第133話 肥前の檻と沖田の泥濘
天正六年(一五七八年)十一月
冷え込みの増す肥前・佐嘉城の奥まった一室に、重苦しい静寂が垂れ込めていた。
部屋の隅には抜身の槍を抱えた目付の武者二名が立ち、障子の外にも気配を殺した番兵が絶えず巡回している。
名目は留守居、その実態は厳重な幽閉であった。
「……殿も焼きが回られたな。天下を競うべき器が、自らの眼を塞ぎ、耳を切り落としてしまわれた」
冷めた茶の湯気を前に、鍋島直茂は静かに呟いた。
島津からの二通の通牒――隆信への大友旧領返上・隠居勧告と、直茂への肥前在地統治安堵の密書。
あの広間で隆信が激昂し、直茂を蹴飛ばして書状を引き裂いたその夜、直茂の身辺には即座に監視が付けられた。
『直茂は島津と気脈を通じているのではないか』
猜疑に狂った隆信は、直茂から軍の指揮権を奪って城内に押し込めるだけでなく、実弟の鍋島信房を「忠誠の証」として無理やり最前線の先鋒に据えたのである。
人質代わりに泥濘の先頭へ立たされた弟を思い、直茂は奥歯を噛み締めた。
懐の奥、肌身離さず収めてある崇清からの密書を、衣の上から指先でなぞる。
(……すべて、あの男の盤面の上よ)
直茂が諫言すれば主従に亀裂が入り、黙して従えば家中ごと破滅する。
そして直茂の手足を縛った龍造寺隆信は、誰の制止も聞かぬまま、自ら島原という名の底なし沼へ全軍を引き連れて突っ込んでいった。
障子の隙間から見える空は、雪を孕んだ鉛色に濁っている。
部屋の隅に立つ目付の武者二名が、連日の張り詰めた警固に疲労の色を濃くし、こくりと舟を漕いで微かな寝息を立て始めた。
その瞬間を逃さず、直茂は湯呑みを引き寄せ、給仕を装って近寄ってきた巡回番兵の小頭と密かに視線を交わした。
鍋島譜代の血を引くその小頭は、誰にも悟られぬよう、微かに顎を引いて直茂へ合図を返す。
「鍋島一族の者どもに伝えよ」
直茂は寝息を立てる目付たちを横目に、吐息のような低い声で唇を動かした。
「城下の蔵の米と金は一粒も動かすな。領民の動員も罷りならぬ。……島原の決着がついたその瞬間、城内の門を制し、肥前を開くのだ」
滅びゆく巨熊を見送りながら、直茂は佐嘉の檻の中で静かにその時を待っていた。
*
その頃、島原半島――日野江城と、後に島原城が築かれる森岳との間に挟まれた広大な低湿地帯「沖田畷」の北側街道。
地鳴りのような鬨の声とともに押し寄せていたのは、諫早街道を南下してきた龍造寺山城守隆信が率いる本隊であった。
豪華絢爛な金箔押しの甲冑に身を包んだ隆信は、肥満のあまり馬に乗ることができず、屈強な巨漢六人に担がせた頑丈な軍輿の上に巨体を揺らしていた。
酒臭い息を荒らげ、前方の湿地帯を睨みつけて吼える。
「小癪な有馬の小僧どもめが! 城に引き籠もりおって! 信房、江里口! 一気に畷道を駆け抜け、日野江を取り囲めッ! 裏切り者は根こそぎ撫で斬りにせい!」
先鋒を命じられた直茂の弟・鍋島信房や江里口信常らは、疑いを晴らすため必死の形相で進軍の声を張り上げた。
だが、街道を一歩踏み出した瞬間、龍造寺軍の先頭は猛烈な足止めを喰らった。
目の前に広がる沖田畷は、左手(東)に有明海の浅瀬、右手(西)に雲仙岳の切り立つ山裾を控えた、極めて狭い一本道の泥田である。
連日の雨と冬の潮風を吸った黒土は底なしの泥濘と化しており、甲冑を着込んだ武者や馬が踏み入るや否や、たちまち膝上までずぶずぶと沈み込んだ。
「馬が進まぬ! 足が抜けん!」
「輿が沈むぞ! 人夫は何をしておるかッ!」
隆信を乗せた重い軍輿はたちまち泥に足を取られ、担ぎ手の人夫たちが泥水に膝を折る。
二万を超える大軍勢が道幅わずか数間の細道へ一気に雪崩れ込んだことで、先頭は立ち往生し、後続は前へ進めず団子状に押し合いへし合いを始めた。
左の海と右の山に挟まれた泥濘の中、身動きの取れぬ巨大な標的が、完全に出来上がっていた。
*
その泥濘を見下ろす南側の微高地、孟宗竹の防弾壁と土手の陰。
島津軍事総司令官・島津兵庫頭義弘は、竹束の隙間から冷ややかに前線を見据えていた。
自軍から見て左翼(東)に広がる有明海の泥濘、右翼(西)にそびえる山裾の隘路。
その両脇を完璧に塞ぎ、敵の退路を封じる布陣図を手に、軍奉行の鎌田尾張守政翠が「手筈通りにございます」と低く頷く。
義弘が静かに視線を巡らせると、土手の陰に伏せた歴戦の将たちが、それぞれの持ち場で抜かりなく動いていた。
左翼の海側で土手を背に胡坐をかいているのは、八代城の留守を北郷勢と相良の老臣・深水長智に託し、義弘の先行船団に同乗して乗り込んできた新納武蔵守忠元である。特注の竹筒から松葉サイダーを喉へ流し込み、豪快に口元を拭って獰猛に笑っている。
その横では、加久藤城主・川上忠智が静かに槍の穂先を研ぎ澄まし、いつでも飛び出せるよう草鞋の紐を締め直していた。
中央の土手下では、中馬大蔵重忠と息子の巨漢・重方が率いる蒲生島津の精鋭が、大太刀を抱えて息を殺している。
右翼の山裾では、南薩知覧の犬童頼安が率いる鉄砲隊が黒色火薬を込め、火縄の先端に赤い火を灯していた。
その後方では、比志島国貞が鋭い眼光で陣中の軍律を見回り、兵たちに一言の私語も許さず潜伏を徹底させている。
有馬家の宿老団も、少年当主・晴信を囲んで泥田を凝視し、怨敵を討ち果たす時を待ち構えていた。
飯隈の乾燥兵糧で腹を満たし、少量の焼酎で冷えを断った島津の武者たちは、凍える泥水に浸かる龍造寺軍とは気迫の桁が違っていた。
そして、左翼の有明海沖合には――。
不知火海を抜けて有明海へ進出してきた島津新鋭関船の白帆が、冷たい北西風を孕んで横一文字の防壁を敷いている。
舳先の青銅製フランキ砲が、泥田で立ち往生する龍造寺軍の横腹へ向けて正確に砲口を向けていた。
左の海、右の山、正面の泥田、そして沖合の青銅砲。
崇清が海陸から張り巡らせた絶対のキルゾーンが、いま完全に噛み合っていた。
義弘は右手をゆっくりと持ち上げ、前線の忠元、忠智、重忠、重方たちへ視線を送った。
「者ども、掛かれの太鼓を鳴らせ。……肥前の熊狩りの始まりじゃッ!」
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ肥前の熊狩りです。
龍造寺隆信、僕のイメージでは能力は有能、それを動かす性格に難あり、というイメージですね…




