ダンスパートナー
目にも鮮やかな色とりどりのドレス、ひるがえる裳裾、優雅に立ち回る殿方の脚が、目の前を駆け巡ってゆく。
ルチアはペティコートの下で、足首を動かした。
慣れない高いヒールの靴ではあるが、大丈夫。
踊れる。
「でも誘われないと踊れない……」
「自分から誘いにいけば」
「緊張する……ギルバートお兄さま」
「……なんだ」
「学校のお友だちとか、いらっしゃらないんですか?」
「……ハァ」
ギルバートはいかにも「呆れました」といった風情で、ため息をついた。
「そもそもの話なんだがな、俺はベルミオンの士官学校には行っていない。
入学したのはシュカ帝国の兵学校だ。
ここにいるのは、ほとんどがベルミオンの貴族だ。
つまり、士官の風体をした人間も、ほとんどがベルミオンの帝立士官学校の生徒か、ベルミオン軍の将校で、俺が親しく付き合っている人間は一人もいないと思ったほうがいい」
「えーっ!」
ルチアは思わずギルバートの袖に掴んだ。
そんなていたらくでは、一体なんのための付き添い役なのか。
「それじゃあ、私は誰と踊ってもらえばよいのですか!」
「さあ……」
「そんなあ」
ルチアはうめきながら会場を見渡した。
初拝謁の後の舞踏会では、参加者各位は初対面の人間と踊るべし、という不文律がある。
すでにある親交をより深めるより、新しい人脈を広げることの方が、社交界デビューという人生の節目にふさわしい、という全体の思惑があるのである。
すでに知り合いになっている者と最初から組むわけにはいかない。
ルチアは一計を案じた。
友だちに友だちを紹介してもらおう。
ルチアがしぼり出したこの名案は、実はこのお披露目舞踏会ではもっともポピュラーな関係の築き方なのだが、ルチアは知らなかった。
隣で二杯目を飲んでいる兄・ギルバートは知っていたが、ルチアには伝えていなかった。
意地悪ではない。
忘れていたのである。
ギルバートはすでに会場中に目を光らせて、好みにかなう参加者を──つまり、自分のダンスのパートナーにふさわしいと思われる見目うるわしい人間をピックアップしていた。
ギルバートはいわゆる「顔がいい」青年であり、珍しいシュカの士官候補生の礼装もあいまって、すでに衆目を集めている。
ギルバートはもちろんそのことを自覚しており、それらをおおいに活用するつもりでこの場に来ている。
令嬢がたの秋波を受け取ったり受け流したりしながら、ギルバートは狩人のごとき鋭い眼差しで会場全体を見晴らしていた。
自分のことにかまけて本来の目的である〈ルチアの社交界デビュー〉の先行きを暗くしかけたこの件は、ルチアの告げ口により両親にばれ、ギルバートはこっぴどく叱られるはめになるのだが、それはまた別のおはなし。
***
ルチアは旧知のひとを見つけて、足を踏み出した。
「アーシャ様!」
「まあ! ルチア様!」
アーシャは小走りでルチアの元に訪れ、腰を下げてお辞儀をした。
アーシャ・イル・カルディーノはヘルミオン南部、つまりフロラントにほど近い地域の侯爵令嬢で、何度か顔を合わせたことがある。
白い肌に金髪碧眼、いかにもベルミオン貴族らしい面立ちの少女で、他国の公女であるルチアにも物怖じせず、かといって、おもねることもせず、ちょうどいい距離感で話してくれる、人当たりの良い、社交的な人物である。
「ごあいさつにも参らず、申し訳ありませんでした」
「とんでもない! こちらこそ、ごあいさつが遅れてしまって……」
あいさつもほどほどに、ルチアは本題の口火を切った。
「……恥ずかしながら、わたくしはお友だちが少なくて……アーシャ様は数少ないお友だちの、大切なお一人なのです。
……そのアーシャ様に、おりいってお願いしたいことがあるのです」
「まあ。なんでしょう」
「お……お友だちを、紹介しては、いただけないでしょうか……」
アーシャは破顔した。
光がはじけるような笑みである。
「ルチア様ったら……そんなにおびえなくても、この舞踏会はそれが目的の会ではありませんか」
「あ……そ、そうか」
「もちろん、どなたでも紹介してさしあげますわ!
むしろ、わたくし、だれかにルチア様をお友だちだと言ってご紹介できるのが、とても誇らしく思いますの。
きっと誰だって、ご自分がルチア様のお友だちなら、誇らしく思わずにはいられませんわ」
「ア、アーシャ様……」
ルチアはアーシャに後光が差しているように思われた。
彼女はこの舞踏会という修羅場に降臨した天使のごとき存在ではなかろうか……とさえ思われた。
「……わたくしも、アーシャ様のお友だちでいられて、ほんとうに、ほんとうに、ありがたく思っております」
「まあ、そんなに思っていただけるなんて! わたくし、一族の誇りになってしまいますわね!」
ルチアとアーシャは両手を繋いで、友情のありがたさに、しばしひたった。
そのあと、アーシャはルチアに、自分の従兄だというユーリクを紹介した。
「ルチア・イル・フロラントと申します……よろしくお願いいたします……」
「ユリーク・イル・アルマディロフと申します。
薫り高きフロラントの、ルチア様と踊っていただけるとは……光栄の至りでございます」
ユーリクはルチアの手を取って手袋ごしに軽いキスを落とした。
正式な挨拶とはいえ、ルチアは同い年の少年の大人びた仕草に、いささか心拍数が上がる思いがした。
ルチアはギルバートを引っ張ってきて、アーシャに紹介した。
双方とも相手がお気に召したようで、ギルバートとアーシャは、ルチアとユーリクより先にフロアに出ていった。
「はや……」
あぜんとするルチアとは対照的に、ユーリクは実に楽しそうに笑っている。
ルチアがチラとユーリクを見上げると、ユーリクは優しげな茶色の瞳でルチアを見返した。
ルチアは胸の鼓動が速まるのを感じた。
ユーリクは同い年とは思えないほどルチアに優しく、頼りになる。
どこぞの兄とは大違いだ、とルチアは思った。
「私たちも踊りましょう。準備はよろしいですか」
「ハ、ハイ!」




