第117話 臼杵の祈祷と神仏の亀裂
天正五年(一五七七年)冬、豊後・臼杵、丹生島城。
四方を海に囲まれた天然の海城は、冷たい潮風とともに、異様な香煙の匂いに包まれていた。
城内の広間を改造した豪奢な礼拝堂には、無数の白蝋燭が揺らめき、金泥で塗られた十字架と聖画が壁一面を埋め尽くしている。
その祭壇の前で、豪奢な南蛮天鵞絨の法衣を身にまとった男が、狂ったように額を床板に打ち付けていた。
大友宗麟――洗礼名、ドン・フランシスコ。
耳川の大惨敗以降、現実の政務を放り出して臼杵に引き籠もり、現実逃避の祈祷に没頭し続ける豊後の主であった。
「おお、天主デウスよ……! なぜ我を見捨て給うか! なぜ悪魔たる薩摩隼人に打ち勝つ奇跡を下さらぬのか……ッ!」
宗麟の声は嗄れ、血走った眼窩の奥は黒く窪んでいた。
祭壇の脇に控えていたイエズス会のカブラル神父が、冷ややかな視線を落としながら、静かに十字を切る。
「ドン・フランシスコ様。天主の加護が届かぬのは、あなたの祈りが足りぬからではありません。……この豊後の大地に、いまだ異教の邪神どもの宮が残り、民の魂を穢しているからにございます」
「邪神……そうか、邪神の宮か!」
宗麟は跳ね起き、カブラルの手をつかんだ。
「日向で社寺を焼き払ったように、豊後の寺社もことごとく灰にせねばならぬのだな! 八幡総本宮・宇佐神宮をはじめ、領内の神社仏閣をすべて打ち壊せ! 神像を叩き割り、仏像の金箔を剥ぎ取って溶かせ! その財宝をすべて天主の御前に捧げ、南蛮船から大砲と火薬を買い直すのだッ!!」
その狂気の絶叫は、四百年続いた名門大友家の命脈を、自らの手で断ち切る終わりの合図であった。
数日後、国東半島の宇佐神宮において、大友軍の手による未曾有の破却が始まった。
社殿に火が放たれ、宝物庫が破られ、神宝が白昼堂々と略奪される。
数百年守り抜かれてきた八幡総本宮の聖域は、黒煙と阿鼻叫喚の地獄と化した。
だが――。
その炎の中から、決死の覚悟で神鏡を抱きかかえ、闇夜の海へ小舟を漕ぎ出した一団があった。
*
それから半月後。
大隅・獅子目、飯隈総会所。
日向灘から早馬を乗り継いできた楠行者衆の頭領・道純が、泥まみれの脚で板敷きに膝を突いた。
「……若君。細島の湊へ、宇佐神宮の大宮司一族をはじめとする社家・神官衆、総勢四十余名が辿り着き申した」
道純の懐から取り出されたのは、煤と潮水に濡れた錦の包みであった。
崇清が静かに両手で受け取ると、中には八幡宮に伝わる古式ゆかしい神鏡と、血で書き殴られた大友宗麟弾劾の神道奏文が収められていた。
「神仏を焼く主に耐えかね、八幡様の御神体を抱いて海へ逃れたと。……『島津は日向で社寺を安堵し、若一王子社を朝廷より正一位に昇叙させた至誠の家と聞く。伏して八幡の神鏡をお受け取りいただき、社家の命をお救いくだされ』と、老神官どもが浜辺で額を擦り付けて泣き崩れております」
「……若」
隣で帳簿を抱えていた弥三郎が、唾を飲み込んで声を潜めた。
「大友の領民や国衆どころか、天下の宇佐八幡の神主どもが、本尊を抱えてこっちへ逃げ込んできちまいましたぜ……! これ、どう始末をつけますかい?」
崇清は立ち上がり、机の上に広げられた九州全土の地図を見据えた。
その双眸に宿ったのは、憐憫ではなく、研ぎ澄まされた冷徹な勝者の光であった。
「始末など決まっている。……最高の礼をもって迎え入れろ」
崇清の声が、総会所に静かに響き渡った。
「大隅の宗家蔵入地から社領二百石を即座に寄進し、獅子目の山裾に仮宮を造営して御神鏡をお祀りしろ。米も、塩も、絹も、神官たちに必要なものはすべて高須の蔵から無制限に出せ」
「へ、へい! 太っ腹ですかい!?」
「安すぎる買い物だ、弥三郎」
崇清は薄く笑った。
「これで、勝負は完全に決した。大友宗麟は、自らの手で八幡総本宮を焼き、神宝を奪った『朝敵・仏敵』になり果てた。そして島津は――その焼かれた八幡神を身を挺して保護し、日の本の神道を護持する『唯一の正統なる秩序』となったのだ」
かつて京都で近衛前久を動かし、吉田神道と朝廷を味方につけて若一王子社に「正一位」を賜ったあの布石が、ここで宇佐八幡の亡命と完璧に一本の線で繋がったのだ。
大義名分は百パーセント、島津の手の中にある。
豊後の国衆も、博多の商人たちも、阿蘇の甲斐宗運も、そして筑前の立花道雪・高橋紹運すらも、もはや神仏を焼く宗麟を擁護する大義はどこにも残されていない。
「……道純。この報せを早船で京都の烏丸茶房へ飛ばせ。前久公を通じて朝廷へ宇佐神宮破却の実態を訴え出させる。大友宗麟には神敵としての退隠・隠居を厳しく迫り、一切の政務から引きずり降ろすのだ。そして大友の家名は義統殿に継がせ、いずれ豊後の領主権を返上させて都の公家大名(高家)へと棚上げする。そのための勅許を、朝廷から引き出す時が来た」
「御意ッ!」
道純は深く一礼し、影のように闇へと消え去った。
南の海から吹き上げる冬風が、獅子目の谷を駆け抜けていく。
血を一滴も流さず、武力で押し潰すこともなく、経済と大義の二つの網によって、九州の巨頭・大友家が静かに、そして完全に解体されようとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
今回は、経済封鎖によって追い詰められた大友宗麟による暴挙――八幡総本宮・宇佐神宮の破却と、逃れてきた社家集団の島津亡命をお届けしました。
かつて崇清が京都の烏丸茶房を通じて若一王子社に「正一位」を賜った布石が、ここで宇佐八幡の御神鏡保護とに結びつきました。




