歳久外伝『白き石の外交録』 第4話 算盤の冷雨と大隅の狼煙
元亀二年(一五七一年)秋。
内城の奥深く、板敷きの冷気が足裏から這い上がってくる政務所にて、島津歳久は一枚の反故同然の密書を握り潰していた。
織田信長による比叡山延暦寺の焼き討ち。
天下を揺るがすその凶報が薩摩に届いたのは、業火が鎮まり、山上の堂塔が灰燼に帰してから実に二月が過ぎた後のことだった。
「二月じゃぞ!」
歳久の低く掠れた声が、政務所の柱を震わせた。
白檀の扇子を握る指先が、怒りで白く強張っている。
「信長が延暦寺を焼き、畿内の勢力図が根底から覆ったというのに、島津はその事実すら知らずに眠っておった! 大友宗麟はすでに博多から早船を飛ばし、信長の懐へ祝いの太刀を届けておるというのにな!」
文机の向かい側で、一人の男が静かに算盤の玉を弾いていた。
伊集院掃部助忠棟――当時三十四歳。
島津本家の財政を一手に握る冷徹無比な金庫番は、歳久の怒声を浴びても眉ひとつ動かさず、パチパチと澄んだ音を響かせている。
「金吾様、お怒りはごもっともにございます」
忠棟は視線を帳簿に落としたまま、氷のように滑らかな声で応じた。
「されど、ここは薩摩。都から五百里も離れた日出ずる地の果てにございます。早馬をどれほど飛ばそうとも、瀬戸内の関所と風待ちで日数は溶ける。物理の道理に腹を立てられても、帳簿の数字は縮みませぬ」
「だからこそ、都に島津の常駐拠点を置くと言っておるのだ!」
歳久は身を乗り出し、畳を叩いた。
「烏丸の近衛邸の近隣に町屋を一軒借り上げ、我がくぐり衆を番人として張り付かせる。日々、公家町や堺の商人から天下の風向きを吸い上げ、即座に手を打つ体制を作るのじゃ。幸い、島津にはあのサボンがある」
歳久は懐から、乳白色の滑らかな小箱を取り出して机の上に置いた。
「信長めもルイス・フロイスら南蛮人から石鹸を手に入れたそうだが、獣臭く肌が荒れる粗悪品に嫌気が差しておると聞く。対して、我がサボンは純白無臭、極上の樟脳が香る完全なる上位の品じゃ。これを武器に都で動けば、公家も織田の重臣も籠絡できる! サボンが生み出す外貨の儲けの一部を回せば、屋敷の維持など造作もなかろう!」
だが、忠棟は算盤を置くと、細い目を冷ややかに細めて首を横に振った。
「なりませぬな」
「何じゃと!?」
「金吾様。それがしの仕事は、島津の家という船が沈まぬよう、銭と米の釣合を保つことにございます」
忠棟は帳簿を指先でトントンと叩いた。
「サボンが莫大な外貨を稼ぎ出しておることは、誰よりもそれがしが存じております。されど、その稼ぎは今、何に使われておりますかな?」
忠棟は怜悧な眼光で歳久を射抜いた。
「北薩の大口城を巡る相良・菱刈との泥沼の合戦。そして東部では、伊東と肝付の二正面作戦が続いております。我が領内の水田は荒れ果て、兵糧米は常に底をつきかけている。サボンで得た銭は、堺から買い付ける鉄砲玉、火薬の硝石、そして兵の命を繋ぐ輸入米へと、一文残らず消えていくのが現状にございます」
「それは……!」
「今、都に優雅な拠点を構え、人を遊ばせておくだけの余剰など、我が蔵のどこにもありませぬ。前線の足軽に『都の噂話を聞くために、明日の飯と弾薬を減らす』と申し渡せますか?」
忠棟の言葉は、冷酷なまでに完璧な正論だった。
財務官として、国家存亡の戦時において回収の見込みが立たない長期の固定費を拒絶するのは、職責として一点の曇りもない。
だが、忠棟の反対理由はそれだけではなかった。
忠棟は身を寄せ、声を一段低くした。
「それに、金吾様。都に島津の店を構えれば、何が起きるかお分かりですか」
忠棟の口元に、苦々しい嘲りが浮かんだ。
「あの借金まみれの近衛前久様や、困窮した堂上公家どもが群がってまいりますぞ。『島津は都に金蔵を開いた』と目をつけられ、朝廷の借金肩代わりや、際限のない金の無心を突きつけられるのが落ちでございます。サボンを遠国からありがたく進物として小出しにするからこそ公家どもは頭を下げるのであって、現地に財布を差し出せば、骨の髄まで吸い尽くされて島津の蔵の底が抜けまする」
「くっ……」
歳久は奥歯を噛み締めた。
公家たちの浅ましさと困窮ぶりを、歳久もまた知り尽くしていたからだ。
忠棟は無能だから退けているのではない。
前線の弾薬への集中と公家からの金融防衛という二重の盾を構え、最高財務官として極めて合理的に歳久の提案を叩き潰しているのだ。
「では、儂に指を咥えて大友の後塵を拝せと申すか!」
「滅相もございません」
忠棟は平然と算盤の玉を弾き直した。
「足元の三州を平定し、領内の実高を盤石にしてからの話にございます。今はまだ、その時機ではございませぬ」
閉ざされた扉。
サボンという至高の製品を持ちながら、それを生かすための組織構造を持てないという、絶望的な限界。
歳久は拳を握り締め、天井を仰いだ。
動けぬ。本家の算盤が正論である限り、儂の知謀も都へ届かぬ。
その閉塞の闇を切り裂いたのは、翌年・元亀三年(一五七二年)五月のことだった。
日向・木崎原にて、島津兵庫頭義弘が率いるわずか数百の手勢が、伊東祐安率いる三千の大軍を撃破したという空前絶後の勝報が飛び込んできたのだ。
狂喜乱舞する内城。
だが、歳久が息を呑んだのは、本戦の勝敗そのものではなかった。
加久藤城の搦手――わずか十五名の手勢を率いて隘路に孟宗竹の防壁を築き、伊東軍三千の退路と兵站を完璧に塞いで合戦の趨勢を決定づけた、一人の少年の報告書だった。
『北の丸の又八、元服して崇清と名乗り、大隅の飯隈へ下向せり』
さらに間を置かず、大隅の潜入員から信じがたい注進が次々と舞い込む。
『崇清様、高須の河口に種子島崩れの水軍と船大工二百人を囲い込み、造船所なる船溜まりを築く』
『不毛のシラス台地に、南蛮の草を狂ったように植え付けさせる』
手負いの傷を癒すサボンを作り、伊東三千の動線を狂わせ、今度は水軍を率いて奇妙な船を造る。
五歳の頃から泥遊びの皮を被り続け、くぐり衆の目を十年間欺き通してきた、あの異様な小倅。
「又八。貴様、一体何を企んでおる」
白檀の扇子を握り直し、歳久は立ち上がった。
大友の包囲網、忠棟の算盤、そして都の遠さ。
己の知謀が限界にぶち当たっていたその壁の向こう側で、大隅の痩せた台地から、不気味な狼煙が音もなく立ち上っていた。
「馬を引け。大隅の飯隈へ行く」
三十五歳の軍師は、供回りわずか三騎を従え、自らの手で十年の謎に終止符を打つべく、高隈の山道へと駆け出していった。
――物語は、冷え切ったかるかんカスタードが待つ、あの飯隈総会所の対談へと完璧に繋がっていく。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回で、歳久視点の外伝は一区切りとなります。
崇清がまだ「又八」と呼ばれていた幼少期から、木崎原の戦いを経て大隅へ下り、飯隈・高須を拠点に次々と奇妙な仕組みを作り始めるまで。
その十年余りを、歳久がどのように見ていたのか。
そして、島津が都の情勢に乗り遅れていく中で、歳久がどのように「烏丸サロン」という外交拠点へ辿り着こうとしたのか。
本伝では描き切れなかった、歳久側の時間を少し補ってみました。
最後は、歳久が「又八は一体何を企んでいる」と飯隈へ向かうところで、本伝へと接続します。
……そして本伝の飯隈では、歳久との会談を終えた崇清たちが、今度は別の問題に頭を抱えております。
伊集院忠棟から届いた、逃げ場のない監査令状。
さらにそこへ、規格外の十四歳がやってきます。
明日からは再び本伝へ。
ランキング躍進記念の三話更新も、まだ続きます。
明日も7時・12時・19時の三話更新です。
引き続き、よろしくお願いいたします。




