どんな匂い
「そういうのじゃなくて、もっとしゃれた匂いがいい」
「洒落た匂い……」
ルチアはひざの上で指を組んだまま、「洒落た匂い」のことを考えた。
夜会につけていくような、流行りの香りということだろうか。
貴重な動物性の香料や舶来の香料を使った香り……それとも、匂いの構成が複雑で、容易に真似できない香りということだろうか。
ルチアがたずねる前に、ユリウスが口を開いた。
「……そなたは初拝謁のとき、匂い手袋をつけておっただろう」
「あ……はい」
「あの匂いみたいな、いろんな良い匂いが混ざった、しゃれた香水がほしい」
「なるほど……」
たしかに、あの匂い手袋の香りは複雑な構成で、この世に二つと同じものはない。
初拝謁用に特別にこしらえたもので、めったに嗅ぐ機会もない。
はじめてあの匂い手袋の香りを嗅いだ者は、嗅ぎなれぬがゆえに、「めずらしい」「洒落ている」と感じるかもしれない。
ルチアは一旦席を立ち、初拝謁のときに使った匂い手袋を持って、応接間に戻った。
「良い匂いだと思われたのは、この匂いで間違いありませんか」
ユリウスは手袋に顔を近づけて匂いを嗅ぎ、うなずいた。
「この匂いだ」
「恐れ入ります」
ルチアは手袋をケースにしまおうとした。
そのとき、ユリウスがジッと視線を注いでいることに気づき、視線を上げた。
「いかがしましたか」
「……その手袋は、もうつけないのか?」
「これは初拝謁のためにあつらえたものでございますから、初拝謁においてのみ着用いたします」
「香りもそうなのか?」
「左様でございます。手袋に浸透させた香りも、初拝謁のためだけに作った香りでございます。初拝謁より他の日には、この手袋が人の手にはめられることはありません」
「そうか……」
ユリウスは顔をそむけ、紅茶を口をつけた。
その横顔には手袋が日の目を見ないことを残念に思う気持ちが、にじみ出ているように、ルチアには思われた。
が、ユリウスは表情に乏しく、感情が読みづらいので、これはルチアの思い込みだったかもしれない。
「では、この匂い手袋の香りを参考にして、いくつか試作品をご用意いたします」
「待て」
「はい」
「自分で作ってみたい」
ルチアはユリウスの目をうかがった。
「……ご自分で?」
「そう。私が、自分で、香水を作るのだ。
香水というのは、原材料を自分で選んで、アルコールに混ぜて作るのだろう?
それをやってみたい」
「……承知しました」
ルチアは汗がにじむような感覚を覚えた。
いみじくもベルミオンの皇子、本当に手ずから香水を作りたがっているとは思っていなかった。
せいぜいこちらが用意したサンプルの中から気に入った物を選ぶ、くらいの意欲だろうと見積もっていたのは、間違いだったらしい。
わざわざシャマイリーまでお見えになるのには、ちゃんとした理由があったのだ。
これは単純な接待ではない。
皇族への節度ある接待に加えて、初歩的な調香のレッスンも行わなくてはならない。
ルチアはアンドレアとダリルをうかがった。
二人はルチアの視線に気づくと、静かに微笑んだ。
その目にはルチアへの優しさと、信頼がたたえられている。
ルチアならなせると、信じているのだ。
ルチアは再度、深呼吸をした。
断る理由はない。
なら、やるしかない。
ルチアはあらためてユリウスに向き直った。
「ユリウス様のご所望、しかと承りました。
このルチア・イル・フロラントがユリウス様の香水作りをお助けいたします」
「うん」
ユリウスは鷹揚にうなずいた。
「よろしく頼むぞ……、」
「ルチアとお呼びください」
「ルチア殿」
「恐れ入ります」
ルチアは立ち上がって再度お辞儀をした。
「シャマイリーまでの道行きは馬車で参ります。なにとぞ、ご準備のほどを」




