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彷徨える黒い魔女 ~素人探偵・鴨川浮音あらわる~  作者: ウチダ勝晃
第六章 別れの船岡山

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夕暮れどきの山の上で

 惨状を見かねた薫が助け舟を出し、三人が気分転換のささやかな市内周遊に繰り出したのは、打ち上げの行われた週の土曜のことだった。薫から事情を聴き、いつだか三人を乗せたあのごま塩頭の運転手が、ほとんど只のような金額で足役を買って出てくれたのである。

「ずいぶんニュースになったからねえ、あれは。生きててくれて嬉しかったけど、仕事仲間のお手々が後ろに回るってのは、気持ちのいいもんじゃあなかったぜ。――あの時はねかかった相手が学園長じゃあなかったら、どうなってたんだろうな、あいつ」

 まんざら知らぬ相手でもない加藤運転手のことを、老運転手は寂しげな調子で口にする。隣に納まった薫は腕を組んだまま、

「脅かされて巻き込まれたんじゃ、不可抗力ね。幸い、あのひき逃げ未遂で死んだ人はいないから、情状酌量の余地はあるはずだと思うけれども……」

 背中しか見えないが、ハンドルを握る手つきのどことなく寂しそうなのが三人にも伝わってくる。ここにもまた、癒えない傷の持ち主がいたわけである。

 待ち合わせた学校裏を振り出しに、一行は東大路を南下し、伏見の方からゆっくりと北へ回るコースであちこちの寺社や名所を回った。そのうちにだんだんと日が傾き、京都の空へゆっくりと夕闇が迫りだした。

「――高さがないからみんなスルーしちゃうけど、ここって結構見晴らしがいいのよねえ。もしかして、登るの初めてだったりする?」

 先を進む薫の言葉に、ゆかり達はそろって頷く。金閣寺から一キロ弱、北大路をやや南下した場所にある小さな山・船岡山についた一行は、ふもとへ車を待たせて、暗がりに続く石段をゆっくりと踏みしめて展望台を目指していた。

「――いったいどういうつもりだろ。〆にするなら京都タワーとかじゃないのかなあ」

 取材で足が鍛えられているのか、ひょいひょいと石段を上る薫を、摩子は不思議そうに見つめている。

「ほとんど向こう持ちだし、偉そうなことは言えませんけど……他にいい場所はなかったんでしょうかね」

 珍しく不満をのぞかせる紗英に、続けてゆかりも不満をあらわにする。

「ちょっと株が上がったと思ったらこのザマよ。ほんっと、いい趣味してるわ」

 だが、ここで踵を返してタクシーへ戻るというのも味気がない。愚痴を交えながらどうにか石段を登りきると、杏色をした山並みと共に、南へ開けた街明かりが三人の目へと飛び込んできた。さきほどまでの愚痴もどこかへ掻き消えて、心地の良い達成感が三人を包みだす。

 と、余韻に浸る三人の視界へ、今までどこにいたのか、人数分の缶ジュースを抱えた薫が姿を現した。

「登り切った先の景色ってのは、なかなか乙なもんでしょ? それをまあ、後ろでずいぶんとあたしのことブーたれちゃって……」

 悪戯っぽい、あの独特の笑みを浮かべて、薫は肘で摩子の脇腹をつつく。

「すいませぇん、撤回いたします……」

「よろしい。――ほれ、あんたらも好きなの選びなさい」

 薫の手からめいめいへジュースが行き渡ると、一行はゆっくりと暗がりへ溶けだす景色を眺め、疲れを癒した。街中に入れば否応なしに聞こえてくる喧騒や雑踏も、船岡山のてっぺんまでは上がってこない。時折その場を撫でるように吹き抜けてゆく風にあたるうちに、しんみりとした空気がゆかり達の合間へ立ち込めだした。

「――あんなことがなかったら、千鶴絵も一緒に、ここへ来てたのかもねえ」

 オレンジの空き缶を持て余す摩子に、飲みさし片手のゆかりと紗英はゆっくり頷く。

「あの時はしょうがなかった、なんて後からはいくらでも言えるけどさ。トロフィーでぶん殴ったのはさすがにやりすぎたかなー、って、ちょっと考えちゃうんだよね。大丈夫かな、千鶴絵。アホになってなきゃいいけど……」

「なによ今更。昔のテレビじゃあるまいし、叩かれて頭が良くなったり悪くなったりするわけないでしょ。――試してみよっか、摩子の頭で」

「ちょ、ちょいちょい! ストップストップ!」

 頭を抱えられてジタバタする摩子を見て、紗英は思わず吹き出す。薫も混ざってひとしきり笑いあうと、ふたたび湿っぽい空気がその場を囲みだした。

「――寂しいねえ、千鶴絵がいないの。今頃、どこで何してるんだろうねぇ」

「あんなことがあっても、やっぱり会いたい?」

 コーヒーの缶を持ったままの薫にのぞきこまれ、摩子はどぎまぎしながら、はい……と応じる。

「そりゃあ、やったことは許されないかもしれませんけどね……。一緒にお昼食べたりしたときの楽しかった気持ちに、嘘はつけないから……」

 俯く後輩から目線を外すと、薫は腕を組んだまま夜景を見つめていた。が、やがて何を思ったのか、背後の林の方へ向かって、

「聞こえたー? いいからそろそろ、こっちへ出てらっしゃいな……」

 叫ぶ薫につられて三人が振り返ると、手前の草むらがガサガサと揺れ、そこから思いもかけない人物が姿を現した。

 話題にのぼっていた佐伯千鶴絵、その人であった。


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