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第五部終了『蒼溟の覇王 ―島津海洋帝国記―』 〜「死んだら売上ゼロだろ」 戦国薩摩の捨て石から、畳の上で死ぬために組織と兵站を組んで海洋覇権を握るまで〜  作者: 堀川うつら
第4部 大隅制覇と耳川の戦い

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第74話 日向の落日と都於郡城の孤影

すみません、7時に予約したつもりが19時になってました

天正三年(一五七五年)十二月。 府内港で大友宗麟が南蛮の巨砲を仰ぎ見、「日向へ南下する」と吠えてから、一年余りの歳月が流れていた。 だが、北九州の巨人は動けなかった。 北からは毛利の影が海を脅かし、西では佐賀平野の龍造寺隆信が獰猛な牙を剥いて筑前・筑後を脅かしていた。「島津など取るに足らぬ泥の野武士、日向など攻めても一文の得にもならぬ」と猛反対する立花道雪ら伝統派重臣と、南下を煽る中央官僚派の対立は泥沼化し、さらに宗麟自身が日向を「キリスト教の理想郷」とする儀式と受洗の準備に没頭したため、大友の軍勢は府内に足止めされ続けたのである。


大友が北と西の重圧に釘付けとなり、府内で神への祈りと内輪揉めに日々を空費していたその間に――。 南九州の天秤は、音もなく、決定的に傾いていた。


南九州の冬を切り裂く乾いた西風が、日向平野の枯れ草を砂煙とともに巻き上げていた。 日向の空は、抜けるように青い。 だが、その突き抜けた冬晴れの下で展開されていたのは、名門・伊東氏が三百年かけて築き上げた栄華が、戦わずして砂の城のように崩落していく、無残極まりない終焉の光景だった。


「城を捨てよ! 都於郡を捨て、豊後へ走るのじゃ!」


都於郡城の本丸に、当主・伊東義祐の嗄れ果てた絶叫が木霊した。 白髪の乱れた頭を抱え、足元をふらつかせながら広間を駆けずり回るその姿に、かつて日向四十八城を誇り、上方風の華美な宴を毎夜繰り広げていた名君の面影はどこにもない。


木崎原で主力を失ってから三年の歳月。 島津は一度として、都於郡城へ向けて大軍を押し出してはこなかった。 ただ、大隅の高須から伸びた竹骨帆の早船が、日向沿岸の浜辺へ雪のような極上の白塩と、泥の芋から醸された強い焼酎、そして黄金色に干し上げられた大量の「干し芋」を堰を切った奔流のごとく送り込み続けた。


塩を握られ、焼酎で小銭を吸い上げられ、そして何より「米に代わる腹持ちのよい糧食」として干し芋が沿岸の村々へ行き渡った。 伊東の城下からは日増しに米が消えた。米を抱え込まずとも干し芋で腹を満たせる百姓たちは、伊東へ納める年貢米を隠し、夜陰に乗じて島津の船へ運び込んだのだ。 兵糧米の苛烈な徴発に耐えかね、まず野尻城の重臣・福永丹後守が門を閉ざした。続いて紙屋城の米良一族が島津へ通じ、高原城、三ツ山城の国衆たちが雪崩を打って叛旗を翻した。


槍一本合わさぬまま、背骨をすべて抜かれた巨木。 外堀も内堀も、ただ「飯と塩の蛇口」を締め上げられただけで干上がり、今や都於郡城の周囲には、義祐に付き従う武士の姿すらまばらだった。


「殿、馬の用意ができました! 急ぎ米良の山道を抜け、高千穂を経て豊後へ……大友様のもとへ落ち延びねば、飯野の義弘勢に退路を塞がれまする!」


わずかに残った近習が義祐の袖を引き、泣きながら搦手の暗がりへ引き摺っていく。 名門・伊東義祐の落日。 都於郡城の無人の門を、冷たい空風だけがカタカタと揺らしていた。


*


数日後。 都於郡城の外郭、大手門の前に敷かれた床几に腰掛け、島津又七郎家久が太刀を膝の上に置いて大きな欠伸を噛み殺していた。


「あっけねえ。戦にもなりゃしねえ」


家久は不満そうに鼻を鳴らし、傍らに立つ若武者――蒲生島津崇清(又八)を横目で睨みつけた。 「おい、又八。俺が飯野から駆けつけた時には、もう城の門が開いてやがったぞ。伊東の爺さんは一族郎党引き連れて、着の身着のままで豊後へ逃げちまった後だ。槍の一筋も合わせずに日向の一国が手に入ったってのに、なんでお前はそんな仏頂面して帳面ばっかり睨んでるんだ?」


崇清は手元の薄板に墨で数字を書き留めながら、顔も上げずに淡々と答えた。 数えで十八歳を迎えたその顔立ちには、少年期の面影を残しつつも、現場の過酷な泥水をくぐり抜けてきた実務家特有の硬質な落ち着きが定着していた。


「兄上、戦をせずに勝てたからこそ、ここからが一番厄介なんです」 「ああん? 何が厄介なんだよ。城を分捕ったんだ、あとは蒲生島津の旗を立てて、この美味そうな平野の田んぼを全部うちの領地にすりゃいいじゃねえか」 「それをやった瞬間に、島津が内側から自壊します」


崇清は木板をパチンと指先で叩いた。 「伊東が逃げた後には、昨日まで伊東に従っていた何百人もの土着の地侍や百姓が残されています。彼らがなぜ島津に靡いたか分かりますか? 島津が好きだからじゃない。伊東の過酷な徴発から逃れ、高須の塩とあの腹持ちのいい干し芋で食い繋ぎたかっただけです。そこへ俺たち蒲生島津が乗り込んでいって『今日からここは俺たちの直轄領だ、年貢を寄越せ』とやれば、連中は明日にも豊後の大友に助けを求めますよ」 「う……」


家久が野性味ある眉をひそめ、ぐうの音も出ずに口を噤んだ。


「それに、本家が見ています」


崇清の視線の先には、本丸の石垣の上で、冷たい目をして検地帳を改めている男――島津宗家の筆頭家老・伊集院忠棟の姿があった。 「忠棟殿が目を光らせているのは、『蒲生島津が日向の豊かな土地をどれだけ私腹に肥やすか』です。だからこそ、最初の約定通りに動く。この都於郡城も、周囲の美田も、日向四十八城の領有権はすべて、一石残らず義久兄上――島津宗家へ差し出します」 「へっ、相変わらず欲がねえというか、気味が悪いくらい綺麗に手放すな、お前は」


家久が呆れたように笑い、腰の瓢箪から唐芋焼酎をあおった。


「手放してなんかいませんよ」


崇清は薄く笑った。 「俺たちが本家から預かるのは、油津と美々津の港湾の管理権、それと日向街道を繋ぐ駅逓の差配だけです。城の維持費も、地侍の面倒も、全部本家に背負ってもらう。俺たちはその間を流れる物資と船を動かして、手数料と流通益だけを確実に吸い上げる。所有と経営の分離ですよ」 「また訳の分からん言葉使いやがって……」


家久が頭を掻きむしったその時、後ろから泥まみれの草鞋を引きずりながら、弥三郎が駆け込んできた。


「若君! 若君ィッ! 大変ですよ!」


弥三郎の顔は青ざめ、手にした筆からは墨がぽたぽたと落ちていた。 「伊東の倉を改めたんですがね、米も麦も一粒もありゃしませんよ! あるのは京都の公家から買い集めた古びた蹴鞠の皮と、破れかけた連歌の短冊の山だけです! あの馬鹿殿、城下の食い扶持まで全部売り払って都の真似事に注ぎ込んでやがったんです! このままじゃ、城下に残された地侍どもを食わせる飯がありゃしませんよォッ!」 「喚くな弥三郎。想定の範囲内だ」


崇清は立ち上がり、外套の裾を払った。 「高須の備蓄倉庫から、塩漬けの豚肉と天日干しにした干し芋の俵を早船でピストン輸送させろ。港に着いたらすぐに炊き出しを回すんだ。米がなくとも、干し芋を豚の脂汁で煮込めば腹に溜まる。今日からこの地侍どもを絶対に飢えさせないこと――それが、大友の南下に備える最初の防壁になる」 「へ、へい! 結局また俺が泥水すすって炊き出しの現場監督ですか! 分かってますよ、やりますよォッ!」


弥三郎は喚き散らしながらも、手元の算盤を凄まじい速度で弾きながら走り去っていった。 崇清は北の空――豊後へと連なる険しい山並みを見据えた。 伊東義祐が豊後へ転がり込んだ。 宗麟は必ず、これを大義名分として日向へ雪崩れ込んでくる。 歴史が知るあの決戦――耳川への秒読みが、確実に始まったのだ。


*


日向の初期鎮撫に目処をつけ、大隅の拠点へ一時帰還した崇清を待っていたのは、冬の澄んだ空気の中に響く、素朴な笛と太鼓の音だった。


平野部に広がる兵站集積所・飯隈の総会所から、姶良川の支流に架かる素朴な木橋――飯隈下橋を西へ渡る。 橋を渡り、シラス台地が深く切れ込んだ天然の要害・獅子目の谷へと分け入った山裾に、その社は鎮座していた。


若一王子神社。 収穫を終えた農民や鍛冶職人、山伏たちが境内に集まり、今年一年の無事を感謝する新米の奉納祭が行われていた。


「おーい、又八! こっちだこっち!」


境内の露店で、串に刺した焼き鳥と濁酒を両手に持った家久が手招きしている。その隣では、甚兵衛が手斧を腰に差し、百姓たちと車座になって豪快に笑い声を上げていた。


「若君、たまには肩の力を抜きなさいな」


帳簿を抱えた弥三郎が、珍しく穏やかな顔で素焼きの湯呑みを差し出してきた。中には、煎じたばかりの香ばしい茶が入っている。 「都於郡の炊き出しも、高須の船手も、今のところ予定通りに回ってますよ。今日くらい、わかいちおうじ様に手を合わせて頭を空っぽにしてください」 「ああ、そうだな。悪くない」


崇清は苦笑し、素朴な社殿を見上げた。 鳥居の奥に佇む仁王の石像と、青面金剛の石仏。神仏が渾然一体となり、霧島の修験者たちとも深く結びついた、南九州の土着信仰の社。 この神社の祭祀と社領を保護してきたからこそ、地元の民は、崇清の無茶なインフラ工事に文句も言わず手を貸してくれたのだ。


社殿の前で頭を下げ、二礼二拍手を打った時だった。 白髪の神主が、奥の神庫から埃をかぶった桐箱を抱えて歩み寄ってきた。


「これはこれは、崇清様。日向でのご武功、社頭からもお祈り申し上げておりました」 「神主殿。いつもこの地の民をまとめていただき、感謝しています」 「滅相もございませぬ。時に崇清様、こちらは我が社に古くから伝わる古い記録でございます。神庫の煤払いをいたしました折に出てまいりましてな。崇清様は無類の書物好きと伺っておりますゆえ、もしよろしければお納めいただけませぬでしょうか」


神主が桐箱から取り出したのは、黄ばんで虫食いの走った数本の巻物だった。 表紙には、擦れかけた墨で『飯隈文書』と記されている。


崇清はふと、小首をかしげた。 「神主殿。この若一王子神社は、シラスの崖に囲まれた『獅子目』の谷にあるでしょう。平野部にある兵站集積所の『飯隈』からは少し離れているのに、なぜ文書の表題が『飯隈文書』なのですか?」


神主は白髭を揺らし、境内の木々の間から見える谷の出口を指差して笑った。 「ははっ、崇清様ともあろうお方が。先ほど渡ってこられた、川の飯隈下橋のあたりを覚えておいででしょう」 「ええ、渡ってきましたね」 「今でこそ、平野の集積地を飯隈、この奥まった谷底を獅子目と呼び分けておりますがな。昔はこの獅子目の谷底から山林の奥に至るまで、ぜんぶひっくるめて『飯隈の郷』の山手と呼ばれておったのです。あの橋が境で、この社も本来は飯隈郷の奥宮。ゆえに、この地の古い記録はみな『飯隈文書』と呼ばれておりますのじゃ」 「なるほど……」


崇清は深く納得した。 川の橋に古い母村の名が残り、平野の水田と奥山の山林がかつて一つの共同体として管理されていた名残。中世の土地支配のリアルな重なりに、歴史好きとしての知的好奇心がくすぐられる。


巻物を手にとって紐を解き、両手で静かに端を繰り広げると、変体仮名と漢文で神代の系譜が綴られていた。 地方の神社特有の、記紀神話を取り込んだご当地伝承か。前世の郷土史料館にもこういう古記録はよくあった。 崇清は巻物を丁寧に巻き直し、懐へと収めた。


「ありがたく頂戴します。夜、帳簿を締め終えたあとの息抜きに読ませていただきますよ」


境内からは、再び太鼓の乾いた音が響き渡り、子どもたちの笑い声が冬の青空へと抜けていく。 崇清は懐の巻物の重みを感じながら、日向灘の向こう――豊後から忍び寄る巨大な影に、静かに思考の照準を戻していた。






今回は、伊東氏の没落と日向の初期統治のお話でした。


木崎原の戦いから三年。


島津が大軍を送り込んで城を次々と落とした――というより、今回は「飯・塩・船」で日向の土台を少しずつ崩していった形になっています。


戦国時代というと、どうしても合戦そのものに目が行きますが、実際には兵糧がなければ戦えませんし、領地を取ったあとに人が食えなければ統治も続きません。


崇清が日向で土地そのものより港湾や駅逓、流通を重視しているのも、彼なりの「戦争を続けるための仕組み」なのだと思います。


次は19時投稿予定です。

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