ある土曜日の橋の上で
懸念していた中間試験も済み、摩子もどうにか及第点でパスをすると、三人はしばらくぶりに休日の河原町へと繰り出した。ひっきりなしに市バスが出入りし、タクシーの合間を自家用車が抜けてゆく。そして、どこともしれぬ外国の言葉が、喜怒哀楽だけを伝えて飛び交う。河原町は歩道の雑踏と警笛、大きなパチンコ店や量販店のネオンが氾濫する、京都の一大繁華街である。
「こんだけやかましいのが今だけは嬉しいねえ。ずーっと勉強漬けだったからさあ」
「よく言うわ、おかげで赤点取らずにすんだんだから、もうちょっと感謝してほしいわね」
「まあまあ、二人とも……」
ゆったりとした紺のワンピースにベレーを被った紗英が、相変わらずの仲を見せる二人へ割ってはいる。阪急電車の河原町駅で集合し、近くのドトールコーヒーでお茶をした三人は、ノープランのまま河原町を北へと上がっていった。
「お昼というにはまだ早いし……なにを食べようというわけでもなし……」
「あんたさっきクロックムッシュ食べたでしょ。それ以上食べたら太るわよ」
「余計なお世話だよっ、あたしゃ育ち盛りなんだから……」
そんなやりとりをするうちに、三人は人混みを避ける格好で三条京阪のほうへと進み、いつの間にか三条大橋のたもとへとたどり着いていた。鏡写しになった鴨川の上を、心地の良いぬくもりを持った風がゆっくり吹き付けている。
「これから暑くなるんだよねえ。どっかのんびり、プールにでも行きたいとこだねえ」
「いいですね。どうせなら水着も新調したいところですけど、今年の新作はまだ発表に――」
紗英がそこまで言い掛けたときだった。川面で乱れた風が橋づたいに吹き上げ、紗英の頭からベレー帽をはがして行った。
「きゃあっ」
そのまま一直線に鴨川へ落ちると思われたベレー帽は、そばの柳の木の方までゆっくり飛ぶと、真っ逆さまに露天商のビニールシートへと落下した。
「――おおっと、なんだあこりゃあ」
「すいませんっ、それ、私の帽子です」
駆け寄った紗英は、落ちてきたベレー帽を手にした露天商へ頭を下げる。
「なあに、気にしなさんな。落ちてきたのが人の上でよかったよかった――ありゃ?」
「あら、お姉さんこの前の……」
相手の顔に見覚えのあった紗英と、あとから駆け寄ってきたゆかり達は思いがけない再会に目を見張った。そこにいたのは浮音の友人、「画伯」こと呉野千夏であった。
「なんだあ、誰かと思えばこないだの嬢ちゃん達じゃねえか。のんびりお出かけかい?」
店じまいの支度中だったらしく、画材を革張りのトランクへと仕舞いながら、千夏は三人へ尋ねる。
「ええ。ちょうど試験も終わったので、ゆっくり遊びに出かけてて」
「カラッと晴れてて、絶好の行楽日和だもんなあ。察するにこれから、篠田屋あたりでお昼ってとこかい?」
三条京阪の駅の裏手にある、老舗のそば屋の名前を千夏があげる。
「そうしたいところなんですけど、さっきお茶したばっかりで……」
ゆかりの苦笑いに、千夏はそんならちょうどいいや、と両手を打つ。
「一時過ぎに鴨の字と合流して、遅いヒルメシにしようと思ってたんだ。こないだの小切手、きのう換金したばっかりで懐の方があったけえんだ。よかったら来るかい?」
「よろしいんですか、ごちそうになっちゃって」
紗英の言葉に、千夏はええってことよぉ、と気楽に返す。
「どうにも貰いつけない額だったから、気後れしちまってな。まあひとつ、協力してくれねえかなぁ」
「わーい、それなら喜んで! 早く来ないかなぁ、鴨川さん達……」
「まあ、まだ十一時過ぎだしな。長丁場かもしれねえから、のんびりそこいらのサ店で待ってようや。その代わりといっちゃ何だが、ちょいと店じまいの残り、手伝ってくれるかい?」
千夏の照れくさそうな申し出に、三人は嫌がることなく応じる。路上に広げてあったビニールシートが畳み終わると、千夏はそれを専用の肩掛けへ押し込み、トランク片手に三条京阪地下の小さな喫茶店へと向かった。




