第48話 亀の如き船と大工の怒号
盛夏の強い日差しが、高須の干潟を白く焼き焦がしていた。
引潮に取り残された蟹やヤドカリが、泥の裂け目へ慌ただしく潜り込んでいく。海風には、磯の生臭さと、浜辺の製塩竈から漂う濃厚な塩煙の匂い、そして――挽きたての木屑と松脂が混ざり合った、咽せるようなヤニの香りが立ち込めていた。
肝属川の河口を少し遡った入江の一角。
干潮時に船を据え、満潮時に水を引き入れるために砂利と杭で築かれた、粗削りな高須造船所の船架の上に、その異様な物体は鎮座していた。
「おい、崇清」
砂混じりの風を浴びながら、腕組みをして眉を顰めていたのは島津又七郎家久だ。
十六歳の荒武者は、飯隈の総会所から馬を飛ばしてきて早々、目の前の物体を指差して喉を鳴らした。
「お前、あれを本当に海へ浮かべるつもりなのか? 儂の目には、山から転がり落ちてきた巨大な青虫か、化物染みた蓑虫にしか見えんぞ」
「蓑虫とは失礼な。木崎原の戦訓を活かした、最新鋭の防護実験船ですよ」
俺――島津崇清は、麻の単衣の袖をまくり上げ、額に滲む汗を手の甲で拭った。
木崎原で加久藤城の搦手を守り抜いたとき、俺たちの命を救ったのは飯隈工房の「孟宗竹束」だった。太く肉厚な竹を束ねたものは、敵の矢を弾き、種子島の鉄砲玉の勢いを削ぎ、即席の防護材として完璧に機能した。
ならば――と、前世の思考が素朴に閃いたのだ。
矢や鉄砲が飛び交う海戦で、船の周りを丸ごと孟宗竹束で覆ってしまえば、敵の飛び道具を一切寄せ付けない無敵の装甲船ができるのではないか。
目の前にあるのは、茂平次たち能野大工衆が半月かけて仕立て上げた試作一号船だ。
ベースは、種子島から逃れてきた際に持ち込んだ中型の早船。
だが、その面影はどこにもない。
船首から船尾に至るまで、両舷の舷側板の外側に、大人の胴回りほどもある極太の孟宗竹束が、これでもかとばかりにびっしりと括り付けられている。太い麻縄で何重にも巻き締められ、船体全体が緑色の竹の鎧を着せられたような姿だった。
「若君ィ」
船架の足場から、足を引きずるようにして降りてきたのは、船大工棟梁の茂平次だった。
五十半ばの老人は、手斧を杖代わりに突き、煤とヤニで真っ黒になった顔を歪めて深い溜息を吐き出した。
「言われた通り、高隈の孟宗竹を余すところなく使い倒して、船を取り囲むように縛り上げましたぜ。ですがね、あっしは木を削って四十年、こんな奇妙奇天烈な船、種子島でも博多でも見たことがねえ。本当にこれで潮の上を走れるんで?」
「木崎原じゃ、この竹が敵の弾丸を全部受け止めたんだ。海の上で鉄砲や弓矢を無力化できれば、こちらの損耗率は劇的に下がる。歩留まりの改善だ。茂平次、潮が満ちてきたぞ。台木を外せ」
茂平次が渋々手を振ると、息子の徳三をはじめとする若い大工たちが、掛け声とともに船尾の楔を叩き出した。
満ち潮が入江を満たし、白波が船架の丸太を洗う。
ぎし、ぎし、と縄が軋む不穏な音を立てながら、緑色の巨体が海面へと滑り降りていった。
ざぶん!
重々しい水飛沫が上がり、試作船が錦江湾の波に浮いた。
浜辺で見守っていた能野水軍の荒くれどもから、おお、と歓声が上がる。
「浮いたな」
家久が面白そうに口端を吊り上げる。
「沈みはせんようじゃな」
「当たり前だ、竹の中は空洞だからな。浮力材としては最高峰だ」
俺は満足げに頷いた。
ここまでは計算通りだ。木材よりも軽く、空気を孕んだ孟宗竹を大量に抱え込んでいるのだから、浮力が増すのは物理の必然である。
「甚五郎! 乗って漕ぎ出してみろ!」
俺が入江の突堤から叫ぶと、褌一丁で船首に仁王立ちしていた能野甚五郎が、赤銅色の胸を叩いて吠えた。
「応よ! 野郎ども、艪を握れ! 若君の自慢の竹舟、どれほどの走りか試してやろうじゃねえか!」
水主十名が船に飛び乗り、左右の艪床に取り付く。
甚五郎が船尾の大舵を握り締め、力強く号令を下した。
「出せェッ!」
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ――。
水主たちが足を踏ん張り、太い腕の筋を浮き上がらせて艪を一斉に押し出す。
だが。
次の瞬間、浜で見守っていた全員の表情が、奇妙な強張りに包まれた。
「ん?」
家久が首を傾げる。
「おい崇清。あれ、動いとるか?」
「動いて……いるはずだが」
俺の視線の先で、水主たちは顔を真っ赤にして血管を浮き上がらせ、全身の体重をかけて艪を軋ませていた。水飛沫は盛大に上がっている。
しかし、船はほとんど前に進んでいなかった。
まるで、水底から伸びた無数の亡者の手に船底を掴まれているかのように、牛歩の如き速度でじりじりと海面を滑っているだけだ。
「お、重えぇぇッ! なんだこの手応えは!?」
水主の男が悲鳴を上げる。
「艪が水に食い込んだまま抜けねえぞ! 泥水を漕いでるみてえだ!」
「曲がらねえッ!」
船尾で甚五郎が、全体重を預けて大舵を引いていたが、額から滝のような汗を吹き出していた。
「舵がまるで効かねえ! おい、面舵だ! 右を漕げ、左を止めろ! クソが、右へ頭を向けねえぞ!」
沖合から吹き寄せた午後の風が、竹束を満載した船腹を横から叩いた。
すると試作船は、波を切り裂いて進むどころか、風に流されるまま、くるくると木の葉のようにその場で円を描き始めたのだ。
慌てて艪を漕ぎ直そうとするが、舷側から大きく張り出した竹束の太い腹が波を抱え込み、左右に激しく揺れながら、白濁した乱流を引きずり回している。
「あぶねえ! 岩に当たるぞ!」
「戻せ! 戻せェッ!」
怒号と悲鳴が入り混じる中、十数分ものた打ち回った末、試作船は潮の流れに押し流され、造船所の対岸の浅瀬に頭からぐしゃりと乗り上げた。
浜辺は、完全な沈黙に包まれていた。
やがて、腰まで海水に浸かりながら浅瀬を跳ね起き、砂浜を踏み鳴らして大股で詰め寄ってきた男がいた。
能野甚五郎だ。
びしょ濡れの髪を振り乱し、銛で引き裂かれた首筋の古傷を真っ赤に鬱血させた海の荒くれが、俺の鼻先まで顔を突きつけて怒鳴り散らした。
「若君ッ! 殺す気かァッ!!」
凄まじい怒声に、背後の弥三郎が「ひぃっ」と飛び退く。
「あんなもん船じゃねえ! ただの図体のデケぇ丸太ん棒だ! 艪をいくら漕いでも波を押し退けられねえ、舵を切っても頭が回らねえ! あんな鈍重な亀みてえなナマクラで戦場に出たら、敵の小舟に周りを取り囲まれて、火矢を射掛けられて一発で丸焼けだぞ!!」
「が、がははははッ!」
隣で、家久が腹を抱えて砂浜に転がり、喉が千切れるほどの大爆笑を上げた。
「亀! 違いねえ、緑色の甲羅背負った鈍間な亀じゃ! おい崇清、あれが島津の誇る最新鋭の軍船か!? 敵の鉄砲を防ぐ前に、潮に流されて錦江湾の外へ放り出されてしまうわい!」
「くっ……」
俺は唇を噛み締め、浅瀬に座礁した試作船を睨みつけた。
やらかした。流体力学の初歩を見落としていた。
竹そのものは軽い。空洞があるから浮力も出る。
だが、問題は重量ではなく「水抵抗」と「乱流」だった。
船の胴回りに分厚い竹束をぐるりと巻いたことで、船幅が本来の倍近くに膨れ上がってしまったのだ。
水と接触する面積が激増し、竹の節や縄の凹凸が凄まじい摩擦を生み、船首が押しのけた海水が船腹の竹束にぶつかって巨大な渦を発生させている。
船足が死に、舵に当たる水流が乱れ、方向転換すら不可能になるのは、物理的に考えればあまりにも当然の結末だった。
「だから言ったんじゃ、あっしは!」
足音を荒らげて歩み寄ってきた茂平次が、握り締めていた手斧を砂浜に叩きつけた。
長年木を削り、波を見てきた老船大工の目が、怒りと職人の屈辱でギラギラと血走っている。
「海を舐めちゃいけねえって言ったはずだ! 波を切るってのはな、水の逃げ道を作ってやることなんだよ! あんな丸太束を横っ腹に抱きつかせたら、水が逃げ場を失って船を後ろへ引っ張るに決まっとる! 木を何だと思っとるんじゃ! 潮を何だと思っとるんじゃッ!!」
茂平次の怒声は、正論そのものだった。
木崎原の陸戦で竹束の防弾性能に味を占めた俺が、海という特殊な環境の変数を軽視し、現場の職人の直感を押し切って招いた絵に描いたような失敗。
前世のコンサルタント気取りで、安易な水平展開をやらかした現場事故だ。
「悪かった、茂平次。甚五郎の言う通りだ。俺の計算が浅かった」
俺が素直に頭を下げると、激高していた茂平次が拍子抜けしたように口を噤んだ。
武士が、それも十四歳の領主が、泥まみれの船大工に即座に非を認めて頭を下げるなど、この時代ではあり得ない光景だったからだ。
だが、反省と改善は別物だ。
俺は顔を上げ、腰から竹の小枝を取り出すと、砂浜の平らな場所にしゃがみ込んだ。
「若君……? 何をして……」
弥三郎が恐る恐る覗き込む。
俺は小枝を握り、滑らかな砂の上に、大雑把な船の輪郭を素早く引き始めた。
「全面を竹で巻くのが間違いだった。水の中に竹を張り出せば抵抗になるなら、水に入らない場所にだけ置けばいい」
俺は枝先で、砂の上の船体の横腹をトントンと叩いた。
「舷側――つまり水の上に出ていて、矢や鉄砲が飛んでくる場所だ。ここに常時巻き付けるのをやめる。戦う直前に、必要な箇所だけ外側から引っ掛ける着脱式の防弾板にするんだ。竹束を浮力に使いたいなら、外側じゃなく船の内側の隙間に詰め込めばいい」
「着脱式? 普段は外しておいて、戦う時だけ引っ掛けるってのか?」
甚五郎が片眉を跳ね上げ、砂の図面を覗き込んだ。
「そうだ。平時は外しておけば、船幅も抵抗も元のままだから波を切って疾走できる。敵と交戦する間際になってから、舷側の金具に竹束の板を吊り下げればいい。撃たれてボロボロになったら、留め金を外して海に捨て、倉庫にある予備の竹束と交換すれば修繕も一瞬で済む」
「な……」
茂平次が息を呑んだ。
「防壁を……使い捨ての消耗品にするってのかい」
「それだけじゃない」
俺は小枝を走らせ、砂の上にさらに大雑把な長方形を描き足した。
「茂平次、俺は船の大工仕事は素人だから細かい組み方は知らん。だがな、こういう形の船が欲しいんだ」
「はぁ!? まだ何かあるってのか!?」
茂平次が目を剥く。
「まず、積載量だ。大隅平定のためには、高須から兵糧や塩、武器を大量にピストン輸送しなきゃならない。だから、胴体の真ん中だけを平底にして、荷物を今の倍積めるようにしたい。でも平底のままだと外洋で波に揉まれて転覆しやすいから、前と後ろだけは波を切り裂く尖った形にする。そんな船、作れるか?」
「前が尖ってて、腹が平らァ!?」
茂平次の声が裏返った。
「若君、木ってのはな、そんな都合よくグニャグニャ曲がらねえんだよ! 尖った舳先と平らな胴体をどうやって継ぎ接ぎする気だ! 無理に板を曲げたらバキッと折れるわ!」
「折れるなら、蒸せばいい」
「は?」
「飯隈の製塩竈や燻煙窯の蒸気を使って、木材を高温の蒸気で蒸すんだ。木は熱と水分を与えれば、繊維が緩んで綺麗に曲がるはずだ。曲げた状態で型枠に固定して冷やせば、折れずにその形のまま固まるんじゃないか?」
茂平次が口を半開きにして固まる横で、俺はさらに小枝を走らせ、船の内側を何枚かの横板で区切る線を引いた。
「もう一つ。敵の矢や岩で穴が空いたときに、あっさり沈没するのを防ぎたい」
「……穴が空いたら沈むのは、当たり前だろうが! 木と木の継ぎ目から水が漏れねえように槙肌をどれだけ完璧に詰め込まなきゃならんと思ってんだ!」
「完璧な水密なんて最初から求めてないよ」
俺はあっさりと首を横に振った。
「完全な防水壁を作れなんて言わない。船の腹を厚板で五つか六つの部屋に大雑把に区切って、水が入ってきたときに他の部屋へ流れ込む速度を遅らせてくれれば、それで十分だ。多少水が染み出してきても構わない」
「は……? 漏れてもいいのかい?」
茂平次が拍子抜けしたように瞬きをした。
「漏れてもいい。要は、浸水してから完全に船が沈むまでの時間を稼げればいいんだ。その稼いだ時間の間に、これを使う」
俺は砂の上の船の両舷に、細長い俵のようなものを二本描き足した。
「普段は舷側に沿わせて畳んで固定しておく、孟宗竹を束ねた『脱着式の応急浮き』だ。穴が空いて船が傾きかけたら、水主が留め金を外して海へ蹴り落とす。縄で繋がれた竹浮きが両脇でパッと展開して、沈もうとする船体を海面でガッチリ受け止める」
「なっ……」
甚五郎が膝を打った。
「なるほどな! 船自体は浸水して水浸しになっても、両脇の竹浮きが海面に引っかかってりゃ、底まで沈みきることはねえ! 浮いてさえいれば、漕ぎ手が溺れ死ぬこともねえし、味方の船に引っ張ってもらうか、近くの浅瀬まで自力で逃げ込める!」
「その通りだ」
俺は甚五郎に頷きかけた。
「戦場で目指すのは『絶対に傷つかない無敵の船』じゃない。『手酷くやられても、浮いてるだけの状態で味方や浅瀬まで逃げ延びられる船』だ。人さえ死なず、船が浮いて戻ってくれば、また高須で直せばいい。損害を制御できれば、それで勝ちだ」
茂平次が腕組みをし、眉間の皺を寄せて砂の図面を睨みつけた。
職人としての頑なな表情の奥に、現実的な解決策を提示された納得の色がじわりと広がっていく。
「……完璧に隙間を塞がなくていいなら、手間の桁が二つは下がる。板で大雑把に仕切るだけなら、あっしらの今の腕でも十分形にできるぜ。だが若君、その竹浮きを展開する留め金と、普段邪魔にならねえ畳み方は、現場で相当頭を捻らなきゃならねえぞ」
「ほら始まった……!」
背後で、弥三郎が頭を抱えて砂浜に膝をついた。
「若君の『職人の安堵につけ込んで別の無茶振りを滑り込ませるやつ』だ……! 茂平次爺さん、騙されちゃいけねえ! このお方はね、妥協したと見せかけて、結局現場に新しい宿題を押し付けてくる悪魔なんだよォッ……!」
弥三郎は駆け寄ると、茂平次の肩を抱き、二人で砂浜に座り込んで天を仰いだ。
「徳三さん、あんたも苦労するぜ。俺たちで若君の無茶振り被害者の会でも立ち上げて、毎晩苦いセンブリ茶でも啜らねえとやってられねえよ……」
「弥三郎さん、親父があんなに素直に理屈を呑み込んだの、初めて見ましたよ……」
徳三が苦笑いを浮かべて頷き合う。
その横で、家久だけがからからと愉快そうに笑い転げていた。
「よいぞよいぞ! おい茂平次、泣き言を言うな! その浸水しても沈まん亀の生き残り船、儂が真っ先に敵の真っ只中へ突っ込ませてやるわ! ほれ、飯隈へ戻って竈を焚け! 木を蒸すんじゃろうが!」
「チクショウめが!」
茂平次は顔を拭って立ち上がり、鋭い眼光で俺を睨みつけた。
「若君! あっしらは種子島を追われた負け犬だがな、大工の腕まで錆びつかせたつもりはねえ! 言われた通りの化け物船、血反吐吐いてでも形にしてやらあ! その代わり、クスノキもスギも、鉄釘も油も、山ほど持ってきてもらいやすぜ!!」
「ああ、望むところだ。と言いたいところだがな」
俺は立ち上がり、着物の裾についた砂を払った。
「肝付や大友、それに島津本家の山林役人がクスノキやスギの山をがっちり押さえてる以上、切り出せる材木の量には限界がある。木材の割り当てが尽きたら、船造りが止まっちまう」
「なっ……」
茂平次が顎を落とし、眉間に深い皺を刻んだ。
「材木が手に入らねえのに、どうやってその平底の尖り船を造れってんだ! 手品でも使えってのかい!」
「材木が駄目なら、竹を使えばいい」
「はあ!?」
茂平次だけでなく、甚五郎も家久も、一斉に怪訝な目を剥いた。
「だから言ったろうが! 竹を巻いた船はさっき亀みてえに座礁したじゃねえか!」
甚五郎が怒鳴る。
「船の外側にそのまま巻くから抵抗になるんだ」
俺は小枝を砂に突き立てた。
「竹はな、クスノキやスギと違って、植えてから三、四年もすりゃ立派な太さに育つ。山林の統制にも引っかからんし、飯隈の裏山には切り倒すほど生えてるんだ。主要な骨組みや竜骨は極上のクスノキで作るが、それ以外の場所に竹を徹底的に流用する」
俺は砂の上の船首を指した。
「例えば、帆だ。薄く割いた竹の骨を横に何本も通して帆布に縫い込めば、軽くて風を逃がさない硬い帆――バテンセイルになる。折りたたみも手早く済むし、風上に向かって切り上がる力も跳ね上がるはずだ。明のジャンク船なんかも使ってる技術だろ?」
茂平次の目がピクリと動いた。
「竹の、骨帆……。確かに琉球や明の船じゃ、割いた竹を帆桁に通して横風を捕まえてるのを見たことがあるが……」
「それだけじゃない。船体の横揺れを防ぐアウトリガーや、河口や浅瀬を行き来する小型の連絡艇なら、竹を組んだ筏船で十分だ。さっき言った応急の竹浮きだって、飯隈工房の燻煙窯で徹底的に油抜きと煙燻蒸をしてやれば、虫も食わんし腐らん」
茂平次は唸り声を上げ、腕組みをして砂の図面を食い入るように見つめた。
職人の頭の中で、木材の在庫限界と、竹という安価で無尽蔵な代替資源の計算が、激しく火花を散らしているのが分かった。
「竜骨と外板はクスノキ、帆の骨や応急浮き、内装の仕切りは油抜きの孟宗竹……。それなら、材木の消費を一気に半分以下に減らせる。ちくしょう、筋が通ってやがるのが癪に障るぜ」
「木を全部竹にするんじゃない。木でなきゃ駄目な場所と、竹で代用できる場所を分けるんだ。やってくれるな、茂平次」
「へっ、言われなくてもやってやらあ! 徳三、飯隈の竈の職人を呼びに行け! 木を蒸す型枠と、竹浮きの留め金の図面を引くぞ!!」
老船大工の怒号とともに、高須造船所が再び熱を帯びて動き出した。
一度目の実験は大惨敗に終わった。
だが、机上の空論が打ち砕かれ、現場の土と潮に塗れて初めて、本物の技術革新の歯車が回り出すのだ。
さて、船大工たちが木と格闘している間に、俺も頭を冷やすとするか。
連日の猛暑と現場の怒号に晒され、俺の脳髄は限界まで疲弊し、猛烈にあるものを欲していた。
甘いものが、食いたい。
それも、ただの干し柿や水飴じゃない。あの、ふわふわして、とろけるようなやつが……。
次回は明日7時投稿です。




