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2人の魔女  作者: しゃま
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第4話

その4






たくさんふざけてたくさん遊んで、冷蔵庫の前で大きな声でカウントダウンして開いて、子どもに戻ったみたいに私たちは忙しい。扉の中から不思議な赤と青の小瓶を発見したのですぐに小鍋に加えた。柑橘系の複雑な香りとブルーハワイのような爽やかさがキッチンに鮮やかに広がり、これで材料揃った!と拍手して秋葉とハイタッチする。



羊皮紙に書かれた通り、あとは弱火で5時間煮るだけ。私たちはしばらくゆっくりすることにした。大きなソファに2人で体育座りして、スマホでゲームしたり漫画を読んだり。でも……この世界のインターネットはあくまでもコピーされたフェイクだと秋葉は言う。私はじゃあ、幻に向かって指で操作してるだけなの?と聞いたらそうかもしれない、と深いことを考えている顔をした。



「この世界はAIが運営している。注文すれば物を持ってきてくれる世界。でも、それじゃ頼るだけになってるから意識は使ってない。自分で創生しないと。」



細かなことは分からないけど、ぼんやりしているだけでは過去に沈み、いつまでも抜け出せない状態になることは体験から理解している。人は美しい思い出より、さらに素晴らしい未来を創れる存在だ。「無意識に落ちる」ということはその可能性を断ち切ってしまうのだから、過去(しあわせ)という名の安住の檻に自ら留まらせようとする自分の本能に、最後は勝たなくてはいけない。



難しいこと思って私も難しい顔になってしまったので、ちょっと話題を変えてピアノの話をした。秋葉は小さい頃に、家に遊びに来るお母様の知り合いから習っていた時期があったらしい。「私、そんな才能なかったから続かなかった」と謙遜してらっしゃるが、でも楽譜は読めるんでしょ?と聞くと、そうだけど……と言う。私なんか音楽とか何にも分からないし、すごいね秋葉は、と褒めたら無言で笑みを見せて、



「やっぱり丹海(にう)はすごい。私も……愛を持ちたい。」



と、壮大なことをおっしゃる。曰く、私は秋葉より愛をたくさん放っているらしい。そうかな?と言うと真剣にこっちを見てうなづく。そういう自分の決めたテーマ?みたいなものにすごく研究熱心だな、すごいなってそのまま口にしたら「だから……そういうの。私には出せない」と照れながらうつむいて「母は、できるから……」と小さくつぶやく。



秋葉のお母様はどんな人?と聞いたら、黙った。もうここまで仲良くなってきたなら、お互いに気になることを質問しあったりしても良いのかなと思う。深い相互理解の関係になるには踏み込む心と、踏み込まれても受け入れる心のどちらも必要だ。



「…………丹海は、たぶん好きそう」



相変わらず意味深なことしか言わないから、ちゃんと答えてよ〜と太ももをさわさわしてくすぐる。ほら、今後この秋葉家にお世話になるならさ、大事なことだよ。ちゃんと仲良くなりたいしお母さんのこと教えてよ〜と喋ってたら「え……」と固まって「そうか……」と納得してなぜか微妙に赤面している。



「挨拶……だいじ」



決心した顔で秋葉は改めてこちらに向き直り、私の手を取った。母親のこと、説明するねと深呼吸して、



「母は…………よく分からない人。でも丹海に会わせるのは怖い。丹海は……たぶん好きになるから」



いいじゃん好きになっても〜すごく素敵な人なんでしょ?と言ったら、む〜となぜか怒っている。そんな〜私なんかに嫉妬?してたら秋葉の目指してる『愛』に辿り着かないよ?私はどちらかというと「みんなが好きで愛してる〜」って思っちゃう人なんだから、と黒い炎に燃料をさらに投下する。こんな感じでいつもやりとりができるのなら秋葉も私もストレスなくやっていけるだろう。



色んなことを言える相手がいるのは幸せだ、本当にそう思う。飾らない、心からのおしゃべりをするのが好きって分かって、秋葉といるとそれが叶えられていくから。きっと彼女のお母さんも同じように優しくて温かい人に違いない。家族とか家族じゃないとかは関係なくて、私はそういう「心からのつながり」を求めていたんだ。



さっきからお嬢様がソファでいじけているので「私、秋葉のこと好きだよ。」って頭を撫でてあげた。それでもあまりご機嫌が戻らない。クールな見た目だけど中身はすごく乙女だな……と、伏せ目の長いまつげを眺めて、一歩も引かずに「ねぇ、私のこと好き?」と尋ねる。



いきなりの事に少し驚いていたけど、すぐに私の肩に頭を傾けて「好き……だと思う」と宣う。……そっか、私もさ、今後も秋葉のこと好きだけど、たまにね、こんな風に怒らせちゃったりする事があっても許してほしい。って言ったら「それ、愛の告白?」って聞かれて。



う〜ん、愛って言われてもよく分からないけど……秋葉がどんなことしても私はなるべく許すよ?と言ったらハグされた。首のあたりからシトラス系の香りがして少しドキっとしたのは内緒だ。



「私も……丹海みたいに強くなる。」



私はそんな目標になるような人じゃないけど……と言っても聞いていない。そのためには……と何かまた深く世界を探りはじめた。そういうところが秋葉の魅力の一つであることを本人は知らない。真面目で、まっすぐで、素敵だ。私も見習っていきたい。さっそく彼女に大胆なハグ返しをして分析タイムの邪魔をした。





 

例の魔法薬ができるまであと2時間以上ある。といっても、それは私たちの古い価値観による錯覚で、時間などもう既にないんだと思う。ないけど、あると思ってるからそれらの世界も何となく続いていく。



もう夕方かな?とスマホをテーブルに置くと窓の外の空が変わりはじめ、もう夜か……と思うと夜になっている。これまでの習慣で夜ごはんを食べたいと思うけど、その前にシャワーを浴びたいとも思うから、秋葉に「お風呂に入らない?」と誘った。私はビッチではない。



その意味は親睦が半分、あとは仕返しがしたかった。先程「なるべく許す」と言っておいてこれは酷い話かもしれないけど、それは……この全身透かした下着を、渡してきた張本人に一度見せてからにしよう、うん。



「一緒に入る……??」



そう、と返事した。別に、親友で仲が良いし、秋葉とは姉妹みたいな気分だからいいじゃんと言うと、お姉ちゃんは私だよね?と聞いてくるから、そこはどうでもいいんだけどそこにこだわってるみたいだから「いいよ、妹で」と答えるとなぜか喜んでいる。選択間違えたか。



私たちが創生したバスルームはなぜか和風で、2人で使うには十分に広く、湯船も大きな石造りで余裕で入れそうだ。いやまあ、一緒に入らなくてもいいんだけど楽しく仲良くやっていくには一度はそういうのが必要かなと思うので。関係というのは最初が肝心なのだ。



早速脱衣して、秋葉に下着を見せた。途端に彼女は悲鳴を上げて顔を隠す。はは……おいおい、私は不審者じゃなくて美しい総レースを身に纏った君の望み通りの姿だよ、と言いながらズンズン歩いて近づく。秋葉は顔を真っ赤にして「分かったから!!ごめん!!だから来ないで!!」と叫び、私を思いっきり突き飛ばした。ひどい。



石畳の洗い場で2人並んで座り、旅館のように既に用意されていたシャンプーとコンディショナーで髪を洗う。それらを丁寧に流し終えると秋葉と目が合った。見ないでよって言ったら見てないと言われ。いや、じっくり見てたでしょと言ったら見てたと暴露して笑った。



「丹海、芸能人みたいだね。」



ってそれを君が言うか。私がそうだったら秋葉とは保健室で出会ってないよと指摘したらそれはやだね、と本当に嫌そうにしている。私はそういう業界には興味はないけど『自分の魅力が瞬間最大風速的なパワーとして周りにどのくらい影響を与えることができるのか?』ということに関しては気になったりする。かなり魔女な考え方だ。



秋葉の整った顔と身体と脚を見て思う。ふむ……これがあれば世界征服を最短距離で実現できるのに……と良からぬことを企てていたら、見ないでエッチという声が聞こえた。見たのはそっちでしょと言い返したら、だって綺麗なものは見るでしょと危ないスケベ論をお話しはじめる。うんまあそうですねとスケベに乗っかると、また「丹海はエッチ」と言われた。何なんだ。



私は秋葉をそういう目で見てない、この身体があれば全世界を誘惑できるなって想像してただけとお伝えした。秋葉は、明らかに湯のせいではない紅潮をして「私もそういう目で見てないし。丹海の顔とボディラインがきれいだなって思っただけ。丹海がエッチ。」と、半分は自供しており。



まあいいや。正直なところ秋葉にこうして見られるのは恥ずかしいことだけど、それよりも彼女と心の距離を縮めたいから。少しでもお互いに打ち解けたなら本望だ。

本当は背中とか洗ってあげようかなって思ったけど、またエッチとか何とか言われそうだからやめた。エッツは秋葉だよ。



静かに湯に浸かり、目を閉じている彼女の横顔を見ていた。もちろん美しくて癒されるという感想もあるけど、なぜか安心した。何だかんだ、不思議な新世界に対して私の抵抗感はゼロではなかったから。どこかに心細さがあって微かに揺れていた。


 

ふつうに計算すると、秋葉は私より数日間くらい早く夢から目覚めている。そして私と出会う間に多くの経験をして、分析をして、こうして精神を慣らしたのだろう。そのことについて聞いてみると「あおいさんが来てくれたから……」と色々な出来事を振り返っているようだった。



「母の、友達が一緒に住んでくれることになったから……私のことをよく理解してくれて安心した。1人じゃこの世界に順応していくのは無理だったかも……」



あおいさんってどんな人?って、もちろん気になるから質問してみる。ぜひとも仲良くなっていきたい。



「あおいさんは……あおのプリンセス。護身のために剣術を学んでいて……防御力は低いけど一撃必殺があって繰り出すとすごい。声で誘惑する。色仕掛けもできそう。丹海と同じくらいエッチ。」



えぇ……絶対偏ってないか?これ。この感じであおいさんに私の説明をしてほしくないなあ……魔女とか誘惑とか余計な単語を足されてイメージが完全に淫らになりそう。


 

秋葉さん……彼女にはね、私のことはピンクのプリンセスで魔法を使える元高校の同級生って言うだけでよろしいので、と伝達しておく。あと私は全然エッツでも何でもないから、あおいさんも……そんなじゃないでしょ、って言うと「会えば分かるから」と失礼なことを言いまくっている。



……とりあえずね、秋葉にはあおいさんがいてくれるように、私も秋葉がいてくれるからこの世界に落ち着いていられるんだって思うよ。やっぱり不思議な世界ってはじめてだし、完璧に慣れるのはまだ先のことだと思うから……そばにいてくれてありがとう、って伝えると、



「私も、丹海といると安心する。何があっても守ってくれそう」



防御が高くて補助役にもなれるから?と聞くと楽しそうにうん、と微笑んだ。くぅ、言っていることと関係なく魅了の魔法でやられそうになる。これだから絶世の美女は……と、横顔をまた見ていたら「そんな見ないで……すごい来るから」と自分の顔を手で隠す。その手を取ってじっと見たら「やめてよっ」て色っぽく言うから不意打ちで少しエッツになった。こっちこそやめてよ、だ。



 



お風呂から上がり、適当にごはんを食べ終わる。どうやら「半霊になるための魔法薬」は完成……したような感じだ。換気扇はしていたけど部屋中の空気がハーブやらフルーツやらアルコールで充満して恐ろしいことになっている。問題の液体をそれっぽく2つの小瓶に入れて眺めた。う〜ん、赤ワインのせいでどう見ても禍々しい。黒い血のような液体を2人で手に持って、しばらく無言になる。



これを飲むと……行けるのか?夢の世界に。



あの不思議冷蔵庫は、私たちを裏切らなかった。必ず望んだ通りの本物を用意してくれていたのだから信用してよいと思う。しかし小瓶の香りを嗅ぐと、ツーンと薬草のような刺激臭が容赦なく襲いかかってきて思わず眉間にシワが寄る。



「半霊……母も、やったことがない。」



だからやってみたいんだと秋葉は語る。お母様は現実を運転できる、それに対して自分は夢の世界にも挑戦してみたい、と決意を固めた顔でカッコよく言うけど思いっきり手が震えているし、どうみてもこの液体は毒にしか見えないのだよ。



本当に大丈夫か?と羊皮紙をもう一度確認しても材料等の間違いはない。

まあ……楽しい気持ちの抽出液も危険なようには見えなかったし、それに……どうせ私は一回死んでるんだ、何にも心配ない、うん。というか、これ飲んで成功しても失敗しても、どっちにしろあそこの変なところで立って説明受けてるんでしょ?と言ったら秋葉は大笑いし、ソファのそばにしゃがみ込んだ。



「丹海……面白すぎ……死んじゃう……」



私は真面目に結論を出しただけだよと言えば言うだけ座ったまま笑われる。何かバカにされてる気がするが無視をしよう。つまりそういうことだ、この「半霊の液体」を飲んだら100%半分、あの世へ行く。半分というのは、身体をこの場所に置いたまま意識体だけ幽体離脱していくという意味だ。



そう説明すると秋葉はうん、とうなづいて、またぷっと笑いかけている。じゃあ早速飲んでみてよ、と言ったら「ちょっとっ」と怒られた。  



「……この前と違うのは……今、私たちはここにいる。だからまた、あの変な場所には戻らないかもしれない。」



それを聞いて少し安心した。また眠りに入るのは嫌だから。私は、新しい現実の人間でありたい。秋葉は立ち上がり、紅黒く煌めく小瓶を掲げた。


 

「一緒に飲むよ。……手をつなご?」



お互いに真剣な顔になって。……私も、結構怖い。不思議な現実の住人として完全に馴染んでいるわけではないし何が起きるか分からない、けど。行かなければ。知り合いが、チヨ吉達がどうなっているのか、それが可能であるなら。



2人で手をぎゅっとつなぎ、決意し、せーので一気に………………………………飲んだ。




ま・ず・い。小さい時に飲ませられる液体風邪薬より酷い。強烈なペパーミントと謎のエグみが舌と脳を刺すようで、アルコールなのか魔法なのか視界がクニャっと柔らかくなり、微妙に身体が……よろけ……て力が…………あー……これは毒だこれは…………はは……



思わず後ろに倒れかけると秋葉に支えられた。丹海、平気?と言われて、うん大丈夫、秋葉は……と歪んだ世界の中で彼女を確認すると、やはりふらついていて。よく見ると……目が据わっている。……んん?



そのままぐっと腰を引き寄せられ、 



「好き…………」



と熱視線でおっしゃられて。私の身体はその響きに反応してじわじわと熱くなる。えぇ……なにこれ……どこが半霊になる、だ、これじゃまるでエッチな気分になってるだけじゃないかと、迫りくる顔面から後ろに下がろうとしたら体勢を崩して2人共ソファに倒れこんだ。



「丹海…………」



私に覆い被さる秋葉ごと、景色が揺れている。毒のせいなのか何なのか、顔や唇や鎖骨を優しく撫でられる度にそこが熱くなって胸が苦しい。何とか起き上がろうとすると彼女に首を舐められて、んっ、と思わず声が出た。



聞いたことのない自分のそれに動揺する。この世の美しさをすべて抽出した魔法薬のような秋葉から目が離せない。彼女の艶めいた声と腕に包まれ、柔らかな身体の熱がパジャマ越しに伝わり、



「だいすき……」 


 

なんてささやかれて頭がおかしくなりそう、というか、なっている。もう力が抜けて動けない。耳に吐息が当たっても何もできず、ボタンを上から外されてもただそれを眺めて、あきは……と曖昧に名前を呼ぶ。



「にう…………すき…………」



彼女に、強く抱きしめられて全身が痺れた。その時急激にどこかへ引っ張られる感覚があり、私はとっさに秋葉の背中に手を伸ばして服をつかむ。まるで竜巻の中にいるみたいだった。お互いに離れないようじっと耐えて、激しい旋風の中で意識が薄れていくのを感じた。

 







 



ん……ここは……というかこれは……秋葉の髪だ。毛先まで美しく整って良い香りがする。……半霊になった実感はまだないけど景色は相変わらず同じ部屋で、もしかしたらうまくいったのかもしれない。



しばらく髪をスンスン嗅いでいると、上から被さって気を失っていた彼女は突然ガバっと起き、上半身ほぼ半裸の私を見てぶわっと顔を赤らめた。はは……起きた?と聞くと、両手に顔を埋めてうなづいている。……どうやら記憶はあるようだ。結局私の方が理性が残っていた分、薬の耐性があったのかもしれない、さすが防御高。



「ごめん……変なことになってた……なんか抑えられなくて……ほんとにごめん……」



気にしないでいいよ、私もすごいエッチな気分になっちゃってたからと言うと「丹海の顔……やばかった」と感想を述べられ。それは言わなくていいからとさすがにツッコミを入れた。顔だけじゃなくてあんな声まで出してしまったのは人生初だったから。ちょっと思い出すだけで私も熱くなる。



一体何がどうなったんだ?結局この魔法薬はマトモなものだったのか?と改めてレシピの紙を見ていたら、秋葉が「あ……」と、裏側にも説明が書かれていたことを発見する。


 


『……適量を服用し、最後に以下による条件を満たすこと。なお、効力は約1日である。』


 

・愛する人からの愛の言葉

・愛する人からの愛



  

……何かとんでもないことが書いてあった。しかもたぶん成功しているのだから、これじゃ「秋葉が私の恋人だよ!!だいすき!!」と言っているようなものだ。



ええと〜……これは〜…………と、とりあえず、魔法薬は成功したってことかなっ!毒じゃなくてねっ!はは〜と、笑うしかない。一方、秋葉は隣で



「もしかして……愛、出せた……?愛する人……私、丹海の恋人なの……?」



と、ずっとぶつぶつ言っているから、そうなっちゃうのかな〜?どうなのかな〜?と両方のほっぺたを何回もつんつんしたら秋葉は急沸騰したり色んな顔をしながら私をしつこく追いかけ回した。


 


あれ?窓の外が明るくなってくると……白い。



「すごい、丹海……うまくいったよ。ここ、雲の中かもしれない。」


 

窓に2人で張り付くと一切建物が見えず、どうやら空にいるようだ。というのも、この部屋が単独でどこかに浮いている感じで。



死んではいないけど、ついに天国にいるのか。心なしか気持ちがほわ〜っとする。身体もよく見ると何となく透けているような……



「私たちが半霊になったように、部屋も分身したのかも……つまりこれは完全な部屋ではない。本物より軽いものなら、もしかすると……」



秋葉は窓の外を見ながら念じている。するとスィ〜っと部屋は車のように前進し、上下左右にゆっくり移動可能になった。雲の中から視界のひらけた場所へ下がると、そこにはパジャマ姿のたくさんの人間が雲の上に立ったままぼぅっとしており、私はあの時ここにいたんだと理解した。


 

「頭が夢で……つながれている……」



秋葉の言う通り、彼らの頭から一人一人マンガの吹き出しみたいなものが上に伸びていて、そこにただよう複数の大きな泡の一つと常に連結している。つまりはその場に立ちながら、各々が様々な夢を見ているという不気味で何とも言えない光景だった。私もこうなっていたのか……



「丹海あれ……高良さんと曽田さん……」


 

その異様な群衆の中に、チヨ吉と未佳が眠りながら立っているのを見つけた。部屋の窓を開けてお〜い!と呼びかけても何も反応はない。よく見ると、2人とも同じ夢にリンクしているようで目を閉じながらヘラヘラ笑っている。謎だ。



「ここは夢の世界だから……あくまで現実にいる私たちが窓の外に出ても交わらないし、直接触れられないと思う。声だけが……音波の振動だけが届くと考えると、あとは直接、夢に入って耳元で起こすしか……」



秋葉は、顎に軽く手を添えながら説明した。この部屋ごと2人が見ている吹き出し、つまり夢の中へ突入することはできると思う、と。えぇ……大丈夫なの?



でも、もう怖いものはなくなってきた。やれることがあるならやってみよう、ということで秋葉は部屋を上昇させ、頭上にある大きなふわふわな泡の一つへと近づき、内部へスッと入り込む。

 


上空から見るそこは、イケメンしかいなかった。つまりイケメンの楽園だ。そしてチヨ吉と未佳を探す。……いた、なぜかタヌキとキツネの姿になってはいるが、間違いなく彼女たちだ。2人はたくさんの美男と追いかけっこして遊んでいる夢を見ている。とても楽しそう。



ものすごく近くに寄って、何回も「お〜いチヨ吉、未佳〜!」と声をかける。……だめだ、夢中になっているし、そもそも音に気が付いていない。


 

他の人々も動物の姿で、キャッキャと走り回っている。ただひたすら、そういう夢だ。



その他にも、地面に仰向けになっているのがいた。走るのに疲れて休憩か?

そこにイケメンが近づいてきて、横になっているのに覆いかぶさって……他にも四つん這いになっているのがいて……んん……?



スッ……と、私の視界は秋葉の両手によって遮られた。なに?と振り向いても、顔を赤くして答えてくれない。もう一度窓を見ると部屋は夢世界から出ていて、泡の中に見えるチヨ吉たちは変わらず追いかけっこをしている。



「丹海は……こういう夢を見なかった?」



覚えている限りは見ていないと思うけど……と言うと、なんだかホッとしたような顔をしてくるっと背を向けた。


 

「……人間ってすごいから。色んなことを欲しがる。それは目に見えないことだから……一人一人何を、どのくらい望んでいるのか、は、見た目じゃ分からない……」



秋葉の言葉を聞きながら、私は外を見ていた。眠りの人々は今も想い想いに夢を見て、心を満たしている。



……視界の端に、見覚えのある人間がいた。母親と父親だった。彼らもまた、それぞれの世界に入っていて……起きる気がないのだろう、今は。そう、思うことにした。


 

「夢世界から脱出できる条件が分かった……名前を、思い出すだけではダメなんだ。」



秋葉は、そう言って肩を優しく掴む。そして瞳に私を映しながら、静かにはっきりと伝える。



「……現実を愛していないと、誰かを愛していないと。それを思い出さない限り、新しい場所には来れない。」



いつかの時のように、指で目の端を拭われる。そんな私を見る秋葉の表情もまた、魔法薬を飲んだ時よりも苦しそうだった。



そうだね、みんなそれぞれだもんねと、ふつうに返事をしたかったのに、そうだね……と言ったまま途切れてずっと進まない。どうしようもなく秋葉を見ると、彼女も同じく泣いていた。



「……みんなを、助けることは、できない…………私は、私を生きることしか…………いつか会えるまで、ずっと…………」



それは輝きだった。本当に人を愛していて、人を信じている者が流す強い涙だった。



「丹海……ありがとう、ここにいてくれて…………私に気づいてくれて…………私は、私は……それぐらいしか…………」



もういいから、と彼女を抱擁し、慰めた。秋葉の大粒の悲しみが肩と床を濡らしていく。 

そんなに泣かれたら自分の涙が引っ込んでしまうと思ったけど、今にも押し潰されそうな声で何度もありがとう……ありがとう……って言うから、その度に溢れてきて結局止まらなくなった。 












 

 


つ・づ・く



 

 


 


 

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