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第五部終了『蒼溟の覇王 ―島津海洋帝国記―』 〜「死んだら売上ゼロだろ」 戦国薩摩の捨て石から、畳の上で死ぬために組織と兵站を組んで海洋覇権を握るまで〜  作者: 堀川うつら
第4部 大隅制覇と耳川の戦い

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第77話 高城の孤壁と浅瀬の補給線

天正四年(一五七六年)十月。 日向中部、小丸川の北岸にそびえる新納院・高城を、押し寄せた大友軍三万余の陣幕が幾重にも取り囲んでいた。 日向へ侵攻した大友軍総勢四万余のうち、宗麟自身は山道の険しさと泥濘に苛立ち、日向北部の無鹿に本陣を留めて「神の国」の建設と祈祷に耽る中、先鋒の田北鎮周と田原親賢が率いる主力部隊が高城へ殺到していたのである。


「落とせ! 丸木一本残さず焼き払え!」 「デウスを侮る土武士どもめ、皆殺しにせよ!」


喚声を上げ、城壁の切所へ押し寄せる大友の前衛部隊。 だが、その苛烈な攻め口とは裏腹に、兵たちの動きには精彩がなかった。 山道での泥濘で輜重隊が立ち往生し、一日二百石の米の供給は完全に破綻している。城を力攻めで落として城内の備蓄米を奪わねば、後続の兵から飢えて倒れる――その焦燥が、鎮周に無謀な力攻めを強いていた。


だが――高城は、落ちない。


「矢を惜しむな! 狭間に引きつけて眉間を射ち抜けッ!」


城壁の櫓の上から怒号を飛ばすのは、城将・山田新介有信である。 城兵わずか数百。本来であれば数で押し潰されても不思議ではない小城が、三万の大軍の猛攻を頑として跳ね返し続けていた。 その粘り強さを支えていたのは、武勇だけではない。 城の切所や空堀の要所に、見慣れぬ規格で整然と敷き詰められた竹蛇篭の防壁の存在だった。


「新介様! 三の丸の土塁が敵の金棒で崩されかけております!」 「慌てるな! 蒲生から届いておる替えの籠を叩き込め!」


工兵たちの合図とともに、油抜きを施した極太の孟宗竹で編まれた直方体の竹籠が、崩れた土塁の隙間へ滑り台のように滑り落とされる。籠の中には、河原の玉石と赤土が隙間なく詰まっており、大人数人がかりで押しても微動だにしない。 崩された端から、規格化された防壁ブロックが隙間を塞ぎ、城壁はまるで生き物のように瞬時に修復されていく。


「な、何だあの城は!? 崩しても崩しても、新しい竹の壁が生えてきおるぞ!」


攻め寄せた大友兵が呆気にとられ、足を止めた隙間に、城壁の狭間から正確無比な矢と鉄砲の銃撃が雨あられと叩き込まれた。


*


その高城の裏手――北東側の深い断崖の下を流れる、小丸川の支流。 城の正面で凄まじい喚声と銃声が轟いているのとは裏腹に、川霧が深く立ち込める浅瀬の葦原では、息を殺した静寂の中で作業が進んでいた。


ザザッ、と平底の川舟が二艘、砂利の河原へ滑り込む。 高鍋の河口で早船から荷を積み替え、夜陰に乗じて川を遡ってきた高須の舟手である。


「頭領、着きましたぜ」 「音を立てるな。担ぎ板を渡せ」


川舟の舳先から降り立ったのは、楠行者衆の頭領・道純である。 道純の合図で、崖の上から滑車で吊り下げられた太綱が静かに降りてくる。 舟底から次々と陸揚げされていくのは、筵で厳重に巻かれた干し芋の俵と、木肌の新しい十薬酸味麦汁の樽だった。 高鍋の浜から小丸川を舟で遡上し、城の裏手の死角となる断崖へと直接荷を引き揚げる――崇清が敷設した浅瀬のバイパス補給線が、大友軍の包囲の輪を完全にすり抜けて機能していた。


「道純殿!」


崖上から縄梯子を伝って降りてきたのは、山田有信の嫡男・山田有栄だった。若武者の顔には泥と煤がこびりついていたが、その双眸には力強い生気が宿っている。


「かたじけない! 城内の水の手が大友の放火で濁り、兵の喉が干上がりかけていたところだ。この酸味麦汁と干し芋があれば、城兵はあと一月でも二月でも戦える!」 「崇清様からの言伝でござる」


道純は無表情のまま、懐から小さな薄板を取り出して有栄に手渡した。 「城壁の竹蛇篭が損じれば、幾らでも替えを流す。兵には干し芋を豚の脂汁で煮て腹いっぱい食わせよ。飢えているのは包囲している敵の方だ。決して無理に打って出るな……とのこと」 「ははっ、崇清様は神仏のようだ」


有栄は薄板を押し戴き、喉を鳴らして笑った。 「包囲しておる大友の雑兵どもめ、昨夜は陣中で奪い合いの喧嘩をしておったわ。飯を食うておらぬ軍勢など、恐るるに足らん!」


*


一方、その頃。 高城から小丸川を挟んだ南岸、舟運の陸揚げ地点を固める前進陣地の天幕。 河口の高鍋から物資を吸い上げるこの中継陣地に身を置く崇清の耳に、北の山並みから湿った風が吹き込んでいた。 そのさらに北――耳川沿いの険しい谷間には、島津家久が率いる精鋭が息を殺して伏せ、大友の軍勢が崩れ落ちてくる瞬間を手ぐすねを引いて待ち構えている。


崇清は手元の黒い木駒を取り上げ、絵図の北側――高城の背後に流れる「耳川(みみがわ)」の谷あいにコトリと置いた。


高城を包囲する大友軍三万は、小丸川を挟んで南を向いている。その大友の背後、北へ退却する街道の退路を塞ぐように控えているのが、島津又七郎家久率いる精鋭だ。


(……兄上は、北の耳川で息を潜めて待っている)


飢えと包囲の長期化に耐えかねた大友軍が、城を落とせず後退しようとすれば背後から噛み砕かれ、焦って前進すれば泥濘の谷へと釣り込まれる。大友がどちらへ動こうと、行き着く先は仕留め場所(キルゾーン)だ。


(だからこそ、この高城は一歩も引いてはならない。山田殿が耐えれば耐えるほど、大友の首に巻かれた縄が締まる……)



「若君、豊後方の動きが掴めました」


陣幕をくぐって入ってきた弥三郎が、算盤を握った手で汗を拭いながら早口に告げた。 「道雪・紹運の両将は、府内港の裏証文を盾に『兵糧の整わぬ出兵は自滅の道』と宗麟公へ猛抗議を続けております。動員こそ掛かっているものの、両将の直属部隊は依然として動かず、前線の親賢殿へも増援は一兵も届いておりません」 「大友の陣中の兵糧は」 「すでに底を突きかけています。高千穂の山中で足止めを食らった輜重隊は届かず、前線の三万は一日一握の麦すら行き渡っていません。ですが、若君」


弥三郎の表情が引き締まる。 「泥濘に沈んでいたあの青銅の大砲――国崩しですがね。親賢殿が人足八百を強引に駆り立て、駄馬数十匹を潰しながら、半月余りを費やして山道から引きずり出したそうです。いま、高城の正面、北岸に連なる丘へ据え付けにかかっていると行者衆から知らせが入りました。高城の本丸だけでなく、川を挟んだこの南岸の荷揚げ陣地までも、まとめて射程に呑み込む腹づもりのようです」 「ついに引きずり出してきたか」


崇清は手元の筆を置き、ゆっくりと立ち上がった。 あの大砲を動かすために、どれだけの労力と兵糧が浪費されたことか。まさに自らの首を絞める足枷そのものだ。 宗麟は、神の名と南蛮の大砲という異形の威光で、家臣と大地を力づくで平伏させられると信じている。だが、力による恐怖で人の心は繋ぎ止められない。 崇清の胸中には、獅子目で読んだ『飯隈文書』の墨跡が鮮やかに浮かんでいた。 古代のオシホミミは、圧倒的な武威を誇る神名を冠されながらも、前線で血を流すことを選ばず、高天原の統合王として調和の枠組みを敷いた。 信仰を力による支配の道具にしてはならないのだ。 大友を退けたあと、この九州をどう束ねるか。力で押さえつければ、第二の宗麟になるだけだ。旧来の寺社を武力集団に戻さず、されど民の信仰を踏みにじらない道。 朝廷の神祇官、そして近衛家の権威を用いて、寺社を「現世の利権争いから切り離された不可侵の祭祀の場」として制度化する。それこそが、この泥沼を終わらせる唯一の防壁になる。


「若君! 対岸の丘より、敵の砲口がこちらを向きますぞ!」


見張りの兵が叫んだ。 崇清は思考を切り替え、鋭く命じた。


「工兵を呼べ! 川沿いの防壁とこの前進陣地に、竹蛇篭を二重に並べて土を盛れ。直撃コースの土塁の裏に伏せていれば、決して死にはせん!」


崇清の指示が飛び交い、兵たちが竹壁の陰へ身を沈めた、まさにその時――。


ドォォォォンッ!!


秋の空を真っ二つに引き裂くような、大地を揺るがす異様な轟音が鳴り響いた。 対岸、北岸の丘から噴き上がる、黒煙と火花。 大友の誇る南蛮巨砲「国崩し」の砲弾が、風を切り裂いて飛来した。


今回は、高城攻防戦の本格的な幕開けです。


三万を超える大友軍に対して、わずかな城兵で高城が持ちこたえているのは、単純な武勇だけが理由ではありません。


竹蛇篭による応急修復。

海から川へ、そして川から崖上へと繋がる補給線。

干し芋や豚肉、そして水分補給用の酸味麦汁。


崇清がこれまで積み上げてきた「兵站」が、実際の戦場で城を支える仕組みとして動き始めています。


とはいえ、大友側も黙って崩れてくれるわけではありません。


泥濘に沈み、人足八百と駄馬を大量に消耗しながら、ついに「国崩し」を高城前面まで運び込んできました。


兵站という観点から見ると、この巨砲は大友軍にとってかなり重い存在です。


しかし――。


重いから弱いとは限らない。

というか、強いからわざわざ運ぶのですね。


そして今回、ついにその砲口が崇清たちへ向けられました。


果たして、竹と土で作った防壁は南蛮巨砲の一撃にどこまで耐えられるのか。


次回、高城攻防戦はさらに激しくなります。

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