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私を捨てた王太子が、囚人として着任しました~所長は私です。賠償金は全額返していただきます~  作者: 他力本願寺


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第15話 六十三金貨送ったのに、六十しか届かない

送金指示額、六十三金貨。


 被害者受領額、六十金貨。


 控除、三金貨。名目『管理予備金として当座留保』。


 王都の中央賠償管理局から届いた公式な受領確認書を前に、所長室には重苦しい沈黙が降りていた。


 デスクの前に立つ会計主任のマルタが、手元の台帳と着金報告書を照らし合わせながら、忌々しげに報告の声を上げる。


「受領証を合計しても、六十金貨です。中央へ送った六十三金貨との差は、三金貨。こちらの計算違いではありません」


 クラウディアは静かに頷いた。


 六十金貨の受領証を、マルタが支払期限の表へ重ねた。エミリアへ三十、リオラへ二十、ハンナへ十。三人の今月の支払いには間に合った。


 だが、問題は消えた三金貨だった。


「管理予備金、ですか。中央局が地方の事業から手数料を引く規定はありますが、それはあくまで明確な比率が定められた『事務手数料』のはずです。予備金などという用途不明の留保は、私が王都で実務を担当していた頃には存在しませんでした」


「ああ。存在しなかったからこそ、奴らは新しく『作った』のだろう」


 アルヴィンが、自身のデスクから分厚い革張りのファイルを持ち出してきた。


 それは彼が監察官の権限を使い、中央の書庫から密かに取り寄せた、一年以上前の賠償局の過去記録だった。


「所長。あなたが王都で『直接支払試行事業』を担当し、そして偽造帳簿によって事業を凍結される直前の送金記録だ。これを見てみろ」


 アルヴィンが指し示した数枚の色褪せた送金票。


 そこには、クラウディアの決裁を通さず、別の部署を経由して処理された案件の端に、手書きで小さく『管理予備金』という控除欄が不自然に付け足されている痕跡があった。


 そして、その処理を承認した決裁欄に押されていた印章は――。


「……パスカル・エルデン」


 クラウディアの口から、冷たい声が漏れた。


 先日、セシリアが恐怖に震えながら吐いた名前。一年前に王太子府へ出向し、セシリアに内部様式の嘘のつき方を教え込んだ男。そして現在、賠償管理局長ベルナール侯爵の筆頭秘書官を務めている男だ。


「今の様式と、過去の処理をつなぐ記録だな」


 アルヴィンが書類を指先で弾いた。


「ベルナール一派は、一年前からこの『管理予備金』という名目で、賠償金の一部を中央で一時留保し、自分たちの運用益か何かに回すシステムを作り上げようとしていた。だが、あなたが『直接支払事業』を推し進めれば、中央を通さずに金が被害者へ直行してしまい、彼らが上前をはねる隙間がなくなる。だからこそ……」


「直接支払が止まれば、中央には都合がよかった。動機にはなります。ただ、誰が何を指示したかは、まだ確かめなければ」


 クラウディアの胸の奥で、冷たく澄んだ怒りが静かに燃え上がった。


 過去の送金票にも、届かなかった金がある。誰が待ち、何の支払いを諦めたのか。その欄には何も書かれていなかった。


「許せませんね」


 マルタが怒りで声を震わせた。


「所長。ただちに次の送金を止め、抗議の通信を出すべきです! あるいは、すべて『緊急直接支払条項』に切り替えて、中央を完全に迂回しましょう。これ以上、彼らに一銅貨たりとも掠め取らせるわけにはいきません!」


 実務を担う者として、マルタの怒りはもっともだった。


 だが、クラウディアは静かに首を横に振った。


「抗議と、三金貨の解除請求を出します。同時に、裁判所へ通常経路の変更を申し立てます」


「では、次の送金は?」


「通常分には、認証後の送金期日が定められています。裁判所の許可なく止めれば、今度はこちらが送金を怠ったことになり、中央が止めた分との責任も曖昧になる。期限前の金は地方銀行に置き、期日が来る分だけ送ります」


「経路変更の判断が出るまで、待つしかないのですか」


「だから、解除請求と一緒に暫定の直送許可も求めます。緊急条項に当たるものは個別に申請する。裁判所へは支払期限も添えて、判断を急いでもらいます」


 クラウディアは照合表に、三金貨の未着を書き込んだ。


 中央に受け取られたことと、被害者に届いたことは違う。届いていない分を、加害者の返済済み額にも入れてはならない。


「監察局からは、中央の記録保全を要求する。受領日を書き換えられる前に、銀行側の記録も押さえよう」


 アルヴィンが別の用紙を引き寄せた。


「七日ごとに照合し、返答がなければその事実も裁判所へ追送する。抗議を出して終わりにはしない」


 マルタは頷いた。


「私が被害者側の受領証を集めます」


「お願いします。お金が届いていない人の支払期限も、必ず一緒に」


 額が大きくなるのを待つ理由などない。三金貨でも、その金を待つ人がいる。


 クラウディアは解除請求書を書き上げた。自分の印を押すと、アルヴィンが銀行記録との照合欄に署名する。


「時間はかけられませんね」


 クラウディアは窓の外、色づき始めた北東の山々を見つめた。


 秋風はすでに冷たく、冬の足音がそこまで迫っている。


「冬が来る前に、被害者たちの事業借入の期限や、厳しい冬越しのための資金の支払い期限がやってきます。審理を待つ間に、彼らの店を潰すわけにはいきません」


 雪に閉ざされる前に、必ず彼らに金を満額で返す。

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