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彷徨える黒い魔女 ~素人探偵・鴨川浮音あらわる~  作者: ウチダ勝晃
第五章 「七条大橋の魔女」の最期

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地獄への歩行

 二人の女に挟まれる格好で、ゆかり達は実に絶望的な足取りのまま、校舎の中を彷徨することとなった。振り返ろうとすれば、千鶴絵の握った切っ先が背中へ食い込む。かといって逃げ切って走ろうとすれば、ドスを呑んでいる可能性の高い、あのジャージ姿の女に行く手を阻まれる――。

 文字通り逃げ場のないままに、三人は周囲の意識を向ける余裕もなく、ただ前後の二人に従う格好で、階段を上り下りし、ひと気のない廊下を進んだ。

「――これだけ泳がせても誰もいないとこ見ると、学園長は丸腰らしいな」

 ジャージ姿の女が振り返り、千鶴絵の方に余裕綽々、という表情をみせる。

「囮と人質にうってつけのが三人もいるんだ、あとは期の熟すのを待つばかり、だな」

 同じ人物とは思えない、悪意に満ちた千鶴絵の声にゆかりは背筋の凍るのを覚えた。ねらいが学園長とすれば、やはりこの二人が、一連の「七条大橋の魔女」なのだろうか――。

「ずいぶんひでえ顔してるな、嬢ちゃん」

 水を差すように、ジャージ姿の女がゆかりの顎をつかみ、じっとりと目線を投げる。

「誰のせいだと思ってるんです。こんなことして、いったいどういうつもりなんですか」

 怖いながらに、ゆかりは沸き上がる本音をゆっくりと相手へぶつける。しかし、女はそれをせせら笑って流し、達者な口だな、と言ってそっと手を離した。

「嬢ちゃんたちも、つくづく運が悪かったなぁ。けどな、恨むんだったらあたしじゃなくって、学園長を恨みな。すべての元凶は被害者ぶって澄ましてやがるあの女なんだからよ」

「が、学園長先生が……?」

 ゆかりが先陣を切ったおかげか、摩子もようやく、恐怖に結われていた口を開いた。

「千鶴絵っ、いったいどういうつもりなのさっ。こんなことして、あたしたち友達だったんじゃなかったの」

「うるさいっ」

 不満を一喝すると、千鶴絵は紗英の肩越しに、摩子の襟元をグイと引っ張った。

「世の中にはなあ、どうしようもねえことがいっぱいあるんだよ。そのせいであたしらがどんだけ苦汁をなめたか、あんたにわかるのかいっ」

「佐伯さんっ、もう止めて!」

 沈黙を保っていた紗英がうつむいたまま胸の内をぶちまける。

「どういう経緯があったかは知らないし、これからやることをやめろだなんて言わないわ。人質なら私で十分事足りるでしょう、二人を解放して」

「――紗英、あんたって奴は……」

 入試以来の付き合いである紗英の言葉に、千鶴絵の表情もいったんはゆるむ。しかし、

「悪いな。こればっかりはもう後戻りができねえんだ。このまま道連れで勘弁してくれよな」

「……そう」

 うなだれたまま目も合わせず、紗英はふたたび、ゆかり達と一緒に暗い廊下を歩き出した。やがて一行は、学園長室の頑丈な樫のドアの前へたどり着いた。

「――いいか、あたしがノックをするから、そのあとお前が用件を言って入れ。用事は何でもいいが、妙なことだけはするなよ。もし約束を破ったら、お前の友達はただじゃすまさねえ」

「……わかったわ」

 千鶴絵のナイフが摩子の背中へ移り、ジャージの女に命令されたゆかりは軽く息を整えた。間髪入れずに、女がドアを三度、けたたましくノックする。

「――はい、どなたですか」

 学園長の問いかけに、女から肩を押され、ゆかりはそっとドアを開いた。

「失礼します、一年B組の鷲尾です。例の事件のことで、鴨川さんからお言づてがあって参りました」

「鴨川探偵から……?」

 洒落たバンカーランプの明かりで、書類の山へ目を通していた学園長が、老眼鏡をはずしながら応じる。

「とにかくお入りなさい。話はここに座って、ゆっくり聞かせてください――」

「――動くな村山!」

 ゆかりの背中にスニーカーの靴底が思い切り食い込んだのはその直後だった。うつ伏せに転んだすぐ隣を、二人分の足音がドサドサと部屋へ入ってゆく。

「なにごとです! あなた、うちの生徒ではありませんね」

「へーえ、ずいぶんと寂しいこと言ってくれるじゃないのさ。おい千鶴絵、明かりつけてくれ」

 後ろ手に錠を下ろした千鶴絵が、そっとスイッチへ手を触れる。暗がりに慣れた目をしばつかせていた学園長は、しばらく女の顔をにらんでから、わななくような声で相手を指さした。

「さ、聡美お嬢さん!」

「やっと思い出したらしいな。そうさ、あたしは大宮義二の娘、聡美さ!」

 ジャージの女こと、大宮聡美が語った自らの正体に、ゆかり達はいつだか薫に聞かされた創業者一族の事件を思い出し、頭の中がかっと熱くなるのを覚えた。

 全く無関係と思われた点と点の間に、太い線が引かれる瞬間を三人は目の当たりにしたわけである。

「ついでに言うとな村山、そこにいる佐伯千鶴絵は生活に困って養子に出された、あたしの実の妹だよ。家族の仲を粉々にしやがって……お前だけは許さねえぞ村山!」

 ジャージの右ポケットへ収まっていた聡美の手のひらで、かちり、という音が響く。見る間に伸びたジャックナイフの刃が、バンカーランプと頭上の蛍光灯の照らされて不気味な色を放っている。

「ここでとっとと死にやがれえっ!」

 革張りのソファの上へ飛び上がり、聡美はそのまま、ローテーブルの上からゆらりと学園長へ躍り掛かる。ほんの一メートルもない距離では、狙いを外すほうが難しい。ゆかり達は恐怖におののき、目を固く閉ざした――。



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