↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三部完『蒼溟の覇王 ―島津海洋帝国記―』 〜「死んだら売上ゼロだろ」 戦国薩摩の捨て石から、畳の上で死ぬために組織と兵站を組んで海洋覇権を握るまで〜  作者: 堀川うつら
第2部「獅子目兵站記」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/62

第24話:死線の直談判と「四割上納」の免罪符

すみません、制作途中のバックアップと完成原稿の取り違えで不完全なものがアップされていました。


第19話:黒豚とクヌギのレーション開発

https://ncode.syosetu.com/n2520mr/31

第21話:飯隈の損切りと「山・川・海」ラインの策定

https://ncode.syosetu.com/n2520mr/33/


この二話は正規版に更新しました。申し訳ありませんが再読をお願いいたします。


2026.9/5 AM9時には訂正してますのでそれ以降に読んだ方は大丈夫です。


永禄十一年(一五六八年)八月下旬。

残暑の厳しい日差しが、薩摩本丸・鹿児島城の白壁を容赦なく照りつけていた。

大隅の最前線・獅子目を極秘裏に抜け出し、錦江湾の夜間舟運と楠行者衆の間道を踏破して本丸の奥向きへ潜入してから半刻。

母・楠御前が暮らす北の丸の薄暗い一室で、俺――十歳の楠千代丸(島津本家での通称:又八)は、埃にまみれた麻の小袖を袴に着替えていた。

「若君。まことに、お一人で大殿の前へ出られるのですか」

濡れ縁の影に控え、低く張り詰めた声をかけたのは侍女長の岩崎(三十代後半)だ。

その切れ長の瞳には、二年ぶりに大隅から戻った幼き主君への安堵と、これから踏み込もうとする「死線」への強烈な危惧が混ざり合っていた。

「島津の御屋形様は、大隅の戦況に神経を尖らせておられます。もしや火薬の無断調達や、飯隈を捨て置いたことが露見すれば……ただの叱責では済みませぬぞ」

「わかっている、岩崎。だからこそ、本丸の目付頭や歳久兄上に嗅ぎつけられる前に、俺から直接親父殿の懐へ飛び込むんだ」

俺は十歳相応の小さな身体で袴の紐をきつく締め直し、懐に忍ばせた薄板の束を確かめた。

大隅・高須の港を開き、製塩と海運で利益を生み出したところまでは良かった。

だが、その富で薩摩から米二百石と鉄五十貫、そして何より南蛮渡来の「黒色火薬」を船ごと買い付けた瞬間、現場主任の弥三郎から痛烈な現実を突きつけられたのだ。

『銭の出所が説明できなきゃ、歳久様に一発で謀反の軍資金作りと見なされて打ち首ですよォッ!!』

弥三郎の絶叫は、戦国時代の権力構造を射抜いた完全な正論だった。

米や鉄なら「現地防衛のための備蓄」と言い逃れもできよう。だが、最新の戦略兵器である火薬を辺境の小勢力が独自に買い込むなど、大名権力に対するあからさまな背信行為に他ならない。

この火薬を「謀反の密輸品」から「島津公認の防衛資材」へと合法化できる人間は、家中においてただ一人――父・島津貴久しか存在しないのだ。

「楠千代……どうか、ご無事で……」

部屋の奥から、母・楠御前(二十五歳)が頼りなげな細い指で俺の手を握りしめてきた。

世間知らずで純真な母の掌は、夏だというのに氷のように冷たく震えている。

「大丈夫です、母上。首を取られに行くんじゃない。親父殿に、うちの事業の『増資と業務提携』を認めさせに行くだけですから」

俺は努めて穏やかに微笑み、手を優しく握り返した。

――本丸の奥、重臣たちの立ち入りすら制限された当主の私室。

重苦しい沈黙が支配する広間の上座に、島津家第十五代当主・島津貴久は一人で座していた。

五十を越えたその筋骨隆々たる巨躯は、平服の上からでも歴戦の武威を放ち、深く刻まれた眉間の皺の奥から、鋭利な刃のような眼光が俺の小さな身体を射抜いていた。

「又八か。大隅の死地から、誰にも知らせず這い戻ってきたと聞いて驚いたぞ。奥向きの女どもに甘えたくなったか?」

低く地響きのような声。

俺は敷居の手前で両手を突き、額を畳に擦り付けるようにして平伏した。

「滅相もございません、父上。本日は、大隅の防衛において極めて重大なるご報告と、父上にお許しをいただかねばならぬ儀がございまして、罷り越しました」

「重大な報告じゃと?」

貴久が片眉をぴくりと跳ね上げた。

十歳の妾腹の小倅が、震えもせずに平然と言い放った言葉に、わずかな興味と警戒が混ざる。

「申してみよ」

「はっ」

俺は顔を上げ、十歳児の無垢な瞳の奥に、前世の修羅場をくぐり抜けてきた冷徹な覚悟を宿して言葉を紡ぎ出した。

「父上。私は、本家より賜った『飯隈』の地を、一時的に捨て置く決断をいたしました」

ピキリ、と部屋の空気が凍りついた。

貴久の低く唸るような声が、薄暗い私室の板敷きを震わせた。

「何じゃと? 貴様、島津本家が下した拝領地を、自ら手放したと申すか」

五十を越えた島津家総帥の巨躯から放たれる威圧感は、十歳児の華奢な骨組みを押し潰さんばかりに重い。

その眼光には、最愛の末子を見る父親の情愛など一片もなく、領土と家督の秩序を統べる冷徹な戦国大名の殺気が張り詰めていた。

「なぜじゃ。申し開きの次第によっては、捨て石とはいえ軍規違反として厳罰に処すぞ」

「守れぬからでございます」

俺は敷居の手前で深く頭を下げたまま、澱みなく即答した。

「守れぬ?」

「はい」

俺はゆっくりと上体を起こし、真っ直ぐに父の鋭利な瞳を見据えた。

怯えも、甘えも、媚びもない。前世の事業再生コンサルタントとして、破綻寸前の事業計画を立て直すための冷徹な現実をそのまま突きつける。

「飯隈の地は開けており、大姶良や鹿屋からの侵入路が多すぎます。あの広大な平地を守るには、我が方の武士八十名ではあまりに間口が広すぎるのです」

「ならば、守る兵を増やせばよかろう」

「その兵を、どこから出せばよいのでございましょうか」

「……」

貴久の口がわずかに噤まれた。

「本家より正規の兵をお借りできれば、飯隈は守れましょう。しかし、その兵を飯隈へ置けば獅子目が薄くなる。獅子目を守るために兵を集中させれば、今度は飯隈が落ちる。二兎を追えば、両方とも敵の餌食となり、我が蒲生の手勢は春を待たずに全滅いたします」

「だから捨てた、と申すか」

「はい。土地を守るために兵を失うより、土地を捨てて兵を残す方が、大隅における島津の防壁として役に立つと判断いたしました」

静寂が部屋を支配する。

外の渡り廊下を吹き抜ける熱風の音だけが、蝉の鳴き声とともに微かに響いていた。

貴久は太い腕を組み、十歳の我が子の冷徹な計算をじっと咀嚼している。

「父上。私は飯隈を敵に差し出したかったわけではございません」

「では、何のためじゃ」

「敵にも使わせぬためでございます」

俺は懐から薄板を取り出し、小姓を通じて貴久の手元へ差し出させた。

そこに炭で描かれているのは、大隅南部の兵力配置図だ。

「飯隈に人を置かず、あえて無人の緩衝地帯といたしました。敵の肝付が飯隈へ踏み込めば、今度は敵がそのだだっ広い土地の警戒と維持に貴重な兵力を割かねばならなくなります。こちらは獅子目の狭隘な谷に伏兵を潜ませ、敵が手薄になった隙や、奥深く誘い込まれたところを叩けばよいのです」

貴久の片眉がピクリと跳ねた。

領地を「奪い合う土地」としてではなく、「敵の兵力を拘束し、防衛密度を最大化するための盤面上のコマ」として扱っている。その発想の異質さに、百戦錬磨の大名が舌を巻いたのだ。

「損切り、か。土地に執着せず、戦力密度を上げるために捨て置いたというわけか」

「はっ。そして私は、捨て置いた飯隈の代わりに――『高須』を得ました」

「高須?」

「はい。姶良川の河口を押さえ、高須の浜に流下式の枝条架タワーを組み、極上の純白塩を焼く塩田を開きました。さらに錦江湾の沿岸漁業を押さえて干物を作り、獅子目の山林で焼いた高品質木炭や石鹸を船に満載し、薩摩本国の坊津や谷山の商人へ直販いたしました」

「何じゃと……?」

「その稼いだ銭で薩摩から米二百石を買い付け、種子島鍛冶の良質な鉄五十貫を船ごと買い戻して参りました。これにて、本家からの兵糧補給を仰ぐことなく、獅子目の防衛基盤は完全に自給自足が叶っております」

貴久は手元の薄板を凝視し、しばし言葉を失った。

捨て石として前線へ放り込んだはずの五男坊が、兵糧を請い乞うどころか、山・川・海を繋いで自前の経済圏を立ち上げ、米と鉄を船ごと買い戻してきたというのだ。

「お前は商人か?」

「必要なものを集め、不要なものを捨て、残った資源で生き残りを最大化する。それだけでございます」

「それは武士の言葉ではないな」

「ですが、泥土の死地で生き残る者の言葉ではございます」

十歳の童と、五十代の総帥の視線が、火花を散らすように真正面からぶつかり合った。

貴久の唇が、感嘆に小さく震える。

だが――俺はそこで息を吸い込み、最も危険な最後の一手を盤上へ投じた。

「そして父上。私は米と鉄の他に、もう一つ買い付けたものがございます」

「何じゃ」

「南蛮渡来の『黒色火薬』でございます」

ピシリ、と空気が張り詰めた。

貴久の顔から先刻の感嘆の色が一瞬で消え去り、瞳の奥に抜き身の白刃のような光が宿った。

「火薬じゃと……? 又八、それは話が違うぞ。なぜ、火薬が要る」

島津貴久の声は低く、そして重かった。

私室の畳を吹き抜ける風が止み、行燈の微かな油煙だけが二人の間に漂っている。

「肝付が、次は三百の手勢では来ぬからでございます」

俺は平伏した姿勢を崩さず、静かに言葉を返した。

「それは分かっておる」

貴久は太い腕を組み、冷え切った眼光で俺を見下ろした。

「問題は、なぜそれをお前が『自分の判断で』買ったかじゃ。本家に願い出もせず、勝手に南蛮船から火薬を買い付けるなど、家中に対する明らかな越権。これを認めれば、島津の軍律そのものが崩れるぞ」

戦国大名の総帥として、寸分の狂いもない正論だった。

「必要だから勝手に軍備を整えた」という論理を認めてしまえば、配下の国人や地頭が独自に武装して謀反を起こす口実を与えてしまう。

「申し上げても、本家の評定を経て届くまでに幾月もかかります」

「……」

「肝付は、こちらの都合など待ってはくれませぬ」

俺は顔を上げ、十歳児の無垢な瞳の奥に、前世の修羅場をくぐり抜けてきた冷徹な現実主義を宿して父を見据えた。

「ですから、本日ここへ参りました。事後ではございますが、父上にすべてを打ち明け、御裁可をいただくために」

「ほう?」

貴久の眉がわずかに動く。

「私は、父上に隠れて火薬を買い、裏で謀反の軍勢を育てたいのではございません。父上に公認していただいた上で、堂々と大隅の最前線を死守したいのです」

「又八」

貴久は太い息を吐き、静かに身を乗り出した。

「高須の塩と交易で得た利益――その四割を、島津本家の蔵へ納めよ」

「四割、でございますか」

俺が眉を動かすと、貴久は薄く口元を歪めた。

「嫌か?」

「いいえ。四割、喜んで上納いたします」

即答だった。

利益の四割を上納しても、残りの六割と「合法的な自主調達権」が手に入れば、資金繰りも防衛基盤も十分に回る。

「四割を納めます。その代わり――大隅の防衛に必要な米、鉄、そして火薬の現地調達について、本家の正式なる御承認をいただきたく存じます」

「……」

貴久は黙り込み、十歳の息子の顔をまじまじと見つめた。

呆れと、警戒と、そして底知れぬ才気に対する畏怖が、その双眸に去来している。

「お前は本当に、十歳の童か?」

「父上。十歳だからこそ、死にたくないのでございます」

沈黙が部屋を満たした。

やがて貴久は、太い膝を叩いて重々しく頷いた。

「よかろう。高須の利益の四割を島津の蔵へ納めよ。その代わり、大隅の防衛に必要な米・鉄・火薬の調達を正式に認める」

「ありがたき幸せに存じます」

深く頭を下げた俺に対し、貴久は鋭い視線を投げかけた。

「ただし、一つだけ条件がある」

「何でございましょう」

「その火薬を使って、勝手に大名になるなよ」

空気が一瞬だけ固まった。

「なりません」

「本当か?」

「…………なりません」

「今の間は何じゃ」

「気のせいでございます」

俺は平然と言い放ち、息を整えた。

貴久は苦笑いを漏らしつつ、大名としての冷徹な顔に戻った。

「その火薬で、肝付の反攻を止める策――後ほど詳しく書き記して置いていけ。死ぬなよ、又八」

「はっ」

(これで、火薬を『密輸品』から『島津公認の防衛資材』へ完全に合法化できた)

奥向きへ戻る暗い渡り廊下を歩きながら、俺は胸を撫で下ろした。

父・島津貴久を巻き込んだ「四割上納の免罪符」。

これによって手に入れた黒色火薬と富を武器に、俺たちはいよいよ隣国・大姶良勢力との本格的な外交戦、そして来たるべき肝付本隊の襲来を迎撃する「雷神の罠」へと歩みを進めることになるのである。

次は明日7次更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。