第27話 今さら娘に戻せません
王宮の第一大広間。
豪奢なシャンデリアが眩い光を落とし、壁には歴代国王の肖像画が重々しく飾られている。
あの時の建国祝賀会の夜、クラウディアが公衆の面前でユリウスから断罪され、すべてを奪われた忌まわしき舞台。そこに、彼女は再び足を踏み入れた。
広間にはすでに多くの貴族や中央官僚が集まっており、クラウディアが姿を現すなり、一斉に好奇と侮蔑の入り混じった視線が突き刺さってきた。
「見ろ、あの悪女が戻ってきたぞ」
「元王太子殿下を辺境で虐げているそうじゃないか」
「どの面下げてこの王宮へ……」
ヒソヒソという悪意ある囁きが波のように広がる。
だが、クラウディアは立ち止まらなかった。彼女は装飾を排した濃紺の実務服に身を包み、背筋を真っ直ぐに伸ばして歩き続けた。その横には、漆黒の外套を着たアルヴィンが、書類鞄を持って歩いている。
過去のトラウマに怯える令嬢はもういない。彼女は王都の空気に全く飲まれることなく、指定された中央の証言席へと向かった。
公聴会が開始される数分前。
証言席の近くに設けられた待機場所へ、見知った顔が足早に近づいてきた。
ヴェルン公爵夫妻――クラウディアの両親だった。
「クラウディア! 昨夜は家令に対してずいぶんな無礼を働いたそうだな!」
父親である公爵は、周囲の目を気にしながらも高圧的な声で言い放った。
「今からでも遅くない。公聴会の冒頭で、お前はヴェルン公爵家の令嬢として発言すると宣言しろ。お前が辺境で二百二十金貨もの送金を成功させたことは評価してやる。その実績を公爵家の功績として報告すれば、私の王宮教育顧問への再任も確実なものになる。お前の過去の汚名も、家が庇護してやろう」
父親の隣では、母親がハンカチを握りしめて涙ぐんでいた。
「クラウディア……あの時は、セシリアを止められなかったの。王家からの追及が恐ろしくて……でも、私たちはお前を愛しているわ。どうか許して、家へ帰ってきてちょうだい」
実の親からの、都合のいい謝罪と要求。
辺境での血の滲むような苦労も、被害者たちの痛みも何も知らないくせに、利益が出たと知るや否や「家の手柄」としてしゃぶり尽くそうとする。
クラウディアは両親の返事を待った。
「……お父様、お母様」
彼女の声は静かだったが、その響きは周囲の空気を凍らせるほど鋭かった。
「今さら家の娘に戻るつもりはありません」
「なっ……なんだと? 親に向かってその態度は――」
「あの夜。あなた方は、セシリアの証言が不自然であり、帳簿が偽造された可能性があると分かっていながら……検証を放棄しましたね」
公爵が息を呑み、目を見開いた。
「王家からの怒りを買い、家名に傷がつくことを何よりも恐れたあなた方は、反証の機会を求めた私を切り捨て、早々に地方の別邸へと放逐した。無実の娘を守るより、公爵家という保身を選んだのです。……違いますか?」
「そ、それは……家を守るためには仕方のないことで……」
「ええ、仕方のないことでしょう。ですから、私も私の守るべきもののために、あなた方とは完全に線を引かせていただきます」
クラウディアは両親に背を向けた。ちょうどその時、公聴会の開始を告げる鐘が鳴り響いた。
審理を取り仕切る裁判長が席につき、厳かに宣言する。
まずは、発言者の身分と所属の確認からだった。
「証人、クラウディア・ヴェルン。貴殿の所属を明らかにせよ」
「はい」
クラウディアは証言席に立ち、広間に響き渡る声ではっきりと答えた。
「私は現在、国王陛下の任命を受けた『ノルデン賠償執行区所長』としてのみ、この場に立っております。……また、この公の場を借りて、記録に留めていただきたい事柄があります」
広間がざわめく中、クラウディアは傍聴席にいる両親へ冷たい視線を向けた。
「私はかつて、ヴェルン公爵家によって事実上の追放処分を受けました。公爵家は当時、私が無実である可能性を認識していながら検証を放棄し、私を当家から切り離しました。反証の提出を求めた私の書簡と、父の受領署名、検証を見送る旨の返書を提出します。ゆえに、私がノルデンで構築した賠償事業および、先日達成した二百二十金貨の送金実績について、ヴェルン公爵家はいかなる関与もしておらず、一切の功績を主張する権利を持ちません」
その発言に、広間は一瞬の静寂に包まれ、直後に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
貴族の令嬢が、公式の場で実家の不義理を暴露し、親子の縁を切るに等しい絶縁宣言を行ったのだ。
アルヴィンが即座に前へ出た。
「法務省独立監察局・執行監察官アルヴィン・グレイ。ただいまのクラウディア所長の発言を、利益相反の排除を証明する重要な宣誓として、公式議事録への記載を要求する」
裁判長は木槌を鳴らして静粛を命じ、書記官に記録を命じた。
公爵は返書の筆跡を否定できなかった。裁判長は本人にも説明の機会を与え、その応答と書簡を併せて記録させた。
これにより、父親が目論んでいた『ノルデンの成功を利用した王宮教育顧問への再任』は、信用不足と実績の虚偽主張の恐れから、同日中に見送られることが確定した。
「……これで、過去のしがらみはすべて片付きました」
クラウディアが席に座り直すと、アルヴィンが小さく笑った。
「見事な防壁だ。……さあ、本題が来るぞ」
アルヴィンの視線の先。
証言台の向こう側、告発者側の席に、恰幅の良い中年の男が余裕の笑みを浮かべて現れた。
上質なベルベットの服に身を包んだ、中央賠償管理局長・ベルナール侯爵。
消えた三金貨の黒幕であり、あの時のクラウディアの事業凍結を裏で推し進めた男。
クラウディアは男の名を確かめ、手元の資料を開いた。




