かけつけた名探偵
公園を離れ、最寄りの東山大仏前の交番に移った三人は、二人組の巡査――先輩の田尾巡査長と後輩の大江巡査の淹れてくれたお茶を飲みながら、両親たちの迎えがくるのを待った。バスの間隔もまばらになって、窓の外は一段と静かになっている。
「――そっか、あなた達が例の襲撃未遂の被害者だったのね。いちおう、署の方から通知は来ていたけれど……」
まさか、またこんなことになるなんて……と表情を曇らせる田尾巡査長に、ゆかりは恐縮して、お巡りさんが気にすることないですよ、とフォローを入れる。
「いちおう気をつけてるつもりだったんですけど、甘いものの魅力に勝てなくって……」
すぐそばのアマゾンでの寄り道を白状すると、田尾巡査長はそれをとがめることもなく、
「それならあたしも覚えがあるなあ。すごかったよ、アマゾンのほうに親から直接電話があってさ。七女の生徒の寄り道の定番だもの、あそこは」
「あれ、もしかして田尾さん……」
懐かしそうな表情の田尾巡査長にゆかりが話を振る。
「あ、言ってなかったね。あたし、OGなんだ。でもまさか、こんなふうにして後輩を助ける羽目になるとは思わなかったわ」
屈託のない田尾巡査長の笑顔に、ゆかり達の緊張もゆっくりとほぐれていく。
「しかし驚きましたね。まさか先輩にそんな女子高生らしいエピソードがあったなんて……」
現役生とOGの微笑ましいやりとりを横目に見ていた大江巡査がぼそりとつぶやくと、田尾巡査長はすかさず彼の頬へ人差し指を突き立てた。
「こら大江、それはどういう意味で言ってるんだい?」
「い、いやあ、他意はないと言いますか……」
かかあ天下の夫婦漫才のような光景に三人がくすくす笑い出すと、窓外で車の止まる音が響き、交番の入り口がゆっくりと開いた。てっきり、迎えに来た親だと思ってゆかり達は一瞬身構えたが、そこにいたのは誰あろう、顔なじみの牛村警部であった。
「――牛村警部! どうしてこちらへ?」
敬礼する田尾巡査長につられて振り返ると、警部の後ろからふたたび、見慣れた顔が現れた。
「や、こんばんは。まーた災難やったねえ、きみたち」
「鴨川さん! それに、佐原さんも……」
警部の後ろにいたのは、羽織の袂へ両手をひっこめた鴨川浮音、そしてジャージ姿の佐原有作の二人だった。
「ちょうど本部の中で二人と話をしていたら、東山署の管内で不審者出現、なんて情報が飛んできてな。場所と人数に心当たりがあったもんで、もしやと思って車を飛ばしてもらったんだが――。君たち、怪我とかはなかったか」
問いかけに応じて大丈夫でした、と答えるゆかりに、警部はよかった、と満足そうな表情をみせる。
「――よりにもよって、こっちが隙を見せたところでまた出よるとはなあ。まったく、油断も隙もあらへんわ」
不機嫌そうに顔をしかめると、浮音は袂をさぐり、煙草の箱を出した。が、田尾巡査長に交番は禁煙ですよ、とたしなめられ、抜きかけた一本を慌てて箱へ引っ込めた。
「あのー、それなんですけどね。あたしらの前に出てきたの、あの晩の『七条大橋の魔女』みたいな黒ずくめじゃなくって……」
「――ええっ?」
ロングピースの黄色い箱を握ったままの浮音は、摩子の言葉に目をぎょろつかせた。牛村警部や有作も、同じような反応である。
「私たちが聞いた限りでは、風体のよくない、不良グループ風の若い女だったそうです。特徴はおおまかに書き取ってありますが、似顔絵などはまだで……」
田尾巡査長がバインダーに挟んだ調書のメモを渡すと、警部と浮音はそれへ目を落とした。
「――ほんまや、人相丸出し。それに、懐にドスみたいなもんを忍ばせてた、ってのが今までてんで違う。仲間割れでもしよったかねえ」
「街灯の光に照らされて輝いていた、というのと手つきから察するに、相手が持っていたのは白鞘の短刀のようなものではないかと思われますが、お二人はどう思われますか」
田尾巡査長の言葉に、そのセンが濃厚だな、と警部も頷く。
「――警部さん、ことによっちゃウチの『画伯』を呼びますけど、どないしましょ?」
「そうだなあ。餅は餅屋だ、ひとつ頼めるか」
警部の返事に、浮音は合点承知、と言って帯に挟んであったガラケーを取りだした。そして、親指でつらつら文面をしたためると、浮音はガラケーを戻し、
「まあ、そのうち返事が来るでしょ。今日はたぶん、アガリ片手に新京極あたりで飲んでるから無理やろねえ。それより、これからどうしましょ?」
「――とりあえず、この三人が親御さんの手に渡るまでは、その辺で待たせてもらうとしよう。いくら大きな交番でも、さすがに密度が高すぎる」
「よおし、堂々吸わせてもらお」
ロングピースの箱に貼られた、青い封緘紙をぽんと叩くと、浮音は飛び出たフィルターを唇で起用に抜き取り、交番の外へと出ていった。窓明かりにうっすら見える紫色の煙を横目に、ゆかり達は両親の到着を心待ちに過ごすこととなった。小言のひとつやふたつは甘んじて受けよう、という殊勝な心持ちを抱いた三人をよそに、古都の夜は刻一刻とその深さを増してゆくのだった。




