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薫る国の公女  作者: よこうみ
第六章:香水選抜
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聞き取り調査


 翌朝。

 ルチアはダニエルとオードックの応接間に訪れた。

 オードックの自室は一階にある。

 シンプルで趣味の良い家具が並ぶ南向きの部屋は、オードックの人柄がそのまま表れているような、開放的で明るい空間である。

 三人は茶を飲みながら話し込んだ。


「オードック様が香水を贈りたい方というのは、トリステア殿下のことだったのですね」


 ルチアは紅茶にも菓子にもろくに手をつけず、ひたすらオードックに質問し、話を聞いている。


「ああ。

 お恥ずかしい話だが、私は兄弟の誰にも贈り物をしたことがない。

 両親に贈り物をしたことはあるが、それも子供のお遊びのようなプレゼントだった。

 家族に贈り物をするのはこれが初めてなんだ」


「では、トリステア様のご趣味はご存じでない……?」


「あまり知らないというのが正直なところだ。

 トリステア姉上は科学者だから、数学、物理学、化学、生物学……工学、薬学、錬金術なんかは好きだと思う。

 史学や文学にも精通してるし、音楽も聴く。

 基本なんでもできるはずだ、あの人は」


「好きな食べ物や、好きなお色などは……」


「好きな食べ物……好きな色……?」


 オードックは腕を組み、天を仰いだ。

 天井を見ながら、「知らない……」と力なく呟く。

 ルチアの質問攻めにも関わらず、オードックは柔和な態度を崩さず、逐一詳細に答えようとした。


 しかし、オードックは質問を受けるたびに、自分がそれほど姉のことを知らないという事実にぶち当たった。


 長兄のヴァレリウスなら、多少は知っている。

 彼は社交的な上、誕生日のプレゼントを弟妹たちにせびって回るという、あっけらかんとした面がある。

 その下の双子のリュマートとロウネルは、士官学校の先輩でもあるので、かなり親しい。

 自分より下のきょうだい……弟や妹たちも、大方の好みは知っている。

 こちらから聞かなくても、あちらから勝手に・一方的に喋ってくるのだ。

 しかし、長姉のトリステアは、きょうだいの誰とも違う。

 オードックと話をすることも少ないし、自分から話すことも少ない。

 他の弟妹への態度も似たようなもので、積極的に自分の内面を開示するようなことは、まずない。

 彼女はおしゃべりより独りで考え事をする方が好きなのだ。


 ……と、ここまで考えて、オードックは慌ててルチアに言い添えた。


「トリステア姉上は、ひとりで考え事をするのが好きだ」


「それは、皆でワイワイお話をするより……ということですか?」


「……多分そう!」


 オードックはかすかな安堵を得て、紅茶に口をつけた。

 知らないことの方が多いが、知っていることもあった。

 生まれてこの方、同じ宮殿に住んでいるのだから、まったく知らないわけはない。

 この調子で記憶を掘り返していけば、なんらかのヒントを見つけられるだろう。


「好きな季節、好きな場所などは……?」


「うーん……」


「好きな音楽や、好きな詩などは……」


「…………」


 オードックは黙り込んだ。

 やはり、知らないことの方が圧倒的に多い。


「そもそも、姉上の好きな香りを知らない……」


「……自分でも好きな香りを知らないという方もいらっしゃいます。

 ですから、こうして他の趣味嗜好などから好みを探ろうとするのです。

 決して珍しい手段ではありません」


「なるほど……」


 トリステアについての、決して豊富ではない記憶を、少しずつ、漁っていく。

 オードックは手当たり次第に思い出したことを口にした。


「トリステア姉上は運動はできないが、散歩はなさるはずだ。

 庭……より、森の遊歩道の方が好きなんだと思う。

 前に外で見かけたときは、森の方向に向かっていたし……」


「なるほど……」


「……そうだ! ベルガモットで香りをつけた紅茶を、美味いと言っていた気がする」


「! それはよいお知らせです」


 ルチアはオードックから聴き取ったことを、手元の小さなノートに、細かく記録していく。

 白かったページが、あっという間にインクの色に埋め尽くされた。

 とはいえ、確信的なこと……トリステアの好きな匂いのことなどは、依然として、よく分からない。

 分かったことといえば、科学の実験が好きなこと、読書が好きなこと、音楽鑑賞は好きだが演奏はできないこと、酒も煙草もコーヒーもやらないこと……。

 化学実験が好きとはいえ、化学薬品の匂いが好きとまでは言えないだろうと気づいて、ルチアは書いたばかりの「薬品」に二重線を引いた。


「とりあえず、香水を試してみましょう」


 ルチアたちは〈実験室〉に移動した。

 実験室は同じ棟、同じ階の、北の端にある。

 北向きの部屋ではあるが、外は広い芝生の庭が森に向かってひらけており、明るい。


 これだけ景観の良い場所に、くつろぐための部屋ではなく、広々とした実験室を設けるあたりには、ザビウス=メールラント家の特殊な価値観が現れている。

 有閑の果てに求めることは、休息や娯楽より、新たな創造なのである。


 ルチアは実験室の中の光景に目を見張った。

 実験台や作業台の上、大量の香水瓶が所狭しと並んでいる。

 工房や製造会社の順に並べられた数百種類の香水。


「……これだけの香水を、よくぞお集めに」


 ルチアはやっとのことで呟いた。

 実験室は、まるで香水の森である。


 ルチアがふと手前の香水瓶に目をやると、見覚えのある瓶が並んでいた。

 一帯には、フロラント産の香水が並んでいる。


 その中に、一つの香水を見つけ、ルチアは血の気が引くような感覚を覚えた。


 印刷ではなく、手書きのラベルが貼られた、アルチルド修道院製の香水。

 試験的に作った新しい処方のもので、お得意様に限定して、無料で配ったものである。

 対象となった顧客の中に、ベルミオン帝室の名前はない。

 直接、帝室に繋がりそうな名前もない。

 一体どうやって手に入れたのか。


「ルチア殿に感心していただけたのであれば、集めた甲斐があるというものです」


 ルチアの戦慄を知ってか知らずか、オードックは誇らしげに笑った。

 実験台の間を抜けて奥に行くと、ムエットの束や水差し、手洗い用の陶器など、香りを試すための一通りの道具が揃っていた。

 ルチアは気を取り直し、手近な香水を手に取った。


「……とりあえず、自然な香り、清々しい香りから試してみましょう」


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