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薫る国の公女  作者: よこうみ
第三章:シュカ
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フロラントの子ら


「あると思う」 


 即答。

 ルチアはゆるゆると身体を起こした。


「悩むとか、ないんですか……」


「ない。


 俺は運動が得意だ。

 命令することも、命令されたことをこなすことも、チームでまとまって任務にあたることもできる。

 武芸の才がある、とよく言われる。


 これは俺の年齢や状況や偏見を差し引いても、おおよそ事実だろうと思われる話だ。

 軍人の才能があるかないかと訊かれれば、あるとしか言いようがない」


「そうですか……」


 ルチアはベッドから降りた。


「お兄さまがシュカで軍人になる気なのは、わかりました」


「ああ」


「私もフロラントに帰ってから、よく考えてみます……このまま職人を目指していて、良いものかどうか」


「目指したらいいだろ」


「……それでは、大公は誰がなるのですか。いとこの誰かに押しつけるおつもり?」


「それもお前がなればいい」


 ルチアはギルバートの言葉の意味を考えた。

 ついで、言葉の意味を理解した瞬間、顔色が変わった。


「……まさか」


「そうだ。

 おまえは香水職人兼フロラント大公のルチアになればいい。

 それでおおかた解決だ」


 ギルバートはルチアは指差しながらそういった。

 ルチアはギルバートの指を退けた。


「無理だよ! そんな無茶なこと!」


「無理じゃない。お前が史上初めての香水公になればいい」


「それならお兄さまだってシュカの軍人兼フロラント大公ギルバートになればよろしいじゃないですか!」


「シュカから勅命出すけどいいのか」


「ッ……!」


 心を落ち着けるため、ルチアは腰に手を当ててあたりを歩き回った。

 メノワたちが心配しているのは、顔を見ないでもわかる。

 家臣としては、こんなとんでもない話を聞かされて、黙っていなければならないのは辛いだろう。


「……とにかく、今日はお部屋を見せてくださってありがとうございました!」


「おう、感謝しろよ」


「……〜ッ!」


 ルチアは胸に手を置いて深呼吸をした。

 落ち着け、落ち着け。

 兄のふざけた態度はいつも通りのことじゃないか。

 子供の頃からこれに付き合わされてきたんだ、今更なにを怒ることがあろうか……。

 ルチアは最後に深く息を吸い、吐いた。

 

「……キャシディ」


「は!」


「お土産の香水と石鹸は持ってきていますね」


「は。数を揃えて持ってきております」


「お兄さま、フロラント人生徒のお部屋の番号を教えてくださる?」


「あ〜、一緒に行ってやるよ」


「いえ、番号だけ教えて、」


「石鹸てこれか。たっけえの持ってきたな」


「…………」


 ルチアはギルバートに押し切られ、結局五人でゾロゾロとフロラント人生徒の部屋を回ることになった。

 フロラント人生徒はクアドナ寮の隣のセマリク寮におり、全員、ルチアたちが来るまでロビーで待っていた。

 ルチア側としては、部屋で楽にして待っていろという旨の手紙を先に送っておいたはずだが……と思ったのだが、祖国の公女が来訪するというのに、大人しく待っていられるはずもなかったのだろう。

 ルチアはクアドナ寮と同じか、それ以上の歓待を受け、申し訳ない気持ちになった。

 ギルバートの部屋で問答などしている場合ではなかったのだ。


「申し訳ありません、皆さま……」


 ルチアが縮こまって謝罪すると、フロラント人生徒の一人は、緊張しつつも満面の笑みで応えた。


「いえ!

 自分たちが好きでやったことですから!

 こちらこそ、部屋で大人しく待っていられず……驚かしてしまって、申し訳ありません!」


 別の一人が、頬を赤らめて言った。


「公女様とお会いできて、お話までしていただけるなんて、光栄の極みです……母に伝えたら、どんなに喜んでもらえるか……」


 ギルバートは盛り上がる生徒たちの間に割入った。


「俺の顔は毎日見れてるだろ」


「うーん……ギルバートはもう日常の一部っていうか……」


「ありがたみがない」


 ギルバートは生徒の一人の頭を叩いた。

 爆笑の渦に巻き込まれて、ルチアはたじろいた。

 ギルバートとフロラント人の生徒たちが思いの外打ち解けて、〈ただの友だち〉として親交を深めていることに驚きながらも、本当に楽しそうな皆を見て、じわじわと嬉しさが湧くのを感じた。


 ルチアが、香水と石鹸を手渡すと、皆とても喜び、涙ぐむ者さえいた。


「ラベンダーだ……!」


「懐かしい……夏の畑の匂いがする」


「ありがとうございます、ルチア様!」


 ルチアは一人一人の部屋を見て回った。

 一人一人の話を聴きながら、今のフロラントの様子などを話した。

 部屋は綺麗に片付けられ、窓からは港湾の海が見えた。

 それは、ともすればシャマイリーの修道院の窓から見た海に見えなくもない、不思議な風景だった。


 遠くにある、穏やかな、しかしいつまでも動き続ける、無限の海。

 それは故郷につながる青い道である。


(少し国を離れているだけの私でさえこんなにフロラントのことを思い出すのだから、この方たちはどんなに故郷のことを思うのか……計り知れない……)


 ルチアは最後までついてきたギルバートとともに、寮門の前で、セマリク寮の生徒たちと別れた。


 振り返っても振り返っても、生徒たちは、ルチアたちに手を振っていた。

 ルチアにはそれが、どうしようもなく切ない眺めに思えて、これが最後の出会いと別れであるかのように、何度も、何度でも、手を振りかえすことをやめられなかった。


 第三章:シュカ 終



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