魔術
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魔術の時代はまもなく終わる。
どんな国の民衆も、うっすらとではあるがそう理解している。
そして大方の民衆が、そうなることを期待している。
科学の進歩は、それほどまでに人間の物の見方を変えた。
生き物である限りは、多かれ少なかれ、その身に魔力を帯びている。
生き物である限り、魔力の影響から逃れることはできない。
全ての人間は魔力を持つが、それを顕現させ、意のままに操る〈魔術因子〉が発現するのはわずかなので、魔法使い──魔術師は希少である。
そんな科学による分析さえ、いまだに仮説の域をでていないのだが。
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魔術はそれを使う人間に依存する。
そのため再現性にムラがあり、結果は常に同じではない。
魔術師たちはその希少性も相まって──そしてその希少性がゆえに、差別と偏見の憂き目に遭ってきた。
言葉なき太古の世から存在し、起源さえ分からない魔術。
魔術の才無き天才たちが魔術を再現しようと始めた科学。
香具師や山師が黄金と香料を手に入れるために科学を応用して始めた錬金術。
錬金術は魔術を取り入れ発展していったが、限界は思いの外近くにあり、錬金術はもはや、科学に還元されていく中途にある。
魔術は錬金術に、錬金術は科学に吸収されようとしているが、神秘のベールはいまだ存在する。
魔術も魔術師も、この世界では必要とされている。
しかし、科学は錬金術という触媒を得たことによって格段に進歩をはやめ、今まさに魔術を解明しようという域にまできている。
魔術が消え去るときは近い。
誰もが皆、そう考えている。
とうの魔術師でさえも。
──いや、とうの魔術師こそが、誰よりもそれを望んでいるのかもしれない。
魔術が、魔力が、この世から完全に消え去る、そのときを。
***
「すごいもんでしょう、お姫様」
ルチアはハッとして振り返った。
そこには出港前に話をした、この船の船長がいた。
「魔力輸送船てヤツですよ」
「……ええ、ものすごい大きさでした」
「あれだけ動かすのに、魔術師何人使っているのやら」
「分からないのですか?」
「大体は予想できますけどね。
まちまちですよ。
少なくて一人──これはあり得ないか。多くて十人てとこですね」
「あんまり多くても、動けないそうですね」
メノワが船長に話を合わせると、船長はうなずいた。
「複数人で一つの魔術を行うってのが、結構難しいことらしいです。
きょうだいの魔術師とか、親子の魔術師、夫婦の魔術師なんかは成功率が高いってききますけどね」
「それも人によるでしょうね」
「人によるでしょうなあ……仲の悪いきょうだいはとことん仲が悪いのが世の常だ」
「うーん……たしかに……」
ルチアがギルバートと考えを合わせろと言われても、多分無理である。
二人は互いに合わせるということが苦手だ。
不思議なことに、合わせるのが他人だとそうでもない。
きょうだいだからこそ、しっくりいかないということもあるのだろう。
ルチアとギルバートにあり得るとしたら、二人同時に明後日のことを考えて、それが偶然一致するという場合だ。
そういうときに限って、二人の考えは同調してしまう。
「ところで、あの船は何を運ぶ船だったのでしょう」
ルチアは船長の方を向いてたずねた。
「ルアンダニ諸島から、椰子の実の油を運ぶ船ですよ」
「まあ、……あれが、そうだったのですね」
ルチアは輸送船を見送った。
輸送船はまるで海上に浮かぶ奇怪な幻のようである。
「ご存知ですか」
「石鹸を作るんですよね。
安価で使いやすいものを、大量に作るためには、ルアンダニの大量のパーム油が一番いい」
「おお、よくご存知で! パーム油の石鹸は私たちもよく使います。あれは油汚れがよく落ちる」
「そうですねえ……」
ルチアは、フロラントの各地で栽培されているオリーブのことを思った。
オリーブもまた、油が採取できる。
そのオリーブ油を使って石鹸を作るのも、アルチルド修道院の管理下で行われている事業の一つである。
ルチアは水平線を眺めた。
あの不思議な岩のような船の中に、一体どれほど大量のパーム油が集積されているのだろうか。
今まで、パーム油の隆盛とオリーブ油の収穫量を読み取ったとしても、それは文字の上でのこと、数字の上でのことだった。
しかし、あの船の巨大さを見た後では、オリーブにあれだけの量の油を望むのは厳しいと感じる。
これからの時代、オリーブの石鹸はいつまでもパームの石鹸と競り合うことができるだろうか。
「ルチア様」
メノワに名を呼ばれ、ルチアは顔を上げた。
「船室に戻りましょう」
「うん」
ルチアはメノワの前に立ち、甲板を歩いた。
船室に降りる直前、振り返って水平線を見た。
海の果てには、すでに魔力輸送船の姿はなかった。




