継承と秩序
ルチアは絶句した。
フロラント大公の位は、長子のギルバートが継ぐはずだ。
継承法に基づけば、それが順当だからだ。
しかし、よく考えてみれば、普通、継嗣と定められた子が縁もゆかりもない外国の兵学校に入学するのを、大公が許すだろうか?
もともと、アンドレア大公の代は、例外づくし、初めて尽くしの代である。
ギルバートは言わずもがな、ルチアだって、都から遠く離れた地で、職人の見習いをしている。
子供を自由にさせ過ぎではないだろうか?
ルチアは今更ながらに、両親の自由主義的な教育方針を思いやった。
いとこたちをはじめとして、継承権を持つ親類縁者が数多くいるとはいえ、継承順位上位者がこのような状態では、示しがつかないと考える方が普通である。
「……お兄さまも、私も、自由に慣れすぎました」
ルチアは息を吐くように呟いた。
「そうだな」
「……そろそろ、立ち戻るときなのでしょうか」
「何に?」
「……秩序に」
ルチアはベッドの端に座り、中空を見た。
「過去を思い、未来を思うのであれば、これ以上自由にはできません……」
「そうか?」
「そうだよ」
「秩序は位の継承だけか?」
「え?」
ルチアはギルバートを見た。
ギルバートは頭の後ろで腕を組み、靴を履いた足をベッドの上に置いて、先程のルチアのように、中空を見ている。
「俺は軍隊、おまえは職人組合、それぞれ別の秩序に与しているだけじゃないのか?」
「そ、それでも、それは、位の継承を放棄する理由にはなりません」
「それはそうだ。
だが、俺たちに才がなかったらどうする」
「才……?」
「国を治める才だ。
父上ほど、国を治める才がなかったら?
父上のように、結婚で妻という才を身内に取り込むのも策だろう。
しかし、才を見つけ、取り込めるかどうかも、また才の如何によると、俺は思う」
ルチアは押し黙った。
自分に父ほどの才があるだろうか?
直感的に、ない、と思う。
父ほどに、国を治め、民の支持を得、外国と親交を深め、ときに取り引きする。
そのような才は、自分にはない。
しかし、自分は父の子であるのだから、父の代まで続けられてきたことは、自分にも続けられるはずだと、これまた直感的に思うのも、また事実である。
それに、太古の昔ならいざ知らず、今は何を決めるにも議会を招集しなくてはならない。
王が全てを差配する時代はとうの昔に終わっているのだ。
何より、できるかどうかより、「やらねばならない」のが、〈王〉という存在なのではないか?
ルチアはぐるぐると考えた。
ギルバートにやる気がないのなら、それはもうしょうがない。
ギルバートが大公にならないのだとしたら、妹である自分は、都に、マルセル城に戻って、大公になる準備をした方がいいのだろうか。
ギルバートが足を組み替えたので、ベッドが揺れた。
ルチアはギルバートをうかがった。
「俺に才があるか、おまえに才があるか、それは大公になってみないとわからない。
だから俺はおまえが大公の位に就くというのであればそれは止めないし、職人になるというのであればそれも止めない。
ただ、俺は常々思っていたんだが、王の器とはなんだろう?
器とはつまり、才能だと思う。
才能があれば、それがすなわち資格である、とな。
しかし、王の位は血によって継承される。
才能は、血によって継承されるのか?
血によって継承されるなら、世に暗君など存在しないはずではないか?」
ルチアは黙ってギルバートを見ていたが、思い出したように周りを見た。
キャシディは窓から外を、ブリッジは開け放たれた扉の向こうの廊下を見張っており、メノワだけがルチアとギルバートを見ていた。
三人とも二人の話す言葉は聞こえているだろうが、それに反応することはない。
話しかけられたこと以外のことはすべて忘れるのは使用人の義務であるからだ。
ルチアはこちらを見ていながら見ていない、不思議な状態にあるメノワを見て、使用人の才について考えた。
使用人にも使用人の才というものがあるはずだ。
メノワは、漁師の子からベルミオン随一の武装女官にまでなった。
シャマイリーで、使用人として働くために都に出たものの、長続きせず田舎に帰ってきた者があるという話を聞いたことがある。
誰でも王になれるわけではないのと同じで、誰でも使用人になれるわけではないのである。
しかし、使用人の子が商人として財を成したという話も、聞いたことがある。
その使用人には、商人の才はなかったのだろうか?
それとも、商人の才はあったが本人はそれとは気づかず、ひそかに子に引き継がれた才が、運良く目覚めたというだけなのであろうか?
ルチア自身、無謀にも、王の娘から香水職人になろうとしている。
これは、おのれの才を無視していることになるのだろうか。
それとも、まだ見ぬおのれの才に賭けようとしている、無謀な行為なのだろうか。
ルチアはベッドに横たわった。
ギルバートのベッドは、ルチアのシャマイリーでのベッドより、フカフカしている。
才能。
そうなってみなければ、あるかないかもわからない、この不思議なもの。
思えばルチアはこれに振り回されている。
香水職人になる才能があるかないかもわからず悩まされ、今度は王たる者の才能があるかないかに悩まされている。
ルチアは横を向き、ギルバートを見た。
ギルバートもルチアの視線に気づき、ルチアを見た。
ギルバートは、才能の有無に悩まされることはないのだろうか。
「……お兄さまは、ご自分に軍人の才能がおありだと思いますか?」




