三宅デスク、ふたたび
さて、この件がきっかけとなり、ゆかりと摩子、そして紗英の間には不思議な友情が芽を吹くこととなった。授業のグループワークは可能な限り三人一組。昼休みには一緒に弁当を囲めば、放課後には一緒になって紗英の図書当番を手伝ってから甘いものを食べに出たりと、絵に描いたような青春の光景がそこかしこに繰り広げられていた。
「――やっと終わったぁ。頼まれてた催促と回収、無事完了したよぉ」
その日の放課後、返却期限を過ぎた本の借り主から受け取りや戒告をしに出ていた摩子が戻ると、紗英はお茶にしましょうか、と机に向かっていたゆかりへ呼びかけた。
「おー、ゆかりお疲れさま。貸し出しカードの付け足し、どんな具合?」
「全然ダメ。分厚くなってるようなのはホチキスじゃだめだから、代わりに糊付けしなきゃなんだけど……すっごいはみ出てくるのよ、これ」
厚紙の上で、へらを使って伸ばしたセメダインを指さすゆかりに、紗英はあらあら、と応じる。
「先生に頼んでテープ糊か、両面テープのいいのを買ってもらわないといけませんね。半端な質の糊だと、窓辺の熱気でとろけちゃうんですよね」
「――どうしてまあ、こんな大事なものを窓際の棚に置いておくんだかねぇ、この学校は」
暗くなるのを承知で、摩子が西日の射していたブラインドを閉じると、三人は新聞ラックのそばにあるちいさなテーブルを囲んで小休止と洒落込んだ。
「そういえば、小耳に挟んだんですけど……」
ゆかりが差し入れたクッキーが半分ばかり減った頃、紗英が話を振ってきた。
「お二人が大変な目にあったあの事件……学園長先生が警察じゃなくて、私立探偵の方へ依頼をなさった、っていうのは本当なんでしょうか?」
「――下田さん、どこでそれを?」
ゆかりの食いつくような問いかけに、紗英はおそるおそる、結構あちこちで噂になってるんです、と大人しく答える。そこに応じる形で、不承不承その事実を認めたゆかりは、事のあらましを簡単に説明してみせた。
「――というわけで、不思議な縁からその命の恩人が犯人逮捕に出馬したってわけ。世の中狭いって、つくづく思い知らされたわね」
ゆかりの説明をじっと聞いていた紗英は、ほんとうですね、と返す。と、それまでぼんやりクッキーをかじっていた摩子が、紅茶でそれを飲み下してからこんな事を言い出した。
「たしかさぁ、一週間以内に最初の経過報告をしにいく、って鴨川さんたち言ってたよね。学園長先生のところに報告書、来てたりしないのかなぁ?」
「そういえば……。結構経つし、二回目の報告が来ててもおかしくないんじゃないかしら?」
「……二人ともさ、この後お暇?」
摩子の意味深長な顔色に、ゆかりはため息混じりに、空いてるわよ……と返事をした。摩子一人きりで行かせて何かしでかしやしないか、という心配もあったが、何よりもあの「素人探偵」による捜査の進捗がゆかりも気がかりだったのである。
戸締まりを済ませて図書室を出ると、三人はその足で学園長室の方へ向かった。
と、何の気なしに窓の外、ちょうど来訪者用の玄関口へ目をくれたゆかりは、そこに見た格好の四人――学園長と大貫秘書、そして年季の入ったクラシックカーの前で立ち話をする、アイビー姿の青年にすっかり釘付けになってしまった。
「――いた!」
「ああっ!」
どうやら報告も済んで、あとは帰るばかりというところらしい。これを逃す手はないと、ゆかりを先頭にして三人は大急ぎで階段を下りた。
だが、息せききって一階へ降りたときには、すでに車も、学園長たちの姿も煙のようにかき消えていた。
「完全に入れ違ったわね……惜しいことしたわ」
排ガスの残り香で目をしばつかせるゆかりに、紗英がフォローを入れる。
「今ならまだ、お部屋に学園長先生もいるはずです。引き返して、進捗を伺ってみましょう」
だが、紗英の提案も見事に打ち砕かれてしまった。ガラス戸越しに、職員用の通用門から学園長の運転手付きベンツが、後部座席にうっすら人影をのぞかせたまま、ゆっくり門を出て行ってしまったのである。
「――もう、お帰りになったらしいねえ」
「そうね……」
「今日はもう、帰りましょうか」
紗英と摩子に励まされ、ゆかりは土間のスノコの上に置いた鞄へ手を伸ばした。と、
「――ところがどっこい、こっちはまだまだお帰りあそばされては困るんだなあ」
何の前触れもなしに沸いた、聞き覚えのある声にゆかりはハタと顔をあげた。見れば、廊下のならびにある印刷機室の影から、三宅薫があの独特のにやけ面でこちらを見つめている――。
「三宅先輩! あなた、いったいいつからそこに……?」
「六限終わりからずーっと。急な来客があるから学園長室の掃除はナシ、ってタレコミがあったから張り込んでたのよ。――バッチリ撮れたぁ?」
ゆかりたちの肩越しへ声をかけると、玄関前の茂みがガサガサと音を立て、迷彩柄の上着を着た、カメラ片手の生徒がヒョイと姿を見せた。
「来たところから出るところまで完璧ですよ。あとは現像するばかりです」
「よろしいっ。フィルムは明日でいいから、今日はもう帰っちゃいなさい。ご苦労様……」
迷彩服の生徒がその場を去ると、薫はしばらく、三人へ不気味な笑いを振りまいていたが、
「――タクシーおごるから、乗ってきなさいよ。話は帰る道中で、ゆっくり聞かせてもらうわ。鞄持ってくるから、裏門のところで待っててちょうだい」
踵を返し、小走りに編集部へ向かう薫の後ろ姿を、三人はしばらく、呆然と見つめていたが、
「……せっかくだし、甘えちゃおうか?」
「……なんか、どっと疲れたわね」
と、ゆかりと摩子が同意したのに紗英も従う形で、三人はとぼとぼと裏門の方へ向かう支度を始めたのだった。




