第13話 噂は荷車より速い
「次の市ですが、出店を見合わせたいのです」
朝一番の客は、前回いちばん多く木工品を買った商人だった。
クラウディアは理由を尋ねた。彼は帽子を両手で握ったまま、町の外へ目を向ける。
「品が悪かったわけではありません。うちの客が、買わないと言うんです。囚人の作った品だと知って……」
「返品が出たのですか」
「まだ。それが怖くて、次を買えない」
昼までに、同じ申し出が続いた。
初回の現物確認で安心した客も、その先の客へ売れなければ仕入れを止める。広場で実物を見せるだけでは、噂が先回りした街の店まで守れなかった。
マルタが取りまとめた取り消し票には、よく似た文言が並んでいた。
不衛生。王家の不興。あとで取引を断られる。
ヴィヴィアンは商品情報の整理を終えたところで、呼び出された。
「この言い回しに、覚えはありますか」
「……誰かが同じ忠告を配っているのね。心配しているふりをして」
ヴィヴィアンは一枚を指で押さえた。
「『あなたの店のために知らせる』。こう書かれると、親切な相手を疑いたくなくなるの。私も、そう書いたわ」
言い終えてから、彼女の指が止まった。
机の隣には、クラウディアに関する偽造私信の写しがある。言い回しまで似ていた。
「なら、同じやり方で打ち消せるのではなくて?」
「誰が作った噂か分からないまま、別の噂を上乗せするつもりはありません」
クラウディアは取り消し票を集めた。
必要なのは、行商人が客の前で示せる根拠だ。そして、不良品を引いた時に損を抱え込まずに済む道だった。
第三者の職人組合へ、出荷単位ごとの検査を頼む。
保存食には加工日、保存方法、使用期限を記し、木工品には材と検査番号を付ける。店が品を売った後でも、どの作業班がいつ作ったかまで戻れるようにした。
ヴィヴィアンには、その元になる記録の整理を任せた。証明書へ署名するのは、町とも囚人とも利害を持たない検査員である。
「返品は、どこまで受ける?」
アルヴィンが保証案を見た。
「表示した品質を満たさない品は、代金を返します。売れ残りまで引き受ける約束はできません」
「その費用を引いても、事業が成り立つか」
「マルタと試算します。買い手を安心させるために、払えない保証をしては同じですから」
トリスタンは検査費と返金準備費を加えた原価表を、何度も書き直した。
「これでは、最初に見込んだ利益より減る」
「売れなければ、もっと減ります」
マルタが答え、彼の計算に抜けていた運賃を指した。
トリスタンは口を閉じて、ペンを取り直した。
翌日、クラウディアは出店を取りやめた商人に、検査済みの見本と新しい取引条件を届けた。
彼は木工品を裏返し、刻まれた番号を確かめた。
「俺の店で問題が出ても、この番号で調べられるんですね」
「はい。不良が確認されれば、契約に従って返金します」
「では、最初は半分の量で」
全員が戻ったわけではなかった。それでも、次の市場を開けるだけの注文が残った。
クラウディアは契約書を閉じた。空いた出店区画が目に入る。いずれ埋めたい。だが、埋まったふりをする必要はない。
その晩、アルヴィンが二人分のパンを持ってきた。
「返金の申出用紙に、受付先がない」
「……あ」
差し戻された紙に、クラウディアは連絡先を書き足した。
「これでいいですか」
「これなら、困った客が迷わない」
彼は確認を終えると、パンの包みを開いた。
クラウディアは笑って、インクの瓶を閉めた。
「今日も監査付きの夕食ですね」
「食事の間まで、書類を読まなくてもいい」
彼女はパンを受け取った。少し冷めていたが、割ると中にはまだ柔らかなところがあった。
机の隅には、六十三金貨の照合表が置かれている。確認日は、もうすぐだった。




