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薫る国の公女  作者: よこうみ
第六章:香水選抜
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多種多様な香水たち


 ルチアは〈生命の水〉と名づけられた香水を差し出した。

 ベルミオンでも随一の香水店、ロイダーフェルム商会が製造・販売している、有名な香水である。


 ムエットに香水を一滴落とし、匂いを嗅ぐ。

 柑橘類とハーブを使った、オーソドックスな、爽やかな香り。

 誰が使っても「いい匂い」と感じるであろう、よい香りである。

 使われている香料の質も、フロラントの工房に引けを取らない。

 オードックはルチアからムエットを受け取り、匂いを嗅いだ。


「いい匂いだな」


「はい。誰がどこでつけていても違和感のない、使いやすい香りです」


「それはいいことだが、少し地味かな……特別な感じはしない」


「左様でございますね」


 オードックからムエットを手渡されたダニエルは、ひと嗅ぎして、すぐに言った。


「士官学校で流行っている香水と似ています」


「まあ……」


「それはまずいな……柑橘系の香りは避けるか?」


「いえ、柑橘類の香りは大体の香水に含まれていますので……花の香りの成分が多めに配合されているものを試してみましょう」


 ルチアはオーソドックスな処方に、バラやジャスミンの香りを付け足した香水を選んで、作業台に並べた。

 オードックは匂いを試し、微笑んだ。


「いい匂いだが、市井の女性がよくつけている香水だな、これは」


「そうですね……こちらはベルミオンでも特に売れている国産香水です」


「教官の匂いがします」


「アネッテか? ユリケンヌか?」


「いえ、ドラコニオ教官からたまにする匂いです」


「ははは、なるほど」


 次に、花の匂いを中心にまとめた香水を試した。

 ルチアはチューベローズやネロリの香水を試した後、スミレの香りを謳う香水を選び取った。


白粉(おしろい)みたいな匂いだな」


「左様でございます。アイリスの根(オリスルート)の粉はよく白粉に配合される香料なのですが、こちらはそれを、特に多めに配合しています」


「うーん……姉上はともかく、母上を思い出す匂いだ……」


「ドラコニオ教官から、たまにこの匂いがします」


「それもよくないな……」


 花の香りに、ムスクやアンバーグリスなど、動物性の香料を加えた香水を試す。


「よく嗅ぐ香りと似ている」


「宮殿で働く方々に好まれる香りです。華やかで、品がある香りですね」


「……どんな匂いか、よく分からなくなってきた」


「ダニエル、自分の肌の香りを嗅いでみて。嗅覚がリセットされるから」


「わかった」


 ダニエルが自分の腕の匂いを嗅いでいる間に、ルチアは懐から小さな香水瓶を取り出した。


「オードック様」


「ん?」


「こちらの香りもお試しください」


「これは?」


「わたくしが調香した香水です」


「おお! ぜひ試させてもらおう」


 オードックはムエットに香水を滴下し、目をつぶって匂いを嗅いだ。

 ルチアは手を組み合わせて、オードックの言葉を持った。


(正統派の調香から少し外したけど、悪い匂いではないはず……)


 シュカでの旅の記憶を、香料によって再構築した香り。

 ベルミオンの人間からしたら異国的で、肌に馴染まないような香料も使ったが、フロラント産の香料でバランスを取り、馴染みをよくした。

 実験的だが、質には妥協していない。

 ルチアの今持てる力全てを使った「良い香り」。


 オードックが、ゆっくりと目を開いた。


「よい香りだ」


 そう言って、ムエットをダニエルに渡す。

 ダニエルはムエットを鼻にかざした。


「……いい匂いですね。あまり嗅いだことのないタイプの香りです」


「そうだな。なんとなく、異国を思わせる匂いだ。シュカとか、アクバニヤとか……」


「シュカで調達した香料を使いました」


「なるほど」


 オードックは香水の入った小瓶をまじまじと見た。


「品があって……それでいて、不思議な匂いだ。

 トリステア姉上も、異国の香りなら面白がってくれるかもしれない。

 候補に入れてもいいかな、ルチア殿」


「も、もちろんでございます! ありがとうございます!」


 ルチアはひとまず胸を撫で下ろした。

 ベルミオンで多様な文化に育まれて育ったオードックに、好ましい香りと判断されたことは、自信にしてもいいはずだ。


「……異国風の香りでしたら、こちらもよろしかろうと思います」


「ありがとう」

 

 ルチアはいそいそと他の香水を持ち出し、オードックにすすめた。

 オードックが集めさせた香水は実に豊富で、アクバニヤ王国やシャイユール帝国から輸入した香油までが並んでいる。


 ルチアは珍しい香油の匂いも試しつつ、トリステア皇女にふさわしい香りを探り続けた。


 オードックの話を聞く限り、トリステアは図書館と実験室を根城とする研究者である。

 そんな人物に「良い香り」を届けても、それは研究の雑音となるだけではないか? という疑問は置いておくとして、ルチアとしては、トリステアのイメージに沿った、静謐で、深みのある、神秘的な香りを見つけたい。

 そうなると、異国風の香りや新奇な香りもいいけれど、やはりベルミオンの香り……ベルミオンの自然や、多様な文化、重層的な歴史を思わせる香りの方がふさわしいように思えた。


 ルチアはベルミオン製の香水の中から、オークモス、ベチバー、魔狼膏(オロール)白樺(バーチ)などを使った香水を選び出し、オードックに差し出した。

 オードックは見慣れぬ形の瓶を手に取って、眺めた。


「これは?」


「サイクス兄弟社製の香水です。製造はベルミオンですが、外国産の香料をふんだんに使っています」


「試してみよう」


 オードックは香水をムエットに垂らした。

 ムエットの先を振ると、アルコールが飛んで香りが立つ。

 ルチアもムエットを使って匂いを嗅いだ。

 

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