第103話 内城激震――算盤侍の反乱
細々とした数字が苦手な人は
崇清が持ってきた案は長期的には薩摩の収入をかなり上げるがそのためには一時的にかなりの投資が必要でその財源がないという忠棟に崇清が相良を兵で攻める費用が浮くことや一部高須(崇清の所領の貿易港)の利益の供出等を組み合わせて説得した、と思ってくれれば概ね大丈夫ですw
鹿児島・内城の勘定所に隣接する小広間には、朝から張り詰めた空気が漂っていた。
上座には当主・島津義久が端座し、その脇には京から共に帰還した三男・島津歳久が涼しげな顔で扇子を弄んでいる。
下座の畳の上には、南薩摩(知覧・頴娃)での五日間にわたる個別面談を終えて戻ったばかりの島津又八郎崇清と、その正面で分厚い算用帳と十露盤を前に据えた筆頭勘定奉行・伊集院忠棟が向かい合っていた。
「――又八郎殿。まずは五日間の南薩での下交渉、大儀であった」
忠棟は静かに口を開いた。その声は感情を排して落ち着き払っていたが、剃髪した額の奥の双眸には、島津宗家の金庫番としての冷徹な光が宿っている。
「五日間の面談の結果、知覧・頴娃の三十八家のうち、大身十二家(計二千石)は大隅への移転に合意。小身二十六家のうち、先祖の村に執着して移転を選んだ六家(計二百五十石)を除く二十家(計七百五十石)が『所領返上・俸禄侍化』を希望した、とあるな」
忠棟は帳面を繰り、樺山藤七郎(四十石)の試算表に目を落とした。
「現場の小身どもが飛びつく理屈はよく分かる。平年の年貢二十二石から郎党・下人の扶持八石と軍役の借金返済四石を引けば、手元に十石しか残らぬ暮らしだ。山川の商人に対する過去の借金(銀三枚)は藤七郎個人の負債として残し、毎年支給する銀二枚のうち一枚ずつを三年にわたって返済に充てさせるゆえ、宗家が借金を肩代わりするわけではない……そこまでは実に手堅い」
「はい。それでも軍役と郎党扶養の負担が消えるため、三年で借金を完済できる見通しが立ち、藤七郎殿は喜んでおられました」
「うむ。そして、この南薩の再編によって相良義陽とその家臣団を受け入れる『一万二千石の器』を空け、引き換えに旧相良領たる『球磨・八代・芦北の二万石』をすべて島津宗家の直轄地(蔵入地)として接収する。……この大枠の絵図についても、某は異論はない」
忠棟は傍らの算用役人に命じ、大きな白紙に領地交換の数字を書き出させた。
* 【宗家が手放す直轄地】
* 大隅(鹿屋・串良)の宗家直轄地より、南薩から移転する十八家(二千二百五十石)への二割増し割当:▲二千七百石
* 南薩(指宿・川辺)の既存宗家直轄地より、相良家への割当:▲四千石
* (※残る相良宛行分五千二百五十石は、今回空く知覧・頴娃の三千石と、現地で相良の与力へ組み替える二千二百五十石で充当)
* 宗家直轄地の減少合計:▲六千七百石
* 【宗家が新たに得る直轄地】
* 相良家が明け渡す旧相良領(球磨・八代・芦北):+二万石
「帳面の上では、宗家は六千七百石の直轄地を手放して、二万石の旧相良領を直轄地として手に入れる。差し引き『一万三千三百石の直轄地増』だ」
忠棟は十露盤をパチリと弾いた。
「さらに、もし相良を力攻めにすれば、人吉城を囲む半年間の兵糧と玉薬だけで米一万八千石(銀三百六十貫)が煙となって消え、戦後も球磨の一揆鎮圧に毎年五千石が飛び続ける。戦をせずにこの国替えを成し遂げれば、その莫大な戦費が浮く。……ゆえに、新しい土地を馴染ませ、水路を開き、三年目から大きな実入りを得るために、『最初の二年間が一時的に赤字(持ち出し)になるのは当然であり、そこに宗家の蔵から先行投資を行うべきだ』という貴殿の理屈は、経営の道理として百も承知しておる」
上座の義久と歳久が「ほう」と目を細めた。
忠棟は「予算にないから米一粒出さん」と駄々をこねるような狭量な役人ではない。三年後に宗家の実入りが大きく増えるなら、一時的な赤字を引き受けてでも種籾(初期投資)を蒔くのが財政を預かる者の務めであることを、誰よりも深く理解していた。
「――だがな、又八郎殿!」
忠棟の声が、ここで一気に峻烈さを増した。
「種籾を蒔くのは当たり前だが、『種籾として蒔いてよい米の量には、蔵の底という限界がある』のだ! 今の我が島津は、平時の商いをしておるのではないぞ! 北の筑後・肥前には龍造寺隆信が五万の兵を擁して睨みを利かせ、東の豊後には耳川で敗れたとはいえ大友宗麟がいまだ数万の動員力を残しておる!」
忠棟は内城の本蔵の備蓄台帳をドンと叩いた。
「もし明日、龍造寺が肥後へ雪崩れ込み、大友が再び日向へ南下してきた時、内城の軍用蔵に最低でも米一万五千石の戦時備蓄が残っておらねば、義弘様も家久様も兵を動かすことすらできぬ! ゆえに、今回の『相良移封と南薩再編』のために、宗家の本蔵から先行投資として吐き出せる赤字の限度(投資枠)は、今年と来年の二年間を合わせても『最大で米五千石(銀百貫相当)まで』だ! これ以上は、たとえ三年後に黄金の山が手に入ろうとも、その前に龍造寺に突かれて島津が潰れる!」
「二年で五千石まで、ですか」
「左様! ところが又八郎殿、貴殿が持ってきたこの計画書を検算してみよ! 今後二年間に発生する『持ち出し(先行投資と減収)』がいくらになると思っておる!」
忠棟の指が、十露盤の珠を激しく弾き上げた。
「第一に、『直轄地交換の時間差と移封費用』だ! 大隅と南薩で手放す直轄地六千七百石分の年貢(年三千三百石)は、今年の秋から即座に消える。一方、新たに得る旧相良領二万石は、検地帳の引き継ぎと現地の掌握に時間がかかり、八代・人吉・水俣の城番維持費(年三千五百石)を引けば、最初の二年間は内城への上納などほとんど上がってこぬ! つまり、二年間で六千六百石の減収だ! そこに相良家と南薩十八家の引越し・屋敷普請代として三千石相当(銀六十貫)がかかる! これだけで九千六百石の持ち出しだ!」
「第二に、『球磨川の開発投資』だ! 三年目から球磨の杉材と鉱山で年五百貫を稼ぐというが、そのために球磨川の岩礁を砕き、八代湊に貯木場と製材所を作る工事費として、最初の二年間で七千五百石相当(銀百五十貫)が先行投資として出ていく!」
「そして第三に、貴殿が南薩で始めた『俸禄侍化と直属兵の移行コスト』だ!」
忠棟は藤七郎らの試算表を睨みつけた。
「四十石の所領から平年二十二石を取り立て、十六石相当の定額俸禄を渡せば差額が六石残るというが、それは利益ではない! 山あいの村々の検地、水争いの裁き、未進の督促、年貢の輸送費、そして新たに雇う代官の人件費で差額など吹き飛ぶ! さらに地侍どもが手放した郎党を『宗家直属の常備足軽』として雇い入れ、不作の年でも定額俸禄を保証するとなれば、もしこれを南薩一万二千石すべてに広げた場合、代官と常備兵の維持費だけで毎年二千石以上の追加負担が圧し掛かる!」
忠棟は両手を畳につき、義久と崇清を交互に見据えた。
「よいか、又八郎殿! これら三つの持ち出しを足してみよ! 二年間で約二万石(銀四百貫)もの米と銀が先行して出ていく計算になる! 宗家の本蔵が出せる先行投資の限界は『五千石』だと言うたはずだ! 三年後に大儲けできるからといって、五千石しか投資余力のない蔵に二万石の先行投資を背負わせれば、二年目の冬には蔵の底が抜けて軍が動かせなくなる! これを商いの道では『黒字倒産』と呼ぶのではないか!?」
広間が静まり返った。
上座の義久も、歳久も、深く頷いている。
忠棟の主張は、ケチでも守旧でもなかった。「投資の必要性は認める。宗家も五千石まではリスクを取って投資しよう。だが、お前の計画は『領地移転』『インフラ開発』『軍制・税制改革』という三つの巨大投資を同時に詰め込みすぎており、宗家の投資余力(五千石)を四倍も超過している」という、完璧なポートフォリオ管理の指摘だったのである。
「……又八郎。忠棟の申す通りだ」
義久が重々しく口を開いた。
「三年後の実入りがいかに大きくとも、この二年間のうちに龍造寺や大友が動けば、我らは戦をせねばならぬ。本蔵からこの事業に回せる先行投資は、二年間で米五千石(銀百貫)が限界だ。……この枠の中で、どうやって三つの事業を回すつもりだ?」
崇清は忠棟の精緻な計算に、心からの敬意を込めて深く頭を下げた。
「忠棟殿。……恐れ入りました。本蔵から『五千石(銀百貫)の先行投資枠』を頂けるのであれば、十分でございます。ご指摘の通り、三つの投資を一つの財布に詰め込んだ私の目録が甘うございました」
「なに……? 五千石の枠で足りるだと?」
眉をひそめる忠棟の前で、崇清は白紙を広げ、超過している「残り一万五千石分の先行投資とリスク」を、三つの手法で鮮やかに削ぎ落としてみせた。
「まず第一に、【南薩の制度改革(俸禄化)の規模縮小とコスト圧縮】です。忠棟殿が危惧された通り、一万二千石すべてで代官を雇い、直属兵を抱えれば、それだけで年二千石の赤字が出ます。ゆえに今年度、所領返上と俸禄化を行うのは、今回面談した小身二十家の『七百五十石(二十村)のみ』に厳格に限定します」
「七百五十石のみに限定……? では、相良家に渡す残り九千石はどうするのだ!」
「既存の宗家直轄地四千石を充てるほか、残りの地域の地侍たちは無理に俸禄化せず、大隅への移転か、相良義陽殿の与力(または八代への配置転換)とします。つまり、行政と俸禄の実験は『二十家・七百五十石の小さな箱庭』だけでまず二年間行います。しかも、新たに外部から代官は雇いませぬ。俸禄侍となった二十家のうち、算筆の立つ別府勘解由殿ら五名に『年米二石の役料(計十石)』を足して『在郷下代官』を兼務させます。村の事情を一番よく知る旧領主自身に年貢を取りまとめさせれば、平年の差額八十石のうち七十石が残り、常備足軽三十名の扶持(百五十石)の大半を賄えます」
「む……旧領主を下代官に使い、対象を二十村に絞るか! それなら行政がパンクすることもなく、追加の持ち出しは年にわずか八十石と、不作の年の変動リスクだけで済むな……!」
「はい。そしてその年八十石の不足分と、万が一の不作の年の保証枠(銀五十貫)については、高須湊の運上銀から別枠で引き当てておきますゆえ、本蔵の投資枠五千石には一文も食い込みませぬ」
忠棟の目が細まった。これで三つ目の「制度改革の暴走リスク」が、ほぼゼロに圧縮された。
「次に第二の、【直轄地交換の時間差赤字と移封費用(計九千六百石)】です。ここが本丸の先行投資になります」
崇清は十露盤を弾いた。
「まず、旧相良領二万石のうち、山奥の球磨郡(一万二千石)は検地と掌握に二年間かかりますが、海沿いの『八代・芦北の平坦地(八千石)』は、すでに我が方の商人との取引記録が揃っており、新納武蔵守殿が入れば今年の秋から確実に年貢四千石を徴収できます。この四千石を現地でそのまま八代・人吉・水俣の城番維持費(三千五百石)に充てれば、現地の警備費は初年度から自活でき、さらに年間五百石(二年間で千石)の余剰が出ます」
「ふむ! 八代の年貢で城番を賄い、千石浮かすか。すると、二年間の直轄地減収(六千六百石)と引越し・普請代(三千石)の計九千六百石から千石を引いて、残る初期投資の穴は『八千六百石』になるな」
「はい。この『八千六百石の先行投資』のうち、忠棟殿が認めてくださった『五千石(銀百貫)』を、宗家の本蔵から国家の先行投資として拠出していただきます」
「本蔵から五千石を出すのはよい。だが、まだ『三千六百石(銀七十二貫)』足らぬぞ!」
「その三千六百石分は、我が蒲生島津が預かる高須の海運益と、京の『薩摩屋』のサボン売上から、共同投資として拠出いたします。八代と水俣の湊が島津の直轄になれば、不知火海の海運によって高須の湊も潤いますゆえ、蒲生島津が投資分担するのは当然の筋目にございます。……これで、二年間の領地移行期間は本蔵の投資枠五千石の範囲内で完全に乗り切れ、三年目からは検地を終えた球磨郡一万二千石の年貢(毎年米六千石)が、丸ごと宗家の本蔵へ返ってまいります!」
五千石を投資して、三年目から毎年六千石の直轄年貢が永続的に入ってくる。これならば投資回収期間は実質一年であり、戦時備蓄一万五千石にも一切手をつけずに済む!
「そして最後の第三――【球磨川水路開削・木材鉱山開発の初期投資(七千五百石=銀百五十貫)】です」
崇清は三枚目の紙を忠棟の前に置いた。
「忠棟殿の仰る通り、ここまで本蔵に背負わせれば投資枠を超えてしまいます。……ゆえに、この球磨川の岩礁破砕と製材所建設の銀百五十貫については、本蔵からは一文も出さず、『博多・堺の大商人(島井宗室ら)からの前受出資』と『飯隈の工兵予算』による独立採算事業として切り離します」
「なに!? 博多の商人に工事費を出させるだと!?」
「はい。『三年目以降に切り出される球磨の極上杉・檜の優先買付権(五年間)』を担保にすれば、船材と建築材に飢えている博多と堺の豪商どもは、喜んで銀百貫を前払いしてまいります。残る銀五十貫は飯隈の工兵が現物稼働で負担します。そして三年目以降、商人の取り分と経費を差し引いた『宗家直轄山林の伐採運上(純益・毎年銀三百貫=米一万五千石相当)』が、本蔵へ毎年納められます」
広間には、外の蝉時雨の音だけが響いていた。
忠棟は、崇清が目の前で修正した「共同投資・リスク切り分け表」と、手元の十露盤を交互に睨みつけていた。
| 事業区分 | 2年間の初期投資・減収額 | 誰が先行投資を負担するか(リスク分担) | 3年目以降の宗家本蔵へのリターン |
|---|---|---|---|
| ① 相良移封・直轄地交換 | 2年間の直轄減収+引越し費=実質8,600石の赤字 | ・宗家本蔵:5,000石(投資上限枠)
・蒲生島津:3,600石(銀72貫) | 5,000石の投資に対し、球磨郡より毎年米6,000石の直轄年貢が永続的に純増 |
| ② 南薩俸禄化(750石実験) | 足軽扶持不足分(年80石)+不作時変動リスク | ・旧領主の下代官兼務で行政費圧縮
・高須運上銀と保証銀50貫で別枠担保 | 750石の直接掌握+「検地・俸禄・軍役」三台帳の確立 |
| ③ 球磨川・山林鉱山開発 | 水路開削・貯木場建設=銀150貫(7,500石相当) | ・博多商人の前受出資:銀100貫
・飯隈工兵:銀50貫(本蔵負担ゼロ) | 本蔵持ち出しゼロで、毎年銀300貫(1.5万石相当)の運上益が純増 |
「…………パチ、パチ、パチ」
忠棟の太い指が、十露盤の珠を弾いた。
戦時備蓄一万五千石を死守した上で、宗家の本蔵がリスクを取って拠出する「先行投資五千石」。そこに蒲生島津の海運益と博多商人の前受資本を組み合わせることで、二万石規模の巨大プロジェクトが、本蔵の安全枠の中で一分の狂いもなく成立している。
しかも、三年目には投資した五千石が一発で回収でき、その後は毎年米六千石と銀三百貫(計二万一千石相当)が宗家の蔵へ雪崩れ込んでくるのだ。
「……くっ、ふ、ふふふ……!」
忠棟の喉奥から、うめき声のような低い笑いが漏れた。
「……これならば、筋が通る。本蔵が五千石の種籾を出し、高須が三千六百石を添え、川の開発は博多の商人の銭で回すか! 最初の二年間の赤字が五千石の枠にピタリと収まるなら、龍造寺や大友がいつ動こうとも、我が内城の兵站は微動だにせぬわ!」
忠棟は顔を上げ、財務官僚としての誇りと闘志を漲らせて崇清を指差した。
「よいか、又八郎殿! 本蔵から五千石もの米を先行投資として出す以上、これはもはや貴殿一人の手遊びではなく、我が勘定所の本事業だ! 旧相良領二万石の検地には、最初から我が勘定所の算用役人を二十名送り込む! 南薩二十村の『検地・俸禄・軍役の三台帳』も、某が直々に監査して一粒の狂いもない型に仕上げてみせるからな!」
「ぜひお願いいたします、忠棟殿。宗家が五千石の種籾を蒔き、忠棟殿の目が光ってこそ、球磨の二万石と南薩の新制度は真に島津の柱となります」
崇清が深く頭を下げると、上座の脇で扇子をパチンと閉じた島津歳久が、愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「見事な落ち着き先よな。本蔵が米一粒も出さぬのでは宗家の威信が立たず、全部出せば蔵が潰れる。……忠棟が弾いた『五千石の投資枠』をきっちり使わせた上で、残りを商人と高須の銭で繋ぐとは。御屋形様、これほど手堅い種蒔きはございませぬぞ」
上座の島津義久は、満足げに大きく頷いた。
「うむ。忠棟がそこまで十露盤を弾いて乗り気になったのなら、わしから申すことはない。……忠棟、本蔵より先行投資として米五千石の支出を認める。知覧・頴娃二十家の『永代俸禄手形』に連署し、大隅・鹿屋の直轄地二千七百石の割当と、旧相良領二万石の宗家直轄化計画、今この場で裁可する!」
「はっ! 御意のままに!」
忠棟は力強く平伏した。
「先行投資の必要性」を熟知する忠棟が、宗家のリスク許容度(五千石)という明確な枠組みを定義し、崇清がその枠内に収まるよう事業を三分割・スリム化して共同投資の形へと昇華させたことで、南薩摩の制度実験と相良家の国替えは、名実ともに「島津宗家と蒲生島津が一体となった国家投資事業」として動き出したのである。
色々考えましたが作者は算数が昔から苦手なので間違いとかあったら教えてくださいw
次は7時投稿予定です。




