きえた女、あらわれた「魔女」?
結局、千鶴絵本人からの連絡はないまま、四日が過ぎた。D組の生徒から話を聞く限りでは病欠、ということだったが、相変わらず本人からはスタンプ一つ、それこそ既読すらつかない。
「――そいつァ、ちょっと気がかりねぇ」
「やっぱりそう思いますか、先輩」
薫の指摘に、ゆかりは肩の力が抜けるような気がした。自分たちだけが空回りをしてはしないか、という感情に、普段鬱陶しいと思っていた上級生の言葉がいくらかの慰めになったのである。
「いきなり消えた、っていうのがどうも匂うのよ。ま、もっともあたしらブン屋は、なんでも事件だと思う悪い癖があるから、話半分で流してほしいんだけど……」
その日、浮かない顔で屋上へあがろうとしていた三人は、通りすがりの薫に声をかけられた。そして、後輩達の表情が芳しくないのをいぶかしんだ薫が、いくらかの心配と特ダネの香りをあてに、電話番として一人残っていた編集部へ三人を招き入れた――と、こういうわけである。
「あたしが気になるのは、鴨川さんたちが声をかけたときには姿がなかった、ってところよ。見ようによっては、まるでその子が鴨川さん達から逃げた、ともとれない?」
デスク専用の机を囲み、時折電話をにらみながら薫が自分の説を述べる。それに応じるゆかり達の表情は、とてもではないが明るいものではなかった。
「鴨川さんから逃げた、って、どうしてまたそんなことを?」
つきあいの長い紗英が、上目遣いに薫の顔を眺める。
「正直、そこがわかんないのよねえ。でも、状況証拠を見ると、そういう風に考えられもするわけ。無断欠席をするでもなく、あなたたちにだけ連絡をしないというのは、鴨川さんの関係者だから、という風に見れば納得はいくじゃない」
「そりゃまあ、そうですけど……ちょっと心外です、友達をそんな風に言われるなんて」
ゆかりの反論に摩子、遅れて紗英もやや表情を曇らせる。
「まあ、並の神経ならそう思うのがふつうね。因果なもんよ、あたしみたいなショウバイしてると、なんでもそう見えちゃうの。幻滅したでしょ? 竹井ちゃん」
「い、いやあ、なんてーのか……」
返事に詰まる摩子に、ここは正直に答えた方が得策よ、と薫は冷ややかな顔で返す。
「……はい、ちょっと因果だなあ、とは思いました」
「そう思えるうちがハナよ。うちに入ろうという気持ち、まだあるんだったら潔く諦めたほうがいいわね。並の神経のままでいたいなら特に、ね」
「……そうします」
力なく言うと、摩子は半分ほど残った弁当へ再び箸をつけた。それに倣うようにゆかり達も昼食を取り始めると、いくらかは場の空気も穏やかなものに戻ってきた。
しかし、あと十五分で昼休みも終わろうという頃になって、ゆかり達に思いがけない出来事が降りかかった。薫の机に並んだ外線二台、専用線の直通二台ずつの電話のうち、真新しいプッシュホンが無機質な電子音を静かな部屋一杯に轟かせたのである。
「はい、こちら七女通信編集部……あっ、いつもどうも、お世話になってます。……えっ? ちょ、ちょっと、それほんとうですか」
最前までのんびり、食後のほうじ茶を飲んでいた薫の表情に緊張の色が差す。電話の相手の言葉を慣れた具合でメモへ書き落とすと、
「――たしかに、人相は似てますけど……わかりました、ひとまず放課後に記者クラブとうちの方から人を寄越します。他言無用でお願いしますよ、では……」
相手の通話の切れるのを待って受話器を戻すと、薫は音を立てて椅子へ戻り、書き出したメモをじっとにらんだ。
「……なにかあったんですか、先輩」
「――あんたらにだけ話すけどね。わりとやばい話が販売店経由で回ってきたのよ」
「やばい話、とおっしゃいますのは……」
ゆかりと摩子の問いかけに、薫は話を続ける。
「うちにいた住み込みのバイトが一連の事件に関係しているかもしれないって、七女通信を置いてる新聞店から連絡があったのよ。つい三日前に仕事を辞めたそうなんだけど、聞いてるとどうも、人相書きが耳塚事件のあの女にそっくりなのよ――」
「そ、それ、とんでもない特ダネじゃないですか!」
そこまで言ってから、摩子は自分の声の大きいのに気づいて慌てて口を覆う。
「このネタだけは絶対、ほかのところに抜かれたくないわね。とくに館花、あそこにだけは……」
記者クラブ加盟校で、七女と並ぶ老舗の女子校・館花女子学園の名前を出し、薫は一番乗りを息巻く。普段から抜いて抜かれての特ダネ合戦をやりあっている相手だけに、薫の表情は真剣そのものである。
「ひとつ、あたしらの特ダネ一番のりを楽しみにしてて頂戴。――それまではしっかり、口を閉じておくこと。いいわね?」
「は、はい」
空の弁当箱を机の隅へ追いやると、薫は三人そっちのけで今後の取材の計画を立て出した。休む間もなく走るペン先の音に、ゆかり達はそっと、編集部を後にした。
「にわかには信じがたいけれど、やっぱり何か関わってるのかなあ、千鶴絵」
その日の放課後、浮音との約束を守ってまっすぐ帰路に就いていた摩子は、前を歩くゆかりと摩子に思いを打ち明けた。まだ日も高いというのに、黒っぽい雲がまばらに出て、早くも梅雨の気配が漂いだしている。
「わかんないわ。でも、三宅先輩がガセ言うとは思えないし……」
ゆかりの指摘に、摩子はそうなんだよなぁ……と肩を落とす。
「こうやってる合間にも、いろーんなことが起きてるんだろうねえ。それなのにあたしらだけが置いてけぼりだなんて、どーしたらいいのさぁ」
髪をかき回す摩子に、ゆかりはやめなさいっ、と軽くデコピンを入れる。
「とりあえず、忠告と沈黙を保つだけしかなさそうね。いつかみたいに襲われるの、もうごめんだもの」
「……それっきゃないよねえ」
それ以上何かを話す気力もないまま、三人は再び、七条京阪への道をただただまっすぐ、下って行くのだった。




