の皆さんには通常通りの現金賃金を支払い、執行対象者の作業も、安全に担当できる範囲を組みます」
所有者の承諾と組合の決裁を得た翌日、旧穀物庫の調査が始まった。柱と床を確かめ、安全に使える区画から修繕する。
巨大な廃墟の再生に向けて、一般住民の職人たちが足場を組み、的確な指示を飛ばす。
その下で、ユリウスやダリウスをはじめとする執行対象者たちが、泥と木屑にまみれながら、重い柱材や屋根の補修資材を次々と運び込んでいた。
「交代だ! 次の班が入るぞ。足場を確かめろ!」
ダリウスが声を張り上げ、自らも巨大な木材を肩に担ぎ上げる。
ユリウスもまた、荒い息を吐きながら黙々とハンマーを振るっていた。かつて王宮の奥深くで優雅な生活を送っていた彼らにとって、凍てつく風の中での改修工事は過酷を極めた。
しかし、彼らが流す汗は、決して無駄にはならない。
「……本日の改修工事における執行対象者たちの総労務評価額、適正に算定されている」
工事現場を見下ろす高台で、アルヴィンが監査台帳にペンを走らせた。
「生活維持控除を差し引いた純労務充当額と、組合から受注した改修工事の、決済後に確定する利益配当。……彼らがここで重い木材を運べば運ぶほど、被害者へ返すための金額が、認証前の見込みとして積み上がっていくというわけだ」
「ええ。ただ、改修中の保管先も要ります。木材は屋根をかければ置けても、食品はそうはいきません」
三日の退去期限には、すべての修繕は間に合わなかった。
布と木材を先に移し、食品は近隣の小さな倉庫へ分けて預けた。保管料と二度の運搬費がかかり、荷造りの遅れた一件は買い手に納期の延長を頼んだ。値引きを求められ、クラウディアは条件を確かめて受け入れた。
「その分、配当に回る利益も減ります」
マルタが見積もりを直す。
「はい。減った分も記録に残してください。働いた人の評価から埋め合わせないように」
数日後、修繕を終えた最初の区画へ、食品の木箱が入った。
棚はまだ半分しかない。ローディンは残りの工事日程を壁に貼り、次の搬入に使う通路へ縄を張った。
クラウディアは新しい倉庫の鍵を組合の管理人へ渡した。臨時の保管料を払い続けずに済む日が、ようやく見えてきた。
その夕方、所長室にエミリア・ハルトから通信が届いた。
書状を開いたクラウディアの瞳が、スッと細められる。
「……アルヴィン。やはり、敵は諦めていません」
「どうした。今度はどこを塞いできた?」
「エミリアからの報告です。以前エミリアの店へ現れた『債権の買い叩き』を行う代理人が、今度は直接、ネラの工房へ、借換えの条件を突きつけたそうです」
クラウディアは、窓口へ届いた相談記録を確かめた。ネラの借入期限が、すぐそこに迫っていた。




