皇子の事情
プティングを半分ほど食べたころ、ルチアはふと思い立って、ギルバートにたずねた。
「サマル様は、なぜベルミオンのお披露目舞踏会に? 初拝謁にも出られたのですよね?」
ギルバートはカップを紅茶を飲み干した。
お代わりを自分で注ぎながら、ルチアの疑問に答える。
「サマル様は初拝謁にも参られた。おまえたちと同じ立場で。
拝謁した理由はともかく、舞踏会に参加した理由は社交のためだろう。
ベルミオンの社交界でコネを作るのには、舞踏会に出るのが手っ取り早いからな。
しかし、特別な理由はないのかもしれん。
シュカの皇帝陛下は寛大であらせられる」
ルチアはサマルの洒脱な雰囲気と、魅力的な笑顔を思い出した。
サマルは自分たち家族が一族の中で弱い立場にあるような物言いをしていた。
シュカでの立場が危うい分、ベルミオンでの足場を構築しておきたいのだろうか?
初めて会った外国人のルチアたちにどれほど内情を話すかは推して知るべしだが、サマルの言ったことにさしたる嘘はないように思われた。
領地を持たない貴族の立場は、概して危うい。
「サマル様は厳しい立場におられるのでしょうか」
「そうでもない。
サマル様の姉君であるムアキ様は、シュカの傘下にあるティアムテ王国の、第一王子の婚約者でいらっしゃる。
第一王子は王弟殿下だが、王の継嗣は王弟殿下かその血を継ぐ者が担われるのではないかともっぱらの噂だ。
ムアキ様は未来の王妃、サマル様はその弟君、というわけだ。
もちろん、王妃の血族だからといって強い権力が与えられるわけではないが、お取り潰しはまずなくなった。
それほど立場が悪いわけではない」
ルチアはひとまずの安堵を得た。
今年で四十五になるというシュカの皇帝は、身内に対しても容赦がなく、ゆえあれば苛烈な処断も辞さないという。
その判断によりお取り潰しの憂き目にあった家は少なからず、遠くフロラントの地にまで沙汰が伝わってきたほどである。
民衆からの支持は厚いので、横暴ではないのだろうが、「寛大」と言い切れるほど、単純な性格ではないのは確かだ。
そんな皇帝の下で日夜生活するサマルは、一体どんな気持ちでいるのだろう。
あの優雅な立ち振る舞い、快活な話ぶりに、かげりのようなものは見受けられなかった。
そのことが、ルチアにとってはいっそう恐ろしいことのように思える。
頼りも少ない中、ひとり外国に赴き、社交に励む若い皇子。
プティングに再びスプーンを入れながら、ルチアはギルバートをうかがった。
ギルバートは何を考えているのかいまいちわからない目でルチアがプティングを掬うところを眺めている。
「まあ、考えといてくれ」
「はい。考えておきます」
「あと食いながら俺を睨むな」
「んぐ、……はい……」
ルチアがプティングを食べ終え、二人は食卓を立った。
それぞれ部屋に戻り、荷造りをして、ぼちぼちフロラントへ帰らなくてはならない。
だというのに、ギルバートはルチアの部屋に入ってきて、革張りのソファーに座り、肘置きに足を乗っけて、悠々と寝転んでしまった。
「お兄さま、自分の荷造りなさったら?」
「終わった」
「え……はや……」
「最初から納めやすい物を、納めやすい形で持ってきたらいいんだ」
こういう要領の良さが、ルチアとギルバートの最大の違いかもしれない。
ルチアは何かにつけて練習が必要だし、本番になっても緊張しいで、上手くいくことの方が少ない。
ルチアはぶすくれてペティコートを畳み始めた。
「どうせ私は不器用ですよ」
「不器用なヤツに農業はできん」
「それはそうだけど……!」
ギルバートは姿勢を変えた。
手を頭の後ろにやり、畳んだ服をトランクに並べるルチアの後ろ姿を眺める。
「そうだ、変な期待しないように言っとくがな、」
ギルバートは身体を起こしもせずに言い添えた。
「ユーリク・イル・アルマディロフは婚約してるぞ」
「……え」
ルチアはギルバートを凝視した。
視線など、なんの威力もないとばかりに、ギルバートはルチアを見つめ返した。
「やっぱり知らなかったか」
「婚約? してるのですか?」
「だからそう言ってるだろ。
お相手はロストニエ家のメリナ嬢。
年上。
……おまえも社交界デビューしたんならこれくらいの情報交換はしてもらえよ」
「……交換に応じてもらえる情報がありません」
「美貌の兄の個人情報があるだろ」
「自分の情報を妹に売らせないで」
ルチアは服を畳み、広げ、また畳んだ。
動揺しているな、とギルバートは思った。
「うっすら期待してたのか」
「え? してません」
期待していないと言いつつ。
ルチアはユーリクを思い返さずにはいられなかった。
浅い茶色の、優しい瞳。
エスコートの端々から感じられる、懐の深さ。
……あの慈愛の表情は本当に慈愛であって、それは愛というより慈悲だったのだ。
「まあいい男だったよな。ちょっと話しただけでわかったよ」
「話したの⁉︎」
「妹が踊ってもらったんだ。礼くらい言うだろ」
「最悪! 絶対変なこと言った!」
「ははは」
「否定してよ!」
ルチアはトランクを閉めた。
乱暴にしたつもりはなかったが、トランクの金具が悲しげに、小さく悲鳴を上げたのを聴いた。
幕間:いざない 終




