「七条大橋の魔女」を追え
このような具合で奇妙な試験に挑むことになった摩子とゆかりだったが、そもそも「七条大橋の魔女」とはなんなのか。その辺りを少し解説する必要がある。
ある研究によれば、「みんなも言ってたよ」と誰かが言う時の内訳は実は四、五人くらいだという。ところが例外的に、その内訳が千人規模に広がった「みんなも知って、口々に言って」いる奇妙な存在の目撃談が、半年くらい前から京都市内の女子高校生に広まりつつあった。
ある公立高の女子生徒曰く――。
「あれはびっくりしたなぁ。だって、遅くにコンビニに寄って帰ろうとしたら、真っ黒いのが路地からぬっと出てきたんですよ。何もしないでただ全力疾走してっただけでしたけど……」
また、ある有名中高一貫の女子生徒は――。
「暗がりを歩いていたら、ハイヒールの早歩きみたいな音が後ろから迫って来たんです。振り返ったら、死神みたいな真っ黒い服を着た人が横を過ぎ去っていって……驚いて腰が抜けちゃって、しばらく立てませんでした」
最初のうちは、こうした目撃情報が口コミから口コミへ広がっていっただけだった。が、日増しに奇妙な属性が付加されていき、半年経った桜の季節の頃には、次のような噂が古都の女子高生の合間に広まった。
――七条大橋のあたりで遅くまでふらついていると、帰り道に真っ黒い服を着た魔女がやってきて仕込み杖で首を切ってしまう。
夜になれば街灯もまばら、三十三間堂を間近に控えてひっそりとした装いになる東山七条、七条大橋周辺が舞台となり、性別不詳のその存在はいつの間にか「七条大橋の魔女」などとささやかれるようになった――というのが、事の委細である……。
七条坂下にある純喫茶「アマゾン」の二階席に収まった摩子は、事情をあまり知らないゆかりへの説明を終え、少しぬるくなったミックスジュースへ口をつけた。財布を探そうと中を漁ったスクールバックからは、乱暴につっこんだ教科書やノート、文庫本がはみ出ている。
「――とまあ、こんなわけでそういう噂があるわけ。そりゃまあ、三宅デスクの言い分もわかるっちゃあわかるよ。スポーツ新聞の怪奇特集みたいな話だし……」
「でも、これだけ広まってるってことは、何かいるのは本当っぽいのよねぇ」
アイスコーヒーのグラスを手元から除けると、ゆかりはため息を一つ、肩を落としながらつく。
「で? 摩子はこっからどうするの? さすがにこの後から張り込んで、っていうのは嫌よ」
「わかってるよぉ。まあ、いちおう、出そうなとこっていうのは見当ついてるんだけどさぁ」
「ええっ?」
無為無策だとばかり思っていた幼馴染の意外な発言に、ゆかりは目を見開く。
「いろんな人からちまちま噂を聞いてるうちに気づいちゃったんだけど、魔女が出るのってだいたい、半月と満月の晩なんだよ。で、その条件に当てはまりそうなのが……」
話をすすめながらスマホを手繰ると、摩子はゆかりの鼻先へ画面を突き付けた。それは、気象庁の出している天気予報と月齢を兼ねたページで、満月に該当する日付は、ちょうど二日後の金曜日を差している。
「どうせ次の日は学校ないしさぁ、この辺でちょっと時間潰して、それから京阪で帰ろうよ」
「――なに? まさか摩子、終バスより後まで居座る気?」
ストローから指を離して驚くゆかりに、摩子はあったりぃ、と屈託のない笑顔を返す。
「いちおう、なんかあっても補導されないようにと、親を説得する手はずは整えてあるんだぁ。イトコのにーちゃんねーちゃん方に無理言って、塾の案内のパンフレットだけ手に入れてあるんだよ。お巡りさんもそれを見せれば無碍なことはできないでしょ?」
「案外知能犯ね……」
「いやあ、それほどでも……」
ゆかりが皮肉のつもりで言ったのを誉め言葉だと思ったのか、摩子は頬を指でかきながら照れくさそうにほほ笑む。そんな幼馴染にすっかり呆れながらも、ゆかりは入学以来続いていた単調な日常が少しだけ変わるような、そんな気配を感じ取っていた。




