多種多様な香水たち
ルチアは〈生命の水〉と名づけられた香水を差し出した。
ベルミオンでも随一の香水店、ロイダーフェルム商会が製造・販売している、有名な香水である。
ムエットに香水を一滴落とし、匂いを嗅ぐ。
柑橘類とハーブを使った、オーソドックスな、爽やかな香り。
誰が使っても「いい匂い」と感じるであろう、よい香りである。
使われている香料の質も、フロラントの工房に引けを取らない。
オードックはルチアからムエットを受け取り、匂いを嗅いだ。
「いい匂いだな」
「はい。誰がどこでつけていても違和感のない、使いやすい香りです」
「それはいいことだが、少し地味かな……特別な感じはしない」
「左様でございますね」
オードックからムエットを手渡されたダニエルは、ひと嗅ぎして、すぐに言った。
「士官学校で流行っている香水と似ています」
「まあ……」
「それはまずいな……柑橘系の香りは避けるか?」
「いえ、柑橘類の香りは大体の香水に含まれていますので……花の香りの成分が多めに配合されているものを試してみましょう」
ルチアはオーソドックスな処方に、バラやジャスミンの香りを付け足した香水を選んで、作業台に並べた。
オードックは匂いを試し、微笑んだ。
「いい匂いだが、市井の女性がよくつけている香水だな、これは」
「そうですね……こちらはベルミオンでも特に売れている国産香水です」
「教官の匂いがします」
「アネッテか? ユリケンヌか?」
「いえ、ドラコニオ教官からたまにする匂いです」
「ははは、なるほど」
次に、花の匂いを中心にまとめた香水を試した。
ルチアはチューベローズやネロリの香水を試した後、スミレの香りを謳う香水を選び取った。
「白粉みたいな匂いだな」
「左様でございます。アイリスの根の粉はよく白粉に配合される香料なのですが、こちらはそれを、特に多めに配合しています」
「うーん……姉上はともかく、母上を思い出す匂いだ……」
「ドラコニオ教官から、たまにこの匂いがします」
「それもよくないな……」
花の香りに、ムスクやアンバーグリスなど、動物性の香料を加えた香水を試す。
「よく嗅ぐ香りと似ている」
「宮殿で働く方々に好まれる香りです。華やかで、品がある香りですね」
「……どんな匂いか、よく分からなくなってきた」
「ダニエル、自分の肌の香りを嗅いでみて。嗅覚がリセットされるから」
「わかった」
ダニエルが自分の腕の匂いを嗅いでいる間に、ルチアは懐から小さな香水瓶を取り出した。
「オードック様」
「ん?」
「こちらの香りもお試しください」
「これは?」
「わたくしが調香した香水です」
「おお! ぜひ試させてもらおう」
オードックはムエットに香水を滴下し、目をつぶって匂いを嗅いだ。
ルチアは手を組み合わせて、オードックの言葉を持った。
(正統派の調香から少し外したけど、悪い匂いではないはず……)
シュカでの旅の記憶を、香料によって再構築した香り。
ベルミオンの人間からしたら異国的で、肌に馴染まないような香料も使ったが、フロラント産の香料でバランスを取り、馴染みをよくした。
実験的だが、質には妥協していない。
ルチアの今持てる力全てを使った「良い香り」。
オードックが、ゆっくりと目を開いた。
「よい香りだ」
そう言って、ムエットをダニエルに渡す。
ダニエルはムエットを鼻にかざした。
「……いい匂いですね。あまり嗅いだことのないタイプの香りです」
「そうだな。なんとなく、異国を思わせる匂いだ。シュカとか、アクバニヤとか……」
「シュカで調達した香料を使いました」
「なるほど」
オードックは香水の入った小瓶をまじまじと見た。
「品があって……それでいて、不思議な匂いだ。
トリステア姉上も、異国の香りなら面白がってくれるかもしれない。
候補に入れてもいいかな、ルチア殿」
「も、もちろんでございます! ありがとうございます!」
ルチアはひとまず胸を撫で下ろした。
ベルミオンで多様な文化に育まれて育ったオードックに、好ましい香りと判断されたことは、自信にしてもいいはずだ。
「……異国風の香りでしたら、こちらもよろしかろうと思います」
「ありがとう」
ルチアはいそいそと他の香水を持ち出し、オードックにすすめた。
オードックが集めさせた香水は実に豊富で、アクバニヤ王国やシャイユール帝国から輸入した香油までが並んでいる。
ルチアは珍しい香油の匂いも試しつつ、トリステア皇女にふさわしい香りを探り続けた。
オードックの話を聞く限り、トリステアは図書館と実験室を根城とする研究者である。
そんな人物に「良い香り」を届けても、それは研究の雑音となるだけではないか? という疑問は置いておくとして、ルチアとしては、トリステアのイメージに沿った、静謐で、深みのある、神秘的な香りを見つけたい。
そうなると、異国風の香りや新奇な香りもいいけれど、やはりベルミオンの香り……ベルミオンの自然や、多様な文化、重層的な歴史を思わせる香りの方がふさわしいように思えた。
ルチアはベルミオン製の香水の中から、オークモス、ベチバー、魔狼膏、白樺などを使った香水を選び出し、オードックに差し出した。
オードックは見慣れぬ形の瓶を手に取って、眺めた。
「これは?」
「サイクス兄弟社製の香水です。製造はベルミオンですが、外国産の香料をふんだんに使っています」
「試してみよう」
オードックは香水をムエットに垂らした。
ムエットの先を振ると、アルコールが飛んで香りが立つ。
ルチアもムエットを使って匂いを嗅いだ。




