第3話 「コンビニエンスの経済構造と、補給物資の防衛戦」
第3話 ハードグミと因果
さてさて。
狙いは、ハードグミなのだ!
「ふむ、ふむ、ふむんっ……?」
私はコンビニのグミ売り場を見つめる。
種類が豊富すぎて、選べぬのだ。
こういう時は――。
事前情報なしに、スタイリッシュに色で決めるのである。
「今日のハードグミは、貴様だ!」
私は、水色のパッケージを指差した。
水色。
これはもう、ソーダ味であるべきだ。
迷いはない。
……そう思っていた。
水色のハードグミをじっと睨みつけたまま、私は動かなかった。
パッケージの隅っこに、小さく書かれた文字。
「強烈ミント&ハッカ」
「……なにっ!?」
声が少し裏返った。
ハッカとニッキ。
おばあちゃんの家に行くたびに、必ず出される、あのテンプレ味。
口に入れた瞬間、体が勝手に拒否反応を起こす、あの味である。
なぜか脳内に「構造」という言葉が浮かぶ。
(この体は、ハッカ系を受け付けない構造になってしまったのだ)
隣で見ていたゆっきーが、呆れたように言った。
「りりっぺ、いっつも色だけで選ぶからそうなるんだよ。ちゃんと読みなさいよ」
「……うるさいのだ」
私は水色のグミを見つめる。
「今回は特別なのだ。水色はソーダ味であるべきなのだ」
「いや、書いてあるじゃん。強烈ミント&ハッカって」
「…………」
言い返せない。
しかし――。
私は結局、そのグミをカゴに入れた。
裏切られた感は半端ない。
だが、せっかく手に取ったものを戻すのも面倒だった。
何より。
「強烈」という言葉に、妙な好奇心を刺激されたのだ。
ハードグミである。
噛みごたえがあるはずだ。
味がどうあれ、まずは顎を鍛えられるかもしれない。
(うむ。これは戦略的判断である)
そんな勝手な理屈をこねながら、会計を済ませる。
袋に入れられたグミをポケットにねじ込み、私はコンビニを出た。
外は、まだ少し肌寒い朝だった。
桜の花びらが、風に乗ってひらひらと舞っている。
今日は、入学式である。
「……入学式、か」
私は小さく呟いた。
新しい制服に着替えたばかりで、まだ肩のところが少しきつい。
ネクタイも自分で結んだけれど、鏡で確認したら、微妙に曲がっていた気がする。
まあ、いい。
直す時間もないのだ。
駅まで歩きながら、ポケットの中のグミを指で探る。
硬い。
確かにハードだ。
開けて一個だけ口に放り込もうかとも思った。
しかし、やめた。
入学式の前に強烈ミントを口に入れたら、息が薄荷だらけになって、先生に変な目で見られそうだ。
(「新入生なのに、口からハッカの香りがする子」なんてラベルを貼られたら困るのだ)
電車に揺られながら、私は窓の外をぼんやり眺めた。
他の新入生らしき制服姿の子たちが、スマホをいじったり、親と話したりしている。
みんな、少し緊張した顔をしているように見えた。
私自身も、胸のあたりがむずむずする。
新しいクラス。
新しい座席。
新しい顔。
(……今日から始まる構造)
また変な言葉が頭に浮かんでしまう。
「……大丈夫なのだ。どうせ最初は、みんな同じなのだ」
独り言をこぼしながら、電車を降りる。
学校までの道には、桜並木が続いていた。
花びらが肩に落ちてきて、私は軽く払いのける。
校門の前には、すでにかなりの人数が集まっていた。
保護者らしき大人たちの姿も見える。
そして、看板には大きく――。
「入学式」
の文字。
私は深呼吸をした。
ポケットの中のグミが、硬くて頼りない感触で手に触れる。
(後で食うのだ)
(失敗しても、せめてグミだけはハードに噛みしめよう)
意味不明な決意を固め、私は校舎へ入った。
廊下はまだ少しひんやりしている。
床は磨かれて、ピカピカだった。
案内板を見ながら、自分のクラスの教室を探す。
そして――。
「1年○組」
その文字を見つけた瞬間、足がわずかに重くなった。
廊下を歩きながら、他の新入生たちとすれ違う。
誰もが、似たような顔をしている。
緊張。
少しの期待。
そして、よく分からない不安。
私も、その一人だった。
教室の前まで来た。
扉は、まだ閉まっている。
私は教室の前で立ち止まった。
「ほほー……」
ふと、あることに気付く。
「ありえない」
「何が?」
ゆっきーが首を傾げる。
「五クラスである」
「うん」
「ということは……」
私は指を一本立てた。
「ゆっきーと同じクラスになる確率は、5分の1」
「まあ、そうなるね」
「同じクラスだと……」
私は、ゆっくりと教室の扉を見る。
(これが、因果……!)
一瞬、壮大な運命の物語が脳内を駆け巡る。
そして――。
(いや、ただの腐れ縁なのだ)
「りりっぺ、早く教室に入ろうよ」
「うむ。暫し待たれい」
「何言ってんの」
ゆっきーが呆れた顔をする。
「入るわよ」
「うむ」
私はネクタイの曲がり具合を確認しようとして――やめた。
もういいのだ。
ポケットの中のハードグミを、ぎゅっと握りしめる。
「……入るのだ」
小さく呟いた。
右手を扉の取っ手へ伸ばす。
冷たい金属の感触。
ゆっくりと、力を込める。
扉が――。
きしむ音を立てて、開き始めた。
――高校生活、最初の教室。
ここから、何が始まるのか。
私には、まだ分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
(ハードグミは、強烈ミント&ハッカだった)
……。
それは、それとして。
(入るのである)
――次話に続く。




