第81話 勝利の計算書と日向の国境
鹿児島内城の大広間には、底冷えのする新春の空気を吹き飛ばすほどの熱気が渦巻いていた。
耳川の決戦から明けた、天正五年の正月。
上座に座す島津修理大夫義久の前に、一門・譜代の重臣たちが居並んでいる。
皆の顔には、九州の覇者・大友宗麟の数万の大軍を叩き潰したという、未だ覚めやらぬ興奮の色が張り付いていた。だが、中央に座す四兄弟の表情は、いずれも浮かれたものとは程遠い。
「――日向佐土原の仕置、これにて定める」
義久の重々しい声が響く。
「佐土原城代には、四弟・家久を任じる。日向一円の国衆の抑え、ならびに豊後国境への備え、すべて家久に一任いたす。知行は加増をもって報いる」
「ははっ。過分なる仰せ、謹んでお受け仕る」
家久が深々と平伏した。鋭い眼光を宿したその横顔には、耳川で大友軍の喉首をへし折った猛将の凄みがそのまま張り付いている。
耳川の戦いにおける家久の「釣り野伏せ」の誘引、そして義弘の突撃という、島津の誇る武の二大結晶が敵を粉砕したことは誰もが疑わぬ事実であった。評定の間からも、家久への恩賞に対して惜しみない称賛の呟きが漏れる。
だが、大友の大軍が潰走した真の理由は、単なる戦術の妙だけに非ず――それを誰よりも骨身にしみて理解していたのは、前線で泥と血を啜った家久自身であり、義弘であった。
「……して、兄上」
義弘が太い腕を組み、顎髭を撫でながら口を開いた。その視線が、座列のやや末席に控える崇清へと向けられる。
「此度の勝ち、拙者らの槍働きばかりが取り沙汰されておるが……真の功労は別にござる。耳川に至る山道、糧道も絶たれかねぬ泥濘の中、我が軍勢が一兵も飢えず、煙一つ立てずに敵の横腹へ潜り込めたのは何故か」
義弘の言葉に、家中随一の知性派である三男・歳久が、口元に薄い笑みを浮かべて頷いた。
「崇清の配った、あの孟宗竹の乾飯よな。火を焚かず、煙も出さず、水さえあれば兵の腹を豚の脂と塩で満たす異形の糧食。あれがなければ、夜半の伏兵行動など大友の物見に即座に察知されておったわ」
「それだけではありませぬ」
家久が顔を上げ、低く笑った。
「高須の船団が日向灘の荒波を突き抜けて、絶え間なく火薬と鉛、替えの竹束を佐土原の浜へ運び込み続けた。大友の軍船を寄せ付けず、背後から兵站を注ぎ込み続けたあの船足がなければ、拙者は三日で干上がっておりました」
兄弟たちの視線が、末弟・崇清へと集まる。
前世で事業再生の現場を渡り歩き、数字と兵站こそが戦の本体であると知り尽くしている崇清にとって、それは奇策でも何でもなく、勝つための前提条件を淡々と満たしたに過ぎない。
「兄上方が命を賭して戦っておられるのです。輜重の遅れでその刃を鈍らせるなど、裏方を預かる者の恥辱にございますれば」
崇清は静かに一礼した。
義久は深く頷き、兄弟の絆と末弟の冷徹な手腕に、心からの信頼を込めた眼差しを向ける。
だが――その空気を切り裂くように、重臣の列から低く、硬い咳払いが響いた。
島津家筆頭家老、伊集院掃部助忠棟である。
忠棟は、島津宗家の伝統と秩序を何よりも重んじる男であった。耳川の勝利には異存がない。だが、一介の末弟でありながら、出水・獅子目に独自の交易路と工房を持ち、莫大な銀と新奇の技術を次々と繰り出す崇清の存在は、忠棟にとって「島津の法度と軍役の枠組みを逸脱した、得体の知れぬ異物」に他ならなかった。
忠棟の細い眼が、崇清を鋭く値踏みするように細められる。
その緊張を破るように、広間の外から重い擦過音が響いてきた。
屈強な小荷駄の兵たちが、息を切らしながら庭先へと運び込んできたもの――それは、耳川の修羅場で大友軍が遺棄し、島津軍が鹵獲した戦利品であった。
「……御屋形様。耳川にて分捕りし、大友の南蛮巨砲にございます」
運ばれてきたのは、奇怪な青銅の砲身を持つ大砲――大友宗麟が「国崩し」と名付け、かつて臼杵の城から轟音を響かせたフランキ砲であった。
「ほう……これが」
評定の武将たちが一斉に身を乗り出す。砲尾が開閉し、子砲と呼ばれる弾薬室を装填して速射する南蛮のからくり。頑丈な竹束防壁をも吹き飛ばすその威容に、武者たちの間にどよめきと畏怖が走った。
「南蛮の秘術、まこと恐ろしき鉄筒よな……。これを打ち捨てて逃げ出すとは、大友の狼狽ぶりも知れるというもの」
口々に感嘆の声を上げる武将たちを見渡したあと、崇清は静かに膝を進めた。
「御屋形様」
「何事か、崇清」
「この鹵獲せる南蛮砲、某にお預け願えませぬでしょうか」
広間がしんと静まり返った。
義久が眉をかすかに動かす。
「お前が引き取るというのか。これをどうするつもりだ」
崇清は、冷徹なまでの平然とした面持ちで、広間の誰もが予想だにしなかった言葉を口にした。
「獅子目、ならびに高須の工房へ運び込み、ことごとく解体いたします。青銅の配合を調べ、寸分の狂いもなく構造を紙に写し取り――薩摩の手で、同じものを量産してご覧に入れます」
「……な、何と申された!」
静寂を破って立ち上がったのは、やはり伊集院忠棟であった。
耳川の戦いを終え、島津家は日向で大友の大軍を退けました。
ですが、崇清にとって戦は「勝った」で終わるものではありません。
むしろここから槍や刀を使わない戦いが始まります。
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