七女通信デスク、三宅薫
摩子の後ろについて、ゆかりが新聞部の部室を訪ねたのはその日の放課後のことだった
特別教室棟の四階、文化部の部室が並んだ一角まで来ると、摩子は頭上にぶらさがった「七女通信本社・編集部」という名札をにらんでから、軽いノックとともに中へ乗り込んだ。
だが、引き戸が開いた途端、摩子とゆかりは体全体に襲い掛かってきた喧騒にたじろぎ、その場で軽いめまいを覚えた。他の学校新聞も同居する記者クラブや遊軍記者からの直通、外線を問わない電話のけたたましいベルの数々に、それに対する応酬――。
「アホッ、写真なかったらどうしようもないでしょうがっ。デスクに相談して写真班送らせるからもっと見張ってなさいっ」
「――だーかーらぁ、それだけじゃわかんないんだよぉ。いいたいことわかる? わかんない? カワイコぶるなよぉ、そんなつもりで言ってるんじゃあないんだよ?」
「……うーむ、まあこんなとこかな。あとはこっちで朱筆入れとくからもういいわよ」
やっと耳が慣れたところで、摩子は後輩記者から受け取った原稿へ赤鉛筆を走らせるボブカットの少女――部長にしてデスクの三宅薫の元へ駆け寄った。
「三宅先輩っ、こんに――」
にこやかに微笑みかけた摩子だったが、挨拶もそこそこに、彼女の口は頬ごと薫の手で掴まれてしまった。
「誰かこのポンコツ一年をつまみ出して! シゴトの邪魔!」
立ち上がった薫につられて、小柄な摩子はつま先立ちで目を白黒させる。驚いたゆかりはすぐさま駆け寄り、
「す、すいませんっ、すぐ持ち帰りますから……」
と、二、三人の部員たちに持ち上げられた摩子のことを指さす。
「コラッ、今あなた人を荷物扱いしましたわねゆかりさんっ」
「ほれほれっ、サッサと引き取ってってちょうだいっ。こっちァ降版時刻まで余裕ないんだからっ」
左の手で追い払う仕草をしながら、薫は赤鉛筆をすらすらと走らせて「整理部行き」とマジックで書いたボール箱へ原稿を投げ込んだ。この間、一度もゆかりとは目を合わせていない。
それが気に食わなかったのか、ゆかりは薫の真正面へ立ち、
「ちょっとっ、いくらなんでもそんな言い方ないんじゃないですか」
「――にゃにおう」
右耳へ赤鉛筆を挟んだ薫に、先ほどとは打って変わって険しい目線をくれる。
「たしかに、引き留めなかった私にも非はあるし、これのしつこいのはどうかと思います」
両手両足を抱えられて宙ぶらりんの摩子を指さしながら、ゆかりはなおも話を続ける。
「けれど、いくらなんでもここまでぞんざいな扱いをされる覚えはないです! 謝ってくださいっ」
「このォ、言わせておけば……!」
スチール机の天板を叩くと、薫は立ち上がってゆかりの双眸をキッとにらみつける。
「そういうこたぁねえ、お百度参りみたいに毎日毎日やって来るお友達をどうにかしてから言いなさいっ! ブン屋の邪魔するとどうなるか……」
「なんですかっ、邪魔すると化けて出るっていうんですかっ」
幽霊のような手つきをしながら茶化す薫に、ゆかりは思わず声を荒げる。と、その時だった。
「――デスクぅ、いっそこの子らに化けて出てくるやつでも捕えてもらおうじゃありませんか。まぁ、そんなことが出来れば、の話ですけど」
摩子を抱えていた一人が妙なことを口にしたので、ゆかりはえっ? とカブリを振った。
「ははぁ、アレのこと? よしなさいよぉ、ンなこと出来たらあたしら必要ないわよ。あー、あほくさ」
それをきっかけに腰を下ろした薫はふたたび赤入れに戻ろうとしたが、
「なんなんですか、アレっていうの……」
話へ食いついた摩子の問いかけに、薫は左へ口角を上げてニヤニヤと笑い出す。
「あら、知らないの? 最近出るって噂なのよ、七条大橋沿いの裏路地に……」
「――ゲ!」
途端に、摩子の顔から血の気の引いてゆくのがゆかりにはわかった。反射的にゆかりは、一体それが何なのかを摩子に訊ねた。すると、
「あたしも又聞きだからあんまりよく知らないんだけどさぁ。出るらしいんだよ、『魔女』が……」
「ま、魔女?」
突拍子もない摩子の言葉に、ゆかりは呆れたような声を上げる。鴨川にかかる七条通りのあの橋と、童話に出てくる魔法使いの魔女――あまりにも組み合わせがおかしすぎる。
「夜中に独り歩きしてると、後ろから全力で近寄ってきて、仕込み杖でバッサリ……って」
呆気に取られているゆかりをよそに、摩子が情感たっぷりに話をはじめる。と、序の口にも差し掛からないうちに、薫の気に障るような笑いが天井を打った。
「さっすが、京都府中学校演劇コンクール優勝の竹井摩子ちゃんだねえ。お上手お上手」
軽い拍手をすると、薫は耳から赤鉛筆を下ろし、
「実際、そういう奇妙な恰好の不審人物に遭遇したっていう報告はかなりあるのよね。なにかあったらいけないっていうんで、下京署もパトロールはやってるみたいだけど全然だめ。猫の子一匹つかまんないわけ」
「じゃあ、そんな相手を捕まえられたら……!」
入れてくれるのかもしれない、という期待に目を輝かせる摩子だったが、それに続く薫の言葉は辛らつだった。
「なーに寝言タレてんの、うちはオカルト雑誌じゃないのよ。赤新聞じゃあるまいし、お化けとUFOの話が載ったら七女通信の名折れよ!」
「――じゃあ、化けの皮を剥がせたら、考え直してくれます?」
「……なにぃ?」
摩子の食らいつくような視線に薫は固まってしまった。
「――『七条大橋の魔女』の化けの皮を剥がせたら、あたしの入部を考え直してくれますか?」
「おんやぁ、こりゃまた大きく出たわね……」
ふたたび赤鉛筆を耳に挟むと、薫はしばらくペン皿をにらんでいたが、
「いいでしょ。まあ、勇気は買ってあげるわ。特別に期限はナシにしてあげるから、頑張っておっかけてみ。――お手並み拝見、といきましょ」
それだけ言うと、部員たちに摩子を下ろすよう命じてから、薫は「記者クラブ直通」という札のついた磁石式電話のハンドルを勢いよく回すのだった。




