第73.5話(幕間) 黒衣の帳面と極東の標的
府内港の軍用突堤。 「国崩し」の巨砲を取り囲み、数百の武士たちが歓声を上げる波止場から離れた片隅で、二つの黒い影が潮風に吹かれていた。
一人は、イエズス会宣教師フランシスコ・カブラル。 もう一人は、黒い法衣の裾を押さえた修道士ルイス・デ・アルメイダである。
通訳の日本人修道士を下がらせ、母語であるポルトガル語に戻った二人の口調は、先刻までの恭しい祈りの響きとは打って変わり、冷え切ったものだった。
「……あの男、硝石を手にとって爪で削り、質を確かめていたぞ」 かつて商人として東アジアの海を渡り歩き、いまは医師として府内病院を取り仕切るアルメイダが、冷ややかに呟いた。 「神の奇跡に酔っているだけの狂人かと思えば、算盤勘定の染み付いた武家の目をしていた。侮れぬな、大友義鎮は」
「商人の真似事など、所詮は田舎領主の浅知恵よ」 カブラルは鼻で笑い、胸元の黒檀のロザリオを弄んだ。 「本国では旧式になりつつあるあの青銅の仏狼機一門を、生糸の山と豊後銀で喜んで買い取ってくれたのだ。……神の奇跡に酔いしれてくれている限り、あの男は東インドにおける我らの最も御しやすい鍵にすぎん」
カブラルの冷淡な視線が、日向灘へと続く南の水平線を見据えた。
ポルトガル王室の庇護のもとで進める東洋への布教。 それは、魂の救済という美名とともに、香料と銀の利権、そして軍事拠点の確保が分かち難く結びついた世界戦略そのものであった。 だが、この島国の武士たちはあまりにも獰猛で、火縄銃の数はヨーロッパ全土を凌駕している。中南米のように少数の兵で武力制圧することなど土台不可能だった。
ならば、どうするか。 内側から、自発的に首輪を嵌めさせるのだ。
強力な領主に神の教えを吹き込み、領内の土着寺社や八幡宮を自らの手で焼き払わせる。 伝統ある土地の絆を断ち切らせて孤立させた上で、火薬の原料である硝石と最新兵器の供給を教会が一手に握る。 硝石の船を止めると脅せば、いかなる猛将も神父の前に平伏せざるを得なくなる。
「日向に拓くというムシカの園……あそこは大友の理想郷などではない」 カブラルが低く囁く。 「神の掟にのみ従うキリシタンの民を集結させた、教会直轄の港湾要塞だ。あそこに教会と商館を築き、大友が戦で擦り切れたあかつきには、名実ともにポルトガル王室の版図へ組み込む――極東のマカオ、第二のゴアとするのだ」
「……神父」 アルメイダが苦い顔で水平線を睨んだ。 「だが、リスボンの本国艦隊に、ここまで軍艦を回す余力があると思うか? マラッカもマカオも、維持するだけで手一杯だ。机上の絵図通りにいくとは思えんがな」
「余力など作らせるのだよ」 カブラルは迷いなく言い切った。 「それだけの価値が、この国の銀と兵力にはある。それに――気になる報告も入っている」
カブラルは懐から、府内の南蛮商人からもたらされた紙片を取り出した。 「南の薩摩……大隅の港から、異様な早船が日向灘へ出没しているらしい。竹の骨を入れた帆を張り、沿岸の砂浜を自在に繋いでいるとか。それだけではない。極上の白塩と、泥の芋から造った強い酒を大量に流し込み、日向南部の市場を買い叩いているという」
「島津か」
「異教の田舎領主の小細工よ」 カブラルは紙片を握りつぶし、冷笑を浮かべた。 「我らの神にも、南蛮の富にも頼らぬ閉鎖的な蛮民など、あの大友の軍勢と青銅の巨砲で、砦ごとすり潰せば事足りる」
進ませるのだ、大友を。日向の泥沼へとな。 神の奇跡を信じる哀れな羊の群れが、南の武士どもと血みどろで食い合い、双方ともに疲れ果てたその時こそ、真の果実が手に入る――。
カブラルが嘲笑を漏らしながら波止場を振り返った、その瞬間だった。
突堤の高台に立つ大友宗麟が、ふと視線を巡らせ、波止場の片隅に佇む二人の黒衣を、真上から真っ直ぐに見下ろしていた。 真鍮の十字架を握るその指先は微動だにせず、影に沈んだ双眸は、ただ冷たく、射すように二人を捉えていた。
冬の冷たい北風が、海を吹き抜けていく。 宗麟を見下す宣教師たち。 その宣教師たちを、静かに利用し尽くそうと見下ろす宗麟。
互いに「相手を掌の上で踊らせている」と信じ込む二つの傲慢が、軋みながら日向への車輪を回し始めていた。
今回のお話は、かなり大胆に「もし、宣教師たちが大友宗麟をどう見ていたのか」を想像してみました。
もちろん、作中で描いたカブラルとアルメイダの会話や、日向に「教会直轄の港湾要塞」を築こうとしていたという計画が史実として残っているわけではありません。
一方で、当時の九州においてイエズス会が単なる宗教活動だけをしていたわけではなく、ポルトガル商人との交易や、キリシタン大名との政治的関係を含む複雑な活動をしていたことは史料からも窺えます。大友宗麟自身も後に洗礼を受け、フランシスコの洗礼名を名乗っています。
そこで今回は、史実として確認できる人物と情勢を土台にして、
「もし彼らが大友を単なる信仰者ではなく、交易と軍事の両面で利用できる有力者として見ていたら?」
という仮説を、物語として膨らませてみました。
もちろん、史実の宣教師たちが本当にこんな悪巧みをしていた、という話ではありません。
まあ、そもそもがフィクションですのでw
……まあ、そんなことを考えてしまう程度には、この時代の国際情勢が面白いということで(笑)
そして、その思惑の外側から島津も動き始めています。
大友、島津、そして南蛮勢力。
それぞれが「自分が相手を利用している」と思っている状況で、果たして最後に得をするのは誰なのか。
次回もお楽しみください。




