皇子たち
奥のソファーに寄り添って座っているのは、メリニオス帝とミュリティス后。
その周りにいるのがヴァレリウス皇太子とその子供たち。
小さな子供と手を繋いでいるのがルセルタ皇太子妃。
そこから少し離れたところに、双子のリュマート皇子とロウネル皇女、長椅子で遊んでいるリュマート皇子の子供たちとボリシュター皇子、おしゃべりしていたのがエマリンド皇女とジーノア皇女……。
初拝謁の儀で謁見して以来の、錚々たる顔ぶれ。
ルチアが腰を深々と落としてお辞儀をすると、居並ぶ人々はそれぞれに礼を返した。
メリニオスとミュリティスが立ち上がる前に、ルチアは素早く前に出て正式な挨拶をした。
ルチアの、皇帝夫妻の健勝を祈る言葉に、メリニオスは鷹揚とうなずき、大公夫妻の健勝を祈る言葉を返した。
皇太子夫妻やリュマート皇子、ロウネル皇女への挨拶も済ませたところで、ルチアは、ここにいるはずの人物がいないことに気づいた。
不思議に思ったところで、出入り口に人の気配がした。
ルチアが振り向くと、二人の人物がルチアの方にまっすぐ進み出てくる。
ダニエルと、車椅子に乗った若い男。
男は、笑って会釈した。
「お初にお目にかかります。
オードックです。
はるばるレヴィナまで来ていただいて、まことにありがとうございます」
「ルチア・イル・フロラントでございます、殿下。
ご招待いただき、まことにありがとう存じます。
お目通りが叶いまして、まことに嬉しゅうございます」
「こちらこそ、薫り高きフロラントの公女殿下にご訪問いただいて、どれだけ嬉しいか分かりません。
本当に、来てくださって、ありがとうございます」
オードックは、そう言ってまた笑った。
白い歯が眩しい、好青年らしく闊達な笑顔。
ルチアの記憶によれば、オードック皇子は今年で三十歳になる、退役大尉である。
訓練中の事故で腰に怪我を負い、下肢が麻痺、現在は車椅子に乗って生活している。
金髪を気取りなく整えた精悍な雰囲気の男だが、よく見るとユリウスなどとよく似たザビウス=メールラントに独特の顔立ちをしている。
ルチアは落ち着いた、気品のあるオードックの仕草に、内心惚れ惚れとした。
控えめにまとった香水が、冷んやりとしたベチバーとかすかなムスクの匂いであるのも、ルチアの感性に心地よく響いた。
挨拶を終えるや否や、オードックの横から声がかかった。
「ルチア」
「ダニエル! 久しぶり」
ルチアとダニエルは互いに両手を差し出し、握手をして再会を祝った。
「ルチア、少し背が伸びたな」
「ダニエルの方こそ、背が伸びたんじゃない? 前はこんなに見上げなかったよ」
「……そうか……あんまり大きくては馬が可哀そうだから、俺はもう伸びなくていいや」
「そうなの?」
馬の心配を優先するあたり、ダニエルは本当に優しい。
ルチアはそう思って、思わず笑顔になった。
ダニエルはルチアの笑顔を見て、無意識のうちに頬をゆるめた。
オードックはそんな二人を見て微笑んでいたが、不穏な気配を感じて眉をひそめた。
「ダニエル・イル・オルドリーク!」
ルチアとダニエルは声のした方に顔を向けた。
そこには、第十子、第四皇女のエマリンド・ルーク・スタングリッツ・ザビウス=メールラントが立っていた。
赤いドレスに、長く垂らされた金色の髪。
白哲のかんばせに、薄青の瞳がなぜかメラメラと燃えたっている。
王女の姿勢は、周りを威圧するような、堂々たる仁王立ちである。
「尉官を貰えたからって、調子に乗ってるんじゃないでしょうね」
エマリンドはダニエルに詰め寄った。
エマリンドの方が身長が低いので、下から睨みつける形になる。
美しい皇女の尋常ではない詰め方にルチアは恐れをなしたが、当のダニエルは平然としている。
「調子に乗っているかは分かりませんが、図に乗らないように自分を戒めております」
「どーだか」
以前ダニエルを睨みつけながら、フン、と軽く鼻を鳴らす。
そのとき、オードックが車輪を動かして、ダニエルの前に出た。
「エマリンド! お客様に向かって、なんだその口の利き方は!」
オードックに叱りつけられても、エマリンドはどこ吹く風である。
「オードック兄上は退役なされたんだから、黙っておいてくださいませ」
「私は退役していても、軍人だ。お前の恥ずかしい態度に注意してやるぐらいの情けはある」
「兄上までダニエルの味方をするつもり⁉︎」
「そういう話じゃないだろう!」
エマリンドは再びダニエルを睨みつけた。
「あなたみたいなボケっとした方が上官だなんて……」
「すみません」
「すみませんじゃないわよ!
学校も卒業してないのに少尉に上がるなんておかしいわ!
だいたい、あなたが士官になれて、なんで私がなれないの!
辺境伯だからって生意気よ‼︎」
「エマリンド!」
「すみません」
「すみませんじゃないわよ!」
もうめちゃくちゃである。
ルチアは士官(の卵)同士の言い争いに恐れをなした。
エマリンドが一方的に捲し立てているだけとはいえ、ものすごい迫力である。
「エマリンド、お前だって分かっているだろう。
ダニエルが少尉になれたのは優秀だからだ。
それに、すでに辺境伯を継いだダニエルと、一皇女のお前とでは、立場も責任も、何もかも違う。
任される仕事が違うんだよ。
それを決めるのはお前じゃない。
お前が文句を言う筋合いはない」
「フン……」
エマリンドはオードックから目を逸らした。
ダニエルを睨みつけ、ついでにルチアも睨みつけてから、自分の椅子に戻る。
末の妹のジーノアは姉の動向を呆れたような面持ちで見ていた。
「今のエマリンドの行動の方が、よっぽどオカシイと思うよ」
「お黙り、みそっかすのくせに」
「ハイハイ」
ボリシュターは甥っ子たちをあやすかたわら、笑って言った。
「エマリンドはいつも元気だなぁ」
「ボリシュター兄上も少しは元気をお出しになったら?」
「そのうちなぁ」
皇太子の第三子トーリッツが兄の背中から顔を出して言った。
「エマリンドは存在がもう、ボクたちの教育に悪いよな」
「叔母に対してなんなのその口の利き方は!」
「じゃあ叔母様らしくしてくださいよ」
「してるじゃない‼︎」
「どこがだよ!」
「いい加減にしろ、お前たち‼︎ お客様の前で無礼極まりない‼︎」
皇太子ヴァレリウスは子供たちに一喝した後、つかつかとルチアたちの方に向かって歩いてきた。
「申し訳ありません、ダニエル殿、ルチア殿……」
「いえ、そんな……」
「気にしていません」
「まことにお恥ずかしい限りで……あとでしっかり言っておきますので……」
ヴァレリウスは末のきょうだいたちの監督もしているらしい。
メリニオス帝もミュリティス后も御年六十、この数の子供を全て管理するのにも体力の限界があるのだろう。
ルチアが夫妻に目をやると、孫たちを膝に遊ばせながら、少し怖い目でエマリンドを見ていた。
ミュリティスはルチアの視線に気づくとニッコリ笑い、会釈をしてみせる。
ルチアも会釈を返し、オードックに向き直った。
「まったく、アイツは信じられん馬鹿者だ……!……申し訳ない、ダニエル、ルチア殿」
「平気です」
「私もです」
「お恥ずかしい限りで……まことに申し訳ない……」
オードックは、恥ずかしいというより悔しい気持ちで歯噛みした。
「普通、在学中に士官に上がることはありません。
卒業するまでは、あくまで学生ですから。
でも、ダニエルはすでに辺境伯を継いでいて……なにより優秀だから、少尉になれたんです。
だのに、エマリンドはダニエルが特例で士官になったのが気に入らんのです。
自分の方が年上なのに、年下のダニエルに先を越されたと思って……」
「そういう気持ちになるのは当然と思います」
ダニエルが冷静に意見を述べる。
「そう思うことと、それを表に出すのは別のことです……あんなふうに言われたダニエルは気持ちはどうすれば……あれでは、卒業しても……いや、卒業させてもらえるのか……?」
「自分への態度以外は極めて優秀、品行方正と聞きました」
「ならよかった……よくないが……」
妹の無礼に真剣に落ち込むオードックを見て、ルチアは好感を抱いた。
妹に恥をかかされたことを怒っているのかと思いきや、おもんばかっているのはダニエルの気持ちと妹の未来についてなのである。
ルチアはオードックに「良き兄」という印象を抱いた。
オードックは何かを思い出してボリシュターの座る長椅子に近づいた。
「ボリシュター、トリステア姉上は?」
「部屋で食べるそうです」
「そうか、残念だ」
そのとき、晩餐の間に通じる扉が開かれた。
執事が朗々とした声で告げる。
「皆様、お待たせいたしました。
用意ができましたので、晩餐の間にお入りください」




