第47話 飯隈の食客とシラスの黄金根
「おい崇清! 飯だ飯! 今日の昼餉は何じゃ! まさかまたあの硬ぇ干し肉と炒り豆だけじゃあるまいな!」
初夏の陽光が照りつける飯隈総会所の板敷きに、土足同然の勢いで踏み込んできたのは、額に汗を光らせた島津又七郎家久だった。
十六歳の荒武者は、素肌に羽織った麻の単衣の胸元を大胆にはだけ、腰には大太刀を佩いている。背後には、同じく槍の稽古を終えたばかりの血気盛んな近習たちが、腹を空かせた野犬のような目つきでぞろぞろと続いていた。
「家久兄上。ここは兵站物資の集積所であって、飯屋ではありません」
俺――島津崇清は、机の上に広げた大隅南部の測量図から視線を上げずに息を吐いた。
木崎原の合戦を経て元服し、「蒲生島津」として大隅の経営を任された俺だが、本家の長男・義久から下された辞令には、しっかりとおまけがついていた。
それが、四男・家久の大隅駐屯である。
名目上は「崇清の動向を見張る軍事目付、兼、大隅方面の遊撃軍指揮」。
だが実態は、妾腹の身ゆえに本国で居場所のない暴れ馬を、俺の兵站で食わせながら前線の即応戦力として手元に置くという、義弘と歳久の阿吽の配慮だった。
問題は、その駐留先だ。
本来なら最前線である大姶良城に入れたいところだが、あそこは肝付方の城代・橋口但馬守が陣取り、高須の塩と水運の利権をチラつかせて不可侵の協定を結んでいるだけの係争地。まだ正式に島津の手中に落ちたわけではない。
結果として家久隊の三十余騎は、山林の獅子目工房と海の高須港の中間に位置する、この平野部の「飯隈」に居座ることになったのである。
「崇清様ァッ! 聞いてくださいよ!」
総会所の奥から、算盤と帳簿を抱えた弥三郎が、目を吊り上げて滑り込んできた。
「家久様の連中、今月だけで獅子目から運んできた黒豚の燻製肉を五貫も平らげたんですよ! 高須の塩も上等なやつから勝手に使っちまうし! 大口の新納様に送るはずだった備蓄の計算が狂って、俺の胃に風穴が開きそうです!」
「がはは! 細かい帳面ばかり気にするな弥三郎!」
家久は豪快に笑い飛ばし、床に胡座をかくと、弥三郎の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「俺たちがこうして飯隈で槍を振るって睨みを利かせてるからこそ、大姶良の橋口も肝付の本隊も、ビビって手を出してこんのじゃ! この警固の代金と思えば、豚の肉なんぞ安いもんじゃろうが!」
「肉で警固費用を相殺する武士があるかァッ!」
弥三郎の悲鳴が梁に木霊する中、表の街道から乾いた蹄の音が響いてきた。
現れたのは、笠を目深に被った密輸船頭の権蔵だ。
その後ろには、高須港から荷駄を引いてきた十数頭の馬が連なり、背中にはびっしりと筵で包まれた長細い荷が積まれていた。
「若君、言われたブツを届牢から揚げてきやしたぜ。琉球の那覇泊まりの南蛮船から、銀を叩いて引っこ抜いてきやした。しっかし若君、本当にこんな草っ原のゴミみたいなツルが、銀の価値になるんですかい?」
筵が解かれると、中から現れたのは、しおれかけた無数の緑の蔓だった。
切りっぱなしの植物のツル束。数千本はある。
家久が眉をひそめ、ツルの一本をつまみ上げた。
「なんじゃこりゃあ。ただの葛のツルか? 崇清、お前はいよいよ馬の飼い料まで南蛮から買い付け始めたのか?」
「唐芋の苗だ」
俺は立ち上がり、みずみずしさを失いかけているツルを慈しむように撫でた。
前世ではサツマイモと呼ばれていた、南米原産のヒルガオ科の植物。
史実の知識を辿るなら、これが薩摩へ根付くのは百年以上も先だったはずだ。だが、南蛮船と琉球交易が頻繁に行き交うこの戦国末期、ルートと資金さえ惜しまなければ、手に入らない道理はなかった。
「弥三郎、飯隈と獅子目の開墾地に触れを出せ。農民と蒲生の手勢を集めろ。今からこのツルを、シラスの畑に植え付ける」
半刻後。
初夏の陽光が照りつける飯隈の北側、火山灰が堆積した不毛のシラス台地に、鍬を持った百人以上の農民と蒲生遺臣たちが集まっていた。
案内された土地を見て、年老いた百姓が力なく首を振った。
「若君様……ここは見渡す限りのシラスの痩せ地でございます。水路を引いても砂利が水を吸い込んで干上がり、麦を蒔いても立ち枯れる。こんな乾いた台地で土を掘ったところで、雀の涙ほどの雑穀すら実りませぬぞ……」
周囲の蒲生武士たちも、不安そうに顔を見合わせている。
そこへ、馬に乗って見物に来た家久が、腕組みをして呆れ声を上げた。
「おい崇清、百姓の言う通りじゃぞ。水も引けぬ台地で何ができる。畑を作るなら、大姶良の川沿いまで打って出て、力づくで水田を奪う方がよほど早いわ」
「水田の米だけに頼るから、干魃一つで領民が飢え死にするんだ」
俺は自ら乾いた白土の中に足を踏み入れ、手にした唐芋のツルを一本掲げた。
「米の代わりになるものが欲しかったんじゃない。米が取れない場所でも育つものが欲しかったんだ。この草は米ほど水を食わんし、痩せ地でも根を張る。肥沃な土も要らん。火山灰が堆積して水が抜けるこのシラス土こそが、一番腐らずに育つ」
俺は鍬を取り、シラス混じりの土を盛り上げて簡単な畝を作ると、ツルを斜め四十五度の角度で土の中へ押し込んだ。節が二、三箇所土に埋まるようにし、上から軽く掌で土を押さえる。
「畝を作って、ツルを斜めに挿す。根が張るまでの数日は水をやってもらうが、一度根付けば米のように毎日泥水を引く必要はない。雑草も、ツルが広がって地面を覆うまでの辛抱だ。今日集まった全員で、この数千本のツルを植え付けろ」
「若君ィッ!」
弥三郎が駆け寄ってきて、泡を吹かんばかりに詰め寄ってきた。
「いくら手間がかからねえって言ったって、葉っぱとツルばかり茂って食い物にならなきゃ、冬には全員餓死ですよ! 米や麦の代わりにこんな得体の知れない草を植えて、もし冬を越せなかったら、蒲生領の収支決算はどうなるんですかァッ!」
「弥三郎、お前は四ヶ月後に俺に土下座することになるぞ」
俺は薄く笑い、遠くのシラス崖を見上げた。
「秋になれば、この乾いた土の下から、赤紫色の太い根っこが山のように掘り出せる。米が取れぬ痩せた台地から、人を飢えさせない飯が掘り出せるんだ」
弥三郎が目を白黒させる横で、家久は面白そうに喉を鳴らした。
「ふん、相変わらず妖術めいた講釈を垂れおる。良かろう、その草が冬の兵糧になるかどうか、俺が見届けてやるわ。おい者ども! 崇清の言う通りにそのツルとやらを地面に突っ込め! 植え終わったら飯じゃぞ!」
家久の一声で、どっと農民たちが動き出し、荒涼としたシラスの台地に次々と緑のツルが挿し込まれていく。
水持ちが悪く、稲作に見放された南九州のシラス台地。
その最大の弱点を埋めるための「唐芋」の第一歩が、いま打ち込まれた。
秋の収穫期が訪れる頃には、このデンプンが、食糧だけでなく新たな蒸留酒の白煙を上げることになるはずだ。
「よし、植え付けが終わったら高須へ戻るぞ」
俺は身を翻した。
「茂平次爺さんが、竹を巻いた試作船の第一次試験を始める頃合いだ」
次は海だ。
農政に続いて、あの頑固な船大工たちとの格闘が待っている。
戦国三大チート植物(私が勝手に言っている)のうち孟宗竹、サツマイモが揃いました。
ちなみに実際、親父が定年退職後にとちくるって始めたサツマイモ作りで、7〜8反分の苗の植え付けと収穫を手伝ったことがあります。作中では崇清が涼しい顔で「根が張るまで数日水をやれば、あとは放っておいていい」みたいなことを言っていますが、実際やってみると普通に死にそうでした。シラス台地とか関係なく、ただただ腰にきます。
次の投稿は19次予定です。




