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薫る国の公女  作者: よこうみ
第二章:皇子
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どんな匂い


「そういうのじゃなくて、もっとしゃれた匂いがいい」


洒落(しゃれ)た匂い……」


 ルチアはひざの上で指を組んだまま、「洒落た匂い」のことを考えた。

 夜会につけていくような、流行りの香りということだろうか。

 貴重な動物性の香料や舶来の香料を使った香り……それとも、匂いの構成が複雑で、容易に真似できない香りということだろうか。

 ルチアがたずねる前に、ユリウスが口を開いた。

 

「……そなたは初拝謁のとき、匂い手袋をつけておっただろう」


「あ……はい」


「あの匂いみたいな、いろんな良い匂いが混ざった、しゃれた香水がほしい」


「なるほど……」


 たしかに、あの匂い手袋の香りは複雑な構成で、この世に二つと同じものはない。

 初拝謁用に特別にこしらえたもので、めったに嗅ぐ機会もない。

 はじめてあの匂い手袋の香りを嗅いだ者は、嗅ぎなれぬがゆえに、「めずらしい」「洒落ている」と感じるかもしれない。


 ルチアは一旦席を立ち、初拝謁のときに使った匂い手袋を持って、応接間に戻った。


「良い匂いだと思われたのは、この匂いで間違いありませんか」


 ユリウスは手袋に顔を近づけて匂いを嗅ぎ、うなずいた。


「この匂いだ」


「恐れ入ります」


 ルチアは手袋をケースにしまおうとした。

 そのとき、ユリウスがジッと視線を注いでいることに気づき、視線を上げた。


「いかがしましたか」


「……その手袋は、もうつけないのか?」


「これは初拝謁のためにあつらえたものでございますから、初拝謁においてのみ着用いたします」


「香りもそうなのか?」


「左様でございます。手袋に浸透させた香りも、初拝謁のためだけに作った香りでございます。初拝謁より他の日には、この手袋が人の手にはめられることはありません」


「そうか……」


 ユリウスは顔をそむけ、紅茶を口をつけた。

 その横顔には手袋が日の目を見ないことを残念に思う気持ちが、にじみ出ているように、ルチアには思われた。

 が、ユリウスは表情に乏しく、感情が読みづらいので、これはルチアの思い込みだったかもしれない。


「では、この匂い手袋の香りを参考にして、いくつか試作品をご用意いたします」


「待て」


「はい」


「自分で作ってみたい」


 ルチアはユリウスの目をうかがった。


「……ご自分で?」


「そう。私が、自分で、香水を作るのだ。

 香水というのは、原材料を自分で選んで、アルコールに混ぜて作るのだろう?

 それをやってみたい」


「……承知しました」


 ルチアは汗がにじむような感覚を覚えた。

 いみじくもベルミオンの皇子、本当に手ずから香水を作りたがっているとは思っていなかった。

 せいぜいこちらが用意したサンプルの中から気に入った物を選ぶ、くらいの意欲だろうと見積もっていたのは、間違いだったらしい。

 わざわざシャマイリーまでお見えになるのには、ちゃんとした理由があったのだ。

 これは単純な接待ではない。

 皇族への節度ある接待に加えて、初歩的な調香のレッスンも行わなくてはならない。


 ルチアはアンドレアとダリルをうかがった。

 二人はルチアの視線に気づくと、静かに微笑んだ。

 その目にはルチアへの優しさと、信頼がたたえられている。

 ルチアならなせると、信じているのだ。


 ルチアは再度、深呼吸をした。

 断る理由はない。

 なら、やるしかない。


 ルチアはあらためてユリウスに向き直った。


「ユリウス様のご所望、しかと承りました。

 このルチア・イル・フロラントがユリウス様の香水作りをお助けいたします」


「うん」


 ユリウスは鷹揚(おうよう)にうなずいた。


「よろしく頼むぞ……、」


「ルチアとお呼びください」


「ルチア殿」


「恐れ入ります」


 ルチアは立ち上がって再度お辞儀をした。


「シャマイリーまでの道行きは馬車で参ります。なにとぞ、ご準備のほどを」


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