追いかけてくる「何か」
看板から逃れて音羽通へ入った二人は、鴨川べりの暖色の街灯と違い、昔ながらに青白い蛍光灯の行列が続く住宅街、鞘町通を歩き出した。
広々とした歩道と変わって、細い道の両脇を、迷路の壁のように家々が軒を連ねている。その外壁にこだまする足音を楽しみながら、二人は夜の空気をかみしめるような具合でそっと夜空を見上げた。最前よりは見える数が減ったが、雲の合間合間には星の瞬きがのぞいている。
「案外見えるものね、こんな街中でも」
寒さも和らぎ、穏やかな笑みをたたえるゆかりに、摩子もほんとだねぇ、と返す。
「時間つぶしのゲーセンも結構よかったよね。ラーメンも美味しかったし……。まあ、魔女探しは空振ったけど」
「それでよかったのよ。変な目に遭って怪我するより、百倍マシね」
「ぬーう、他人事だと思ってェ」
軽い肘鉄を返す摩子に、ゆかりは当てられた左腕をさすりながら、
「いい加減あきらめなさいよ。いいじゃない、こうしてのんびり、気にせず帰宅部っていうのも……」
「それじゃいつもの休みと変わんないんだよぉ、なんていうかこう、非日常の楽しさというかが……」
と、そこまで言いかかったところで、摩子がアスファルトに釘付けでもされたように立ち止まった。それまで続いていた足音も、こだまの余韻をわずかに残して掻き消える。
「ど、どうしたのよ……」
「……ゆかりぃ、今そこのカーブミラーに、変なもんが見えた気がするんだけど」
「はぁ?」
何かの冗談だろうと、ゆかりは呆れたような返事をかえした。が、ちらりと見えた摩子の顔が真っ青なのに気づくと、ゆかりはどうやらこれが嘘ではないらしいと悟った。中学時代、演劇部員だった摩子の演技を再三見ていたゆかりは、どれが演技でどれが素面か、いやというほど知っていたのだ――。
「……どんなのが、見えたわけ?」
三メートルほど先にぼんやり見える、家の軒先についた手製のカーブミラーと幼馴染の顔をゆかりは交互に覗き込む。
「ゆかりぃ……この期に及んであたしも冗談言う気はないんだけどさ……」
「――あんたがいくら演技派でも、顔の血の気までコントロールできないのは知ってるわ。いったい、何が見えたの?」
「なんといいますかその……黒づくめの魔女っぽい服装と言いますか……」
「ちょっと摩子っ、いくらなんでもそういう脚色は許さないわよ――」
と、そこまで口にしかけたところで、ゆかりは左右の壁をこだましてくる奇妙な物音に気が付いた。砥石で大きな刃を、それこそ鎌でも研いでいるようなしゃりしゃりという耳障りな高い音。それがだんだんと距離を縮め、こちらへとやってくるのだ。
当然ながら、女子高生二人の背中はがら空きである。真後ろから迫る得体のしれない物音と、背筋をかけあがる恐怖心に、ゆかりは摩子を自分の胸元へ引っ張るような格好で勢いよく、数歩のけぞって振り返った。
折も折、二人の頭上には雲間から出た月がゆっくりと、地上に向かって明かりを投げかけている。夜目にもはっきりとわかる形で、ゆかり達は相手の正体を目の当たりにすることとなった。
そこにいたのは摩子の言葉通り「黒づくめの魔女」としか形容できない、実に奇妙な風采の相手であった――。




