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彷徨える黒い魔女 ~素人探偵・鴨川浮音あらわる~  作者: ウチダ勝晃
第四章 悪夢ふたたび

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佐伯千鶴絵という少女

「でもひっどいなあ、近頃お誘いもなにもないと思ったら、紗英ってばこんないい友達作ってたんだねー。抜け駆けはずるいぞぉ」

「ごめんなさい、同じクラスだとどうしても、一緒になることが多くって」

「ま、それもそっか。しょうがないっ、許す!」

 中学時代からバレーボールをやっていたという千鶴絵は、物腰の柔らかい紗英とは真逆の、さっぱりとして快活な性格の持ち主だった。おそるおそるD組へ向かったことなどすっかり忘れて、ゆかりと摩子は新たな友人との昼食を楽しむこととなった。

「それじゃ佐伯さん、バレー部の方はマネージャー見習いってわけなんだ。選手成績よかったんなら、レギュラーだって狙えただろうに」

 デザートにと持ち込んでいたイチゴを分け合いながら、摩子は千鶴絵がバレー部の補助マネージャーになったいきさつを尋ねる。

「どうしようか迷ったんだけどねー、結構ウチ、練習激しめだからさぁ。なんかやる気が削がれちゃってねー。そういう摩子ちゃんだって、演劇部には入らなかったんでしょ? 強制収容所ばりっていうじゃん、あそこの顧問……」

「それそれ! まあ、そっから紆余曲折変節があったんだけれど……じゃ、オアイコってことで」

「あはは、オアイコオアイコ! これでいっかあ」

「――よかったわ、似たもの同士でなじめて」

「本当ですね。元々よく笑うほうではありましたけど、あんなに楽しそうな顔、初めて見ました」

 わずかな間にすっかりなじんだ千鶴絵と摩子を横目に、ゆかりと紗英はほっと胸をなで下ろす。にぎやかを通り越してうるさいような気もしたが、長らくほったらかしにする羽目になっていた千鶴絵への罪滅ぼしと思えば、大したものではなかった。その日以来、トリオからカルテットへと変化をしてゆかり達は放課後を楽しむようになった。もっとも、以前に比べるとすぐ学校の外へでることは減り、千鶴絵の補助マネージャーの仕事が終わってから、ゆったりと夕焼け空の下をそぞろ歩く、ということの方が多かったのだが――。

「――こんなに天気がいいのに、じきに梅雨になるんだねえ。なんか信じられないや」

 その日も、五時過ぎになってから引き揚げた千鶴絵とともに、ゆかり達は玄関を出た。沖縄が早々と梅雨入りしたというニュースを聞いたせいで、摩子はしきりに夕空をにらんでいる。

「天気なんてそんなもんだよ。ころっころ、風任せで降ったり照ったり、こっちはどうにかやり過ごすしかないね」

 夕焼けを見上げる摩子へ、千鶴絵が声をかける。

「常々思ってたけど、千鶴絵って歳の割に含蓄のあること言うよねえ。好きなの? 時代劇とか」

「いやー、別に? でもさ、なんかそんな風に思うこと、ないわけじゃないでしょ」

 履き加減が悪かったのか、千鶴絵は苦笑いをしながら、しゃがんでローファーへ手をかけた。

「佐伯さんが含蓄あるんじゃなくって、単に摩子が、歳の割におツムないだけじゃないの?」

「このォっ、言わせておけば……!」

「まあまあ、お二人とも……」

 紗英が止めに入るも、摩子はゆかりの頬をひっぱったままである。と、そこへ軽やかな音の、日本車らしくないクラクションが飛び込んできた。見れば目の前には、年代物のシトロエン2CVがヘッドランプを輝かせて控えている。

「――やーあ、やっぱり君らやったかぁ」

「あっ、鴨川さんだあ。お久しぶりでーす」

 ゆかりから手を離し、摩子は暢気に、運転席から半身を乗り出す浮音へ手を振り返す。助手席には、相棒の有作の姿もありありと見えているのが、ゆかりと紗英にもわかった。

「いまさっき、学園長先生とこで報告をしてきたとこでなあ。よかったら乗ってかへん?」

「いいんですかあ! あ、でも人数がいっぱいだし無理かなぁ。こっち、四人いるし」

 前と違って千鶴絵もいることを思い出すと、摩子は困った顔で浮音の方をみやった。ところが、

「あちゃー、四人か。――あとから誰か来よるん?」

「――ええっ?」

 浮音の言葉に、摩子は足下へ目を落とした。さっきまで靴の具合を見ていたはずの千鶴絵の姿がどこにも見あたらない。

「ゆかりっ、千鶴絵どこいったか知らない?」

「あれっ、いない……踵さすってたのは見えたけど、ずっといるものだとばかり思ってたわ」

 ゆかりもそんな様子なら、紗英の反応も頼りないものであった。そのうちに、浮音や有作も車を降り、玄関の周りやまだ残っているバレー部を訪ねて体育館へと向かったが、千鶴絵の姿はどこにも見あたらない。

「上履きがあるとこ見ると、やっぱりその子、急な用事で帰ったンと違うかねえ」

 万年筆型の小さな懐中電灯の明かりを、浮音は千鶴絵の下駄箱へと向ける。「佐伯」と名前の入ったズック地の上履きの収まっているのが、何よりの証拠であった。

「それにしたって、一言くらいは声かけてほしかったなあ。――お紗英さま、なんか連絡来てた?」

「いいえ、あっちからは何も。とりあえずスタンプだけ送ったから、じきに反応はあると思います」

 暗がりで青白く光る画面には、紗英の送った熊のLINEスタンプが既読もつかないまま表示されている。

「ひとまずはそっちの反応待ちやな。あまり遅いと、今度は君らが心配される番になるで……」

 浮音に後押しされる格好で、三人はそのまま、シトロエンの後部座席へと乗り込んだ。ちょうど、東大路の通りはラッシュアワーの最後にさしかかっていて、道は運転にはちょうどいい車間を保っている。京都駅止まりの市バスがお客を乗せている隣を、浮音は悠々たる足取りで通り過ぎていった。

「――そういえば、今日はどんなことを報告なさったんですか?」

 ゆかりがそんなことを訊いたのは、浮音のシトロエンが七条京阪で赤信号に引っかかった時だった。彼女の問いに、浮音はギアをニュートラルへ入れてから、

「なあに、他愛もない経過報告よぉ。『あれからいまいち進展がありませんがモノは入り用でして……』という言いにくいお願いも込みやったけど」

 肩をすくめる浮音に、後部座席から笑い声があがる。湿っぽくなっていた空気が少しだけ、穏やかさを取り戻したのが分かった。

「でも先生、嫌な顔せず小切手振り出してくれてなあ。一人きりでいろいろ忙しいやろに、わざわざ見送りに車寄せまで来てくれたんよ。ほんにエエお人や……」

「一人きり? 大貫さんはいらっしゃらなかったんですか?」

 紗英の質問に、おらんかったんよ、と浮音はミラー越しに目線を返す。

「なんや風邪こじらせたとかで、昨日の昼に早退したきり寝込んでるらしいで。実家を離れて一人暮らしやから、いちおう朝夕と先生が様子見に行ってるんやと。まァ、季節の変わり目はしゃあなしや」

 信号が青へ変わったのを見ると、浮音はギアをローへ入れて右折し、往来の少ないのを幸いとどんどん速度を上げていった。青信号で駆け抜けた清水五条が、もう遥か後ろになっている。

「悲しきかな、車のギアチェンジみたいにトントンといかんのが犯罪捜査の厄介なとこでな。やきもきさせることもあるかもしらんけど、もーちょい待っててくれへんか。君らを怖がらせた『七条大橋の魔女』は必ず捕まえるよって……」

 それだけ言うと、浮音は早や足のタクシーの後ろにつき、黄信号でギリギリに祇園を通過した。それから先、最寄りの烏丸通が近づくまで、浮音はただ静かにハンドルを裁くばかりであった――。


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