第10話 「青春の初期配置・教師編」
第10話 想定外のティーチャー
「キーンコーンカンコーン――」
(むっ、始まりを告げる鐘の音が……)
遂に時は満ちたのである.
(公務員ティーチャー様のご登場だ!)
本日の時間割は、英語。
(ふむ……)
「英語で自己紹介してみようー」
などと言ってくれる、お茶目なティーチャーなら、ウェルカムなのだが。
どうも、公務員ティーチャーという職業には、ユーモアが少ないのである。
いや。
(確かに、何かしらあれば、すぐにSNS行きの炎上案件……)
(ご愁傷様な職業である)
(愛の拳という名のストレス発散の場を奪われた、悲しき公僕であるな)
「南無~」
しかし、ゆっきーなら、愛の拳に平然とカウンターを返し、停学案件になってしまうのではないか?
いや、ありうる。
(公僕ティーチャーは、今の時代に感謝するべきである。ゆっきーというバーサーカーを刺激しない事に)
私は静かに手を合わせた。
そして。
教室の前方へ視線を向ける。
(さて……)
(この公務員ティーチャー様は、一体どのような人物なのであろうか)
高校生活二日目。
ついに、教師という新たな人物が、私の「青春の初期配置」に加わろうとしていた。
ふむ。
周りを見渡すと、クラスメートは30人程か?
クラスに田中さんや鈴木さんは混じっていても、おかしくないのである。
(田中さんなら、総理とあだ名を授けてあげよう)
(鈴木さんには……うーむ、鈴木、鈴木? ウド鈴木?)
(よし、ウドさんだ。私の中では)
「ガラガラッ」
教室の扉が開いた。
その瞬間、私の予想と脳内シミュレーションは完全に粉砕された。
予想を完全に裏切る形で、臨時講師のアメリカ人が入ってきたのだ。
(分析が通用しない!)
(まだ、常識と言う枠から出られなかったのか? 私とした事が)
事実は小説よりも奇なりである。
「皆さん、初めまして。私の名前はジョンです。これから1年間、宜しくデース。
ひさしみを込めて、日本ならジョン万次郎と言う歴史的に有名な方が居られるのは、皆さんも歴史で習って来たかと思います。
なので、私の事はジョン先生、万次郎先生、どちらで呼んでくれてもいいので、みんな気負わないようにね」
……ふむ。
(ジョン万次郎か)
(14歳で命を天秤にかけて海に出た男。教科書では美談にされてるが、構造を見ればただの無謀なギャンブルだ)
(某刑務所から海を泳いで脱獄した人間と、脳内で勝手に結びつく)
だが、目の前のこの男は、少なくとも「公務員ティーチャー」のテンプレからは外れている。
(さあ、我ら国民の税金でお給料を貰う立場の方には、私は何を期待しようとするのであるか?)
思考を巡らせる間もなく、授業が始まり、自己紹介タイムがやってきた。
「英語で自己紹介してみようー」
やはり来たか。
「じゃあ、君から」
(な、何だと。名前順からの自己紹介のテンプレを外して、ギャンブラー先生がランダムに選び、指名していくスタイルを取るとは)
(いやはや、アラウンドワールド、恐るべしである)
「英語で自己紹介してみようー」
(何だと、さらにアップデートされた。合わせ技の、やり口)
(流石、ギャンブラー先生である。スペックがアラウンドワールドである)
色々なクラスメートを指名していく。
あれは、豆が鉄砲喰らったように、クラスメートも、まさか英語で自己紹介させられるとは思っていなかったようである。
名前を呼ばれる人を見て、
(次は自分に来たら、どうしよう?)
そんな動揺が、教室のあちこちに広がっている。
「井川さん。井川雪菜さんー」
(おっ、ゆっきーの番が来たのである)
ゆっきーが立ち上がる。
「私は、格闘技が大好きで、空手を10年続けています。得意技は上段回し蹴りと鎖骨折りです。最近は、クラヴマガに興味を持ちました。
先生もクラスメートの皆んなも、お気軽にゆっきーと呼んで下さい。宜しくねー」
(やはり、やりおったか、ゆっきーは)
(英語で自己紹介と言う儀式すら、物理的に破壊したのである)
周りが次々と無難な「My name is……」を並べていく中、いよいよ私の番が回ってきた。
「井口りりかさーん」
ギャンブラー先生が私の名前を呼ぶ。
(ご指名入りましたー、なのである)
視線がこちらに向く。
私は立ち上がった。
「My name is Ririka.
(私の名前は、りりかです。)
I like Idlewild, a Scottish band.
(私はスコットランドのバンド、Idlewildが好きです。)
I prefer songs with American English.
(私はアメリカンイングリュと言う曲が好みです。)
I see structures.
(私は構造を見ます。)
Everything is a system.
(すべてはシステムです。)
You can call me the embodiment of tragedy and comedy.
(私のことは、悲劇と喜劇を体現する者と呼んでください。)
Structure is not decoration. It is destiny.
(構造は装飾ではない。それは運命です。)」
教室が、一瞬、止まった。
ジョン先生だけが、声を上げて笑った。
「Hahaha! Structure!? That’s interesting! I like it!」
(構造だって!? それは面白い! 気に入ったよ!)
他の生徒の視線が、一斉に刺さってくる。
(……successしたのか、失敗したのか)
(判断保留)
授業が終わったあと、ジョン先生がこちらに近づいてきた。
「君のその考え方、もう少し聞きたいんだけど。放課後、少し時間ある?」
(税金で雇われている立場の人間が、こんなに気軽に声をかけてくる)
(構造が、また一つ、崩れた気がした)
私は静かに頷いた。
そして、田中さんと鈴木さんは、クラスメートにはいなかったのである。
しかも、英語の自己紹介のおかげで、変にフルネーム紹介の弊害で、誰が誰か? 正確には、頭の中には、処理しきれなく、ノートにまとめる事しか出来なかったのである。
簡単な構造属性チェックは、書き留めたのであった。
(ちなみに、私は自己紹介でフルネームを名乗ったが、名字の「井口」は敢えて名乗らずに濁したのであった)
――次話に続く――




