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彷徨える黒い魔女 ~素人探偵・鴨川浮音あらわる~  作者: ウチダ勝晃
第六章 別れの船岡山

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また会う日まで、いざさらば~鴨川浮音、さらなる絵解き~

「ち、千鶴絵!? どうしてここにいるのさ!」

 摩子の呼びかけとほとんど同時についた街灯が、千鶴絵の姿を一層際立たせる。白地の洒落たジャージを着た千鶴絵が、たしかにそこに立っているのだ。

「痛いっ。夢じゃないっ、ほんとにいるんだっ!」

 自分の頬をつねる摩子をよそに、ゆかりと紗英が一足先に街灯のそばへ駆け寄る。

「佐伯さん! あなた、どうしてここに?」

「ごめんな、今までさんざん心配かけて」

 消え入るような声で詫びると、千鶴絵は二人を押しのけ、茫然と立ち尽くしている摩子の目の前へと近づいた。そして、

「こいつめぇ、痛かったんだぞぉ!」

 軽いデコピンを額へ食らわせると、千鶴絵はそのまま摩子を固く抱き締めた。そのまま千鶴絵の肩がゆっくり揺れ、静かな広場へすすり泣きが漏れだす。

「――ごめんなあ、おっかない思いさせて。あたし、あれからずっと、みんなを怖がらせたことを後悔してたんだ」

 ひとしきり泣きはらした目元を拭きながら、千鶴絵はあらためて、三人へ頭を下げた。幸いなことに、そこへ追い打ちをかけるような言葉を放つ者は誰もおらず、同じような泣き顔がずらりと、元気そうな友人の姿を前に嬉し涙をのぞかせているばかりだった。

「ほんっと、憎たらしいなあ。こんな芝居がかったことして、許しませんよ先輩……」

 泣き顔が益々勢いづく摩子へ、薫はポケットティッシュを差し出しながら、

「残念ながら、あたしらブン屋はハッタリとドッキリが好きな生き物なのよね。――それより佐伯さん、あの連中、まだその辺にいるんでしょ?」

 薫の問いかけへ千鶴絵が口を開きかけたところへ、石畳を打つからん、ころんという下駄の音がゆかり達の耳へと飛び込んできた。

「やーあ、みなさんお揃いで……元気しとった?」

 ついさっきまで千鶴絵のいた街灯の下へ躍り出たのは、事件を解決へ導いた名探偵――本人言うところの素人探偵である鴨川浮音とその相棒、佐原有作ではないか。

「えっ、ええっ!?」

 思いがけない人物の登場にゆかり達が驚いていると、浮音の背後からゆっくりと、牛村警部と千夏が姿をのぞかせた。日ごろ登りつけない石段で息が上がったのか、そろって肩が弾んでいる。

「このぉ、ちっとは手加減しやがれっ。牛若丸みてえにぴょいぴょい石段登ってぇ。おっかける身にもなれって言うんだ」

「みっともないこと言いなや画伯、日頃の不摂生を棚に上げよって……」

 けらけら笑う浮音へ、千夏は憎たらしいと言わんばかりの表情をのぞかせる。

「にしてもようわかったなァ、僕らのおるの。千里眼でも覚えよったン?」

「居所のバレるのが嫌なら、さっさと禁煙することね。ピースの匂いで丸わかりよっ」

 じゃれつくような肘鉄を薫が食らわすと、浮音はおお痛い、とわざとらしいジェスチャーを交えながら、

「あらかたのことは世間の知るとこになったけど、二つ三つ、みんなが気になっとることもあるやろうと思ってな。付き添い方々、それだけ伝えに来たってわけ」

「気になってること……?」

「そのことを話しておかんと、きみらずーっと、この子やあのねーちゃんのことをガラ悪いチンピラや小悪党と思ったままやろし……。まず第一に、耳塚公園で君らが襲われかかった件やがな。要するに、こういうものがその場にはあったってワケ」

 言うが早く、左の懐へ突っ込んだ手が、薄暗がりの中にやたらと細長い、鈍く輝くものを引き出した。あの晩のことが思い出されたのか、紗英はそれを見るなり数歩仰け反った。

「きみらがドスかなんかやと思ったのは、こいつのことやったんよ」

 そう言いながら浮音は先端へ手をかけ、ゴム紐でも引くようにそれを伸ばした。すると、長さ一メートルほどのその先端へ、浮音は有作が取り出した四角いもの――コンパクトサイズのデジタルカメラをあてがい、細長いそれをくるくると回した。

「写真撮るのにつかう、三脚ってのがあるやろ? その親戚に一脚っていう、手持ち撮影の補助なんかにつかいモンがあるんやけどね。もともと写真部の部員でもあった聡美は、暇を見つけちゃ写真を撮る習慣がまだあって、常日頃からデジカメといっしょにこれを持ち歩いていた。ところが、あの公園で一休みしていたところへ思いがけず、こちらを覗いてくる女子高生が見えた。こちらをしげしげ見つめるその三人が面白いと思った聡美は、いたずら心も相まってちょっとビックリさせてから、その顔を撮影しようと思った。ところがそのうちの二人が運悪く、例の事件の被害者だったからたまらない。思った以上に驚かれてバツの悪くなった聡美は、こんなことから自分や佐伯さんの身に火の粉の降りかかり、長年の復讐が露見するのを恐れて逃げ出した……というわけ」

「そっかあ、それであんなことに……」

 ピントを合わせていた浮音の方へ、摩子が感心しながらピースサインを向ける。暗がりへフラッシュが焚かれ、プレビュー画面には近距離で白飛びしかかった摩子の顔が目いっぱい写っている。それを見たゆかり達が笑うのを、摩子は不満げに見つめていた。

「――まあまあ、それはそれとして、や。最後はあの晩、君らを人質にして大宮姉妹が学園長へ襲い掛かったときのこと。どうやろ、これはひとつ君に話してもらったほうが分かりいいんと違うか?」

 一脚やカメラを片付ける浮音に促され、千鶴絵がおもむろに口を開く。

「襲撃の前の日、姉貴が村山の家に大きなトラックが来ているのを目撃したんだ。てっきり、何か高いものを買ったんだろうと思っていたのが、その荷台へ運び込まれているものを見てピンと来たみたいでさ。――三宅さん、疑惑のある人間の家から、大きな絵や調度品が緩衝材に包まれて運び出されているのを見たら、あなたは何を考えます?」

「――さしあたって、金目の物を売り払って逃亡資金の足しにする、と思うでしょうね。なるほど、それを掴んだ人間がもう一人いたから、あんな劇的な写真が撮れたってわけかぁ」

 薫の指摘に、浮音も満面の笑みでそういうこと、と応じる。

「経過報告をしとるときに、それも終わって雑談してたら、なんかで読んだ村山家の先祖伝来の美術品の話題になってな。戦後の華族制度の廃止や生活苦で、旧華族の家でそうしたものの残っているのはかなり珍しい。向こうにすれば誇り高い代物のはずなのに、どうしたわけかやっこさん、話を振られるたびに妙な表情をみせよる。なんせ時期的に、姪のあないな写真も撮れた後やからこれは匂う、と思うてな。ダメ元で画伯と佐原くんとの持ち回りで村山邸の周辺をうろついてみた。そしたらどうや、案の定代々の品らしい高価な美術品が持ち出されとるやないの。おまけに、それを遠巻きから見てる怪しい女もおる。それを見た瞬間『こりゃあどっかへ高飛びするし、先生そのうち襲われるな』と思ったワケ。だからこそああして、張り込んでからの大捕り物が出来たというんが、あの夜の顛末なわけ。けどまあ、短い間とはいえ実の友達を盾にするとは……なかなか策士やのう、おまはん」

 話し終えた浮音は、千鶴絵の頭をわしゃわしゃとなでまわす。

「あれは成り行きだったんだ。だれか手ごろな同級生……顔見知りが居残っていたらそれを盾にしよう、と最初から打ち合わせててさ。でもよりによって、それが紗英たちになるとはつゆにも思わなかった。今更引き返せないからって腹をくくって、一生懸命嫌われようと……」

 ふたたび顔色の曇りだしたのを見て、そっと前へと踏み出た紗英が千鶴絵を抱きとめる。

「わかってるのよ……あなたがそういうことを出来るような、悪い人じゃないってこと。大変だったのね、今まで」

「――ごめんなあ、紗英」

 目元へうっすらと涙をにじませながら、千鶴絵は紗英を抱き返す。泣くのをこらえる息遣いがしばらく続くと、千鶴絵は紗英の手を握りしめ、ゆかり、摩子もそれに続く形となった。握手が済んでから、千鶴絵はやや震える声でこう告げた。

「詳しいことは言えないんだけどさ。しばらく、京都を離れることになったんだ。――でもきっと、またいつかこっちに戻って来るからさ。その時また、あのときみたいにのんびりお弁当、広げてくれる?」

 いじらしい申し出と、薄々勘づいてはいた別れの到来の差に、三人はしばらく呆然と立ち尽くしていた。沈黙を破ったのは、付き合いのわずかに長い紗英であった。

「――断る理由、あると思ってるの? いいわ、待ってる。その代わり、待ってる間にお互い、もっといい思い出を作っときましょうね」

「あたしも賛成! でもまあ、こっからの学校生活がどうなるかなんて全ッ然わかんないけどさ。ゆかりとお紗英さまがいればきっと百人力だよ。そっちも、元気でいてよね千鶴絵」

「ほんっと人頼みばっかしなんだから、やんなっちゃう。――でも、おかげで飽きは来なさそうだわ。三人で待ってるから、体にだけは気をつけてね」

 三者三様の返事に、千鶴絵はややうつむいたまま、ありがとう、と呟く。

「じゃあ、行ってくるね。それまでみんな、元気で楽しくいてくれよな。――じゃあ、警部さん、よろしくお願いします」

 千鶴絵の言葉に黙って頷くと、牛村警部は彼女を伴って石段を下りて行った。その足音も途切れ、遠くに車の音が消えてゆくと、あとには再び、都会に似合わぬ静寂が横たわった。

「――これでようやく、事件も片付いたわけね。鴨川さん、この子たちの先輩としてお礼を言うわ。おかげで遺恨なく、無事にお別れも出来たもの」

 薫が頭を下げると、浮音は照れ笑いを浮かべながら、例には及ばへんよ、と返す。

「ずいぶんかかったけど、悪党は捕まった。なにより、罪を着せられた無辜の人々は名誉を取り戻した。――案外あの子との再会も、そう遠い未来のことやないと思うで、僕は」

「目算がおありなんですか、鴨川さん」

 紗英の言葉に、浮音は黙ってカブリを振る。二人のやり取りを聞きながら、ゆかり達もその後をついて石段を降りていた。いつの間にか日も落ちて、門前の街灯が煌々と、石段のほうにまで及んでいる。

「まあ、あないな乱暴やらかした二人でも、ついぞ殺しだけはせえへんかったしなあ。片方は未成年、もう片方も事情が事情や。情状酌量で、執行猶予付きの判決というのが無難な収まりどころやろう――と、法学部の友達が言うてたわ。僕もおおむね、それに賛成やけどね」

 最後の一段を降り切ると、門前の小さな駐車場にはゆかり達の乗って来たタクシー、そして浮音の愛車の2CVがゆかり達の視界へ飛び込んだ。いよいよ、この珍妙な素人探偵とその相棒、よき助っ人ともお別れ、である。それぞれ車へ乗り込み、あとは出るばかりとなったころに、浮音がガラスを下ろして声をかけてきた。

「案外狭い世間や、またどっかで会うこともあるやろ。せいぜい危ない事件に巻き込まれんように用心せェよ、皆の衆!」

「そっちこそ! 変な事件に巻き込まれたら、きちんと解決してちょうだいね!」

 薫の掛け声に、浮音はこれまた手厳しい、と肩をすくめる。そんなやりとりののち、浮音たちの乗ったシトロエンはゆっくりとバックし、そのまま切り返しで大通りの方へと消えてしまった。その後ろを追うようにタクシーも発進したが、すでに浮音たちの姿はなく、ただただ狭い、古都の細道が続いているばかりだった。

「なかなか面白い人たちだったわねえ。案外また、どっかで会うこともあるでしょ」

 行き同様に助手席へおさまった薫が、腕を組んだままつぶやく。辛気臭さを払うように、頭上では赤々と車内灯が輝いている。

「せめて今度は、事件抜きで会いたいですけどねえ。平和が一番だって、よーくわかりましたよ……」

 摩子の言葉にゆかりと紗英もしきりに頷く。その様子をバックミラー越しに見ていた薫は、

「あらあら、じゃやっぱり、七通入りはすっぱり諦めがついたのね。――残念だわあ、せっかくこういうもの、みんなに用意してたのに」

 そう言って、薫は膝の上へ置いた小ぶりなポシェットから、定期券ほどの大きさのものを三つ出した。運転席と客席の間仕切りの隙間、釣り銭のやりとりを行う小さなトレイの上へ置かれたものを手にして、ゆかりは思わず声を上げた。

「なんですこの、『七女通信 番外特派員証』っていうの……」

 学生証を大きくしたような意匠の、写真だけが貼られていないそれをゆかり達はしげしげと覗き込む。よくよく見れば、それは薫たちも携帯している記者証と寸分変わらない代物だった。

「今度の事件を契機に、員数外の特別部隊としてこういうものを組織しようと思ってね。表向きはうちの編集部や、記者クラブの面々とは違う角度から情報を追う隠密部隊……。まあでも、実態はほぼほぼ、鴨川浮音とその仲間たちの番記者ってわけね。あんなミスター特ダネ、放っておくだなんてもったいないでしょう」

 振り向いた彼女の横顔は、いつものような満面の笑み――特徴的なあのにやけ面であった。

「でも残念、嫌ならそれもお払い箱ってことになるわね。せっかく作ったパスだけど、どっかでお焚き上げでもしてもらおうかしら」

「ま、待ってください!」

 三人分の記者証を持ったまま、ゆかりが声を上げる。

「危ないことはさせない、っていう条件付きならやりたいです。虫がいい話かもしれないけれど……」

「あら意外、あなたが一番反対すると思ったんだけれど。――摩子ちゃん、紗英ちゃん、あなた達はどう?」

 薫の問いかけに紗英は、よろしくお願いいたします、と頭を下げる。先にゴーサインを出した二人を横目に摩子はしばらく戸惑っていたが、

「ここで幼馴染を放っておいちゃ、カッコつかないもんねえ。――へっぽこかもしれないですけど先輩、よろしくお願いします」

 三人の返答を受け取ると、薫は満足そうに微笑み、

「よっしゃ、これで決まりね。そうなったらさっそく、どこかで決起集会といきましょ。おっちゃん、なんかいいお店知らない?」

「やれやれ、無茶振って来るねあんたも……まあいいだろう、めでたい門出のようだ、いいとこ教えようじゃないの」

 ごま塩頭をてからせながら、老運転手はハンドルをさばく。前途洋々たる未来が待ち受けるこの四人の若人と共に、タクシーは一路、古都の夜へとひた走るのだった。

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