一族
馬車の中からサマルが軽やかに降り立ち、呆気に取られたルチアたちに歩み寄る。
「やあ、久しぶり。ルチア殿」
ベルミオン風のスーツをまとったサマルは、笑顔でルチアに挨拶をした。
建物の陰を歩きたくなるような外の暑さにも関わらず、サマルのお洒落には一部の隙もない。
シルクリネンの背広を着、タイを締め、靴はこの国で多く見られる革のサンダルではなく、ドレスシューズを履いている。
暑苦しく見えないのは、全体を明るい生成色で統一していることと、サマルの身のこなしが洗練されているからだろう。
ルチアは惚れぼれとサマルに見入った後、見過ぎたことたことを恥じて視線を落とした。
ルチアと同い年にも関わらず、サマルの立ち振る舞いには年に不相応なほど洗練されたものがある。
兄のような軍人ともベルミオンの貴族青年とも違うサマルの雰囲気に惹かれていることは否定のしようがない。
それにつけても自然と思い起こされる、おのれの立ち振る舞いと感性の程度は、サマルと比べると、いかにも子供っぽい。
ルチアはおのれの不足を痛感した。
(せめて、サマル様の雰囲気に見劣りしないだけの振る舞いを心がけよう……)
内心の動揺が身振りに表れないよう、指先まで神経を行き渡らせて、出来うる限り落ち着いた、穏やかな声で挨拶を返す。
「サマル様、ご機嫌うるわしゅう……」
サマルはルチアの手を取り、指先に音を立てるだけの軽いキスを落とした。
「素敵な服だ。
シュカの陽射しによく似合っている。
今日は、匂い手袋はつけていないんだね」
「あれは、冬に着用するものなのです」
「そうだったんだ! あの手袋をつけたキミを見られたボクは、かなりの幸運だったんだね」
サマルはルチアを馬車へといざなった。
車内で二人きりかとも思われたが、サマルはメノワにも乗るよう促したので、三人が同じ馬車に乗り込むことになった。
キャシディとブリッジは、前に停めた馬車に乗れということらしい。
ブリッジはメノワにうなずいてみせた。
魔術的な危険はない。
ルチアはサマルと向かい合って座り、メノワはルチアの隣に座った。
「わざわざ殿下にお出迎えいただけるとは……ありがとう存じます」
「いやいや、こっちがやりたくてやったんだ……驚かしちゃってごめんね」
サマルはイタズラっ子のように片目を閉じてみせた。
「やってみたかったんだ。馬車で美しいお姫様をお出迎えってやつ」
馬車の中は外見からは想像できないほど豪奢で、座席は繊細なベルベット、壁面や天井には彫金が施されており、ルチアは馬車に揺られながら、装飾を傷つけないかヒヤヒヤした。
サマルは始終ニコニコと笑いながら、ルチアに話しかけた。
「元気にしてた?」
「息災でした。サマル様は、お変わりありませんか?」
「変わらないよ。
大人しく、学生をしております。
姉貴の結婚式が近いんで、ちょっとドキドキかな」
ルチアはギルバートの話を思い出した。
「お姉上様は、ティアムテの国王殿下とご結婚なされるとか」
「そうそう」
ティアムテ王国はシュカ帝国の構成国である。
それゆえ、国王であっても敬称は〈陛下〉ではなく〈殿下〉であるとされている。
一国の王であるといえども、あくまで皇帝に臣従する立場なのだ。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。
……つっても、向こうの家とこっちの家とは親戚だし、変わり映えはしないかも」
サマルは、思いついたように前屈みになり、口の横に手をかざした。
内緒話をするときのような格好である。
ルチアもつられて前屈みになり、二人は顔を寄せた。
「向こうの家にボクと年が近いイトコみたいな子がいるんだけどさ、おもしろいヤツだから、夜宴で紹介するよ」
「どんなお方ですか?」
「名前はモニク。
女の子。
歳は十七。
剣とか槍とかが得意で、とにかくめっちゃ強いんだけどさ、好きが高じて、なんと、アキツハラにまで修行に行っちゃったっていう、ぶっ飛んだヒト」
ルチアは思わず目を見張った。
「アキツハラというと……あのアキツハラ連合ですか?」
「そう、東の果てのアキツの国。」
アキツハラ連合といえば、大陸の遠く東の端にあるという、小国の連合国家である。
アキツハラは、優れた兵を国外に派遣する「傭兵国家」として知られている。
派兵するのは主に隣国だが、大陸の反対側、ルチアたちのいるベルミオン周辺にも、兵を寄越すことがある。
ルチアはレヴィナで、服装からアキツハラの傭兵と思われる人々の集団を見かけたことがある。
腰に刀をさげたアキツハラの男たちは、レヴィナの街を物珍しそうに見回しつつ、ルチアとギルバートに気づくと、一様に頭を下げて通り過ぎるのを待った。
従者を連れて歩く幼いルチアたちを、高貴な者と判断しての行動だったのだろう。
異国の地で通り過ぎる子供に素直に頭を下げてみせるという振る舞いの根底には、礼儀を重んじる姿勢と、強き者としての自負があったのだろうと、今のルチアには察することができる。
人々は異国から来たこの男たちを〈サムライ〉と呼んだ。
貴人の従者、ひいては〈戦士〉を意味する、アキツハラの言葉である。
しかし、あのような厳格な雰囲気をしのばせるアキツハラにわざわざおもむき、その地の武芸を修得しようとしているモニクとは、一体どのような人物なのだろうか?
「アキツハラの兵のように、精悍なお方なのですか」
「いや?
普段はポケ〜っとしてるけど、何かあるときには結構頼りになる感じ。
あとボクをイジメるときは超元気!
この子の兄貴二人は超〜優しくてカッコいいんだけどね〜。どうしてこうなっちゃったかな〜。
まったく末っ子ってヤツは、困った性格の子が多いね」
ルチアは自分も末っ子であること、サマルも末っ子であることには言及しなかった。
謎の「モニク」のことが気になって、生まれ順のことは頭から抜け落ちていた。
ルチアとそう変わらない年齢で修行のために外国におもむくというあたり、どこぞの兄とよく似ているが、話を聴くにつれて、より鮮明にギルバートとの近似を感じるようになった。
が、しかし、女の子なのである。
ギルバートのような女子というものが、ルチアにはまったく想像できない。
兄のように、ガサツで思いやりがなく、意地悪で無責任な女の子、というものには、出会ったことがない。
「会ってみたいような……会ってみたくないような……」
「ハハハ、正直!」
眼鏡の奥で、明るい瞳が笑っていた。
よく見ると、眼鏡は舞踏会のときとは違う物だった。
細身の眼鏡は、テンプルの象牙に細かい浮き彫りが施されている。
「前回お会いしたときとは違うお眼鏡ですね」
「お、気づいた?」
サマルは眼鏡を外した。
「これは伊達眼鏡」
工芸品といってもいいような繊細な細工の眼鏡を、つまらないもののようにもて遊ぶ。
口元には穏やかな笑みが浮かべられ、伏せられたまつ毛の影が、目元に濃い影を落としている。
ルチアは太陽を見過ぎた人のように、とっさに目を伏せた。
ルチアには、サマルの顔にも、どこか精巧に細工された人形のような、人工的とまで見える美しさがあると感じる。
見る者の視線を引き込む魅力。
それにまんまと釣られて視線を注いでしまうこと。
それは、なんとはなく、はばかられる感覚である。
「さっき言ったモニクの一番上の兄がナグバ。
この人は科学者で、ボクは魔力の正体を解明するのは、この人なんじゃないかと思ってる。
ボクはこの人を尊敬してるんだ。
彼が眼鏡をかけてるんで、ボクも小さい頃から真似して眼鏡をかけた。
視力は全然悪くないのにね。
そのうち本当に近視眼になっちゃって、こうして今でもかけてるわけ」
そう言って、サマルは眼鏡をかけ直した。
(眼鏡をかけたり外したりすると、雰囲気が変わるな……)
とルチアは思った。
眼鏡をかけると、表情に一つの膜がかかったように、分かりづらくなる、とも思った。
「ナグバ様は、お姉上様の、ご結婚相手の方ですか?」
「いいや。結婚するのは、二番目の兄のセネク。
こっちもいい人だけど、いい人なだけだな。
でも、姉貴はセネクの顔に惚れて結婚するのさ」
「まあ」
三兄妹は、それぞれに個性が強い人物ばかりらしい。
サマルが窓の外を見、ささやくように言った。
「そろそろ着くよ」
ルチアは姿勢を正した。
キヨテ離宮・緑柱宮への参内のときである。




