救済
青の王国の軍基地王都本部にあるインフォメーションルームにて。そこでは王国各地から急性を要する通報の電話が引っきりなしに鳴っていた。どれもすべてが異形生命体の出没に関してである。
今頃世界を見る目において、最終決戦が行われているようだが、まさにコインストがそれを阻止するかのように。抗うかのようにして、大量のバケモノを王国――否、世界中にばらまいているようだった。
そのインフォメーションルームでは人手が足りないため、民間から臨時で雇ったりして電話の対応をしていた。
軍人の三分の一を世界を見る目へ、残りのほとんどを国中へと派遣している上、完全な人手不足。民兵をこれ以上召集できそうにもない。そうだとしても、国王エブラハムは世界を見る目に行っている。自分たちも動かなければ、として彼の元三銃士軍団員たちも民を守るために動いていた。
そんな中、王城にはエレノアが一人いた。彼女は未だとしてこちらに帰ってこていない息子と孫たちの帰りを待ち詫びている。留守を任された。自分がいなければ、この城はもぬけの殻であろう。
「えっ、エレノア様!」
慌てたようにして、城の衛兵がやって来る。
「王都中に異形生命体が! やつら、こちらの方へと向かってきているようであります!」
「何だって?」
逃げ惑う王都の町の者たち。そこへと建物や道路を破壊尽くそうとするのが異形なるバケモノ。
「城のことよりも、貴様たちも下に行って戦うんだ!」
エレノアはそう決意すると、部屋に立てかけておいた用心用の槍を取り出した。そして、そのまま城下町へと向かおうとする彼女に衛兵は止めようとする。
「いくらなんでも、危険です!」
相手は弾丸すら跳ね返す強靭的な皮膚の持ち主。槍で戦おうなんて、以ての外。使えるのは最新精鋭の兵器であるが、それらのほとんどは最終決戦の地や国中へと持っていかれてしまっている。王都にある武器の在庫などほぼない状況なのだ。
国中が襲われているのだから、武器工場に至っても、閉鎖されているし――。
そうこうしていく内に外から悲鳴と怒号が聞こえてきた。
「貴様、私たちも戦わずして誰がこの国を守るんだね!? 国が国と戦えぬ国民を守るのは当然だろう!? 私はエレノア・ライアン・シャーロット・ヒューイット、この王国の一人の国民さね!」
止めようとする衛兵を退かして城内放送をかけるために放送室へと赴いた。放送スイッチが入る。
《城内にいる使用人たちよ、この城の留守は任せた! 私は外へ行って戦う! もし、志願する者がいるならば、大至急城門入口へと来なっ!!》
これでどれだけの人数が集まるかはわからない。だが、仮に独りであろうとも戦わねばならないのだ。この国のために、この世界のために、子どもたちのために。世界にまだチャンスはある。ここで世界の終わりを傍観しているくらいならば、老いぼれた体でも抗うしかない。立ち上がれ、青の民よ。いざ、己の心に眠る闘志を燃やせ。
城門入口の方へと向かうと、そこには放送を聞いた使用人たち及び、衛兵たちが列を成して到着を待ち侘びていた。だが、そうであってもほとんどの者たちは戦うとは頭で考えていても、顔には怯えようが見えていた。
「エレノア様、『城内にいる者たち』全員が揃っております! どうぞ、ご指示を!」
予想以上の人数に驚きながらも、エレノアは鼻で笑った。
「それならば――」
自分の言葉だけでここまで集まってくれるならば、その命は無駄死にはさせたくもない。そう彼らのことを思っているからこそ、エレノアは――。
「全員、避難場所に困っている国民をこの城に保護するように動きな!!」
戦う意欲の国民はいたとしても、そうではない者も存在するのは事実。それを否定してはならない。だからこそ、エレノアは戦うことを一度取り下げて、そちらを優先することを考えた。まだ諦めていない者たちだっている。そうだとするならば、本当にこの老いぼれが戦わねばならないときに立ち上がらねばならぬ、と。
その言葉に誰もが散り散りになって動き始めた。それに納得したようにして、エレノアは危険地帯と化してしまった城下町へと、付き添いの者と共に足を進めるのだった。
戦えぬ王国民を助けるために。
――あの子たちはしっかりと戦えているかね?
◆
同時刻、弥終集落にある隠れカムラ教の礼拝堂にて。ミスミと数人の者たちは必死になって祈りを捧げていた。それはこの世界を終わらせようと目論む世界改変者を戦友軍たちが倒してくれることの祈りである。
自分たちにできるのは祈ることくらい。ここら周辺はほとんどが戦えない者たちばかりである。それ故あっての行動なのだ。世界改変者と戦うならば、カムラは復活していなければならない。三度目の正直の戦いを祈らねばならぬ。
一度目は人々の仲を嫉妬したキイ神に破られ。二度目は世界を手中に治めていたキイ神から再び取り戻そうとして破られ。
もうそのようなことがあってはならない。次に負けたときが世界の終わりだから。
「カムラ様っ……!」
熱心に祈りを捧げていると、一人の集落の者が慌てた様子で「区長!」とやって来る。
「た、大変です! 集落の近くに異形生命体が!!」
こんな辺鄙的な土地にも現れてきたか、バケモノめ。
「ここら周辺の住人たちをこっちに避難させるんだ! もう隠れカムラ教と言っている場合じゃない!!」
先人たちの教えを無視することはその教えすらも否定することと同じである。だが、そのようなことを上辺で語っている場合ではない。人の命の重さはケイとターネラを見て十分にわかったから。また天秤に乗せていると、取り返しのつかないことになると学んだから。
こちらへと足を踏み入れてきて、あの過去の歯車を奪った少年を思い出す。
――あの少年……。
代々先祖から伝わってきたカムラ復活の際に伝えねばならぬ言葉があるのに、まだ目覚めぬか。
ミスミは上を見上げた。
「カムラ様……」
戦友軍は戦っているのに、一向に目覚める気配は見当たらない。
隠れカムラ教典の一節にあるのだ。
『友として戦う者が立ち上がるとき、世界の終焉が訪れようとするとき、カムラは目を覚ますだろう。神々しい光を身にまとい、三度の戦いに立ち向かうだろう。その戦いこそが、世界の果てを止めるための戦いである』
それだからこそ、自分たちが思うこと。この世は混沌とし始めてきている。それを抑えるために、信じる者を救うためにカムラが目を覚まさなければ――。
「名なしはもう戦っておりますよ」
背後からそう誰かが言った。それに対して「誰だ、変なことを言っているのは!」と祈っていた一人が怒声を上げる。
当然、ミスミもあまりいい顔をせずして後ろを振り返るのだが、そこにいたのは光る石像。これにはその場にいた誰もが腰を抜かすようにして目を見開いていた。
「なっ、い、石!?」
「カムラが目覚めなくとも、名なしがおります。彼こそが世界改変者と対を為す存在」
「だ、誰なんだ?」
石像から声が出ているのだろうか。若い男性ような声が聞こえていた。
「私はあなた方が想う『誰か』とでも言っておきましょうか」
まさかとは思いたい。
「そ、それよりも、カムラ様が目覚めなくてもって……『世界の果て』を止めるための戦いはカムラ様とキイの戦いじゃないのか?」
「それはあなた方がそう思うのであれば、そうなのでしょう」
その曖昧な答えに誰もが首を捻り出す。
「信じるということを知れるのは己の心だけです。その信じた物は嘘でもなければ、本当でもないのです。それはただの人の想いでもあります」
光る石像は僅かながらも微笑んでいる気がした。茫然と見尽くしたようにそれを見るミスミたちに言葉を続ける。
「そして、今のあなた方に必要なのはカムラの目覚めを待つよりもやるべきことがあります。ここで祈るばかりでは、世界が助かるはずはありません」
「しかし、やることとは一体?」
「名なしにすべてを伝えなさい。教えてあげなさい」
すべて伝える? それはもしかして先祖代々に伝わるあの手記だろうか。あの手記はカムラが目を覚ますときに伝えなければならないもの。
『世界改変者は――』
◆
完全に内部がわからない建物に閉じ込められてしまった、とメアリーは不安ながらも唯一行ける場所である階段をセロと上っていた。入口は落下物によって封鎖、ケイたちが行ってしまった場所も開かなかった。
戦友軍たちの者はメアリーが危険に及ばないようにと先に階段を上っていってしまっている。
これでいいのだろうかとほんの少しだけ不満になる。今、自分がここにいるのは王女としているわけではない。戦友軍としているのだ。それはエブラハムにも言える。彼もまた突入ルートこそは違えども、戦おうとしているのだから。
「…………」
安全のためにと渡されたのは細身の剣、『よく斬れる君』。本当は自分よりももっと相応しい人が持つべきなのに、どうしてなのだろう。隣を歩くセロも同じよく斬れる君を装備していた。
「どうかしたのか?」
メアリーの表情に気付いたのだろう。セロが声をかけてきてくれた。
「いえ、みなさんの気持ちは嬉しいんですが……」
【何も姫様が行かれることはないんですよ?】
突入前に言われたことが、気にかかっているのだろう。メアリーには戦う意志がある。それは誰かに流された意見ではない。彼女自身の本音なのである。そのことをセロは知っていた。
友として戦う。その思いのためにこの場へと足を踏んでいる。
「大丈夫だよ。ちゃんと言いたいこともわかるし、気持ちもわかる」
そう言ってくれるだけでも、とても嬉しいものである。
そう言えば、とセロの方を見た。
――私の気持ちをよく知ってくれている人だよね……。
【知っているよ、ライアンが好きな人】
旧灰の帝国の首都で再会したとき、助けてもらったときの言葉を思い出す。あの直後、また攫われてしまったから何も答えのような物を言えなかったが――。
「ライアンは誰かの気持ちを尊重しているからな。だからこそ、俺もお前の気持ちを敬いたい」
自分よりも他人を思う気持ち。メアリーにはそれがあるからこそ、自分は惚れた。叶わぬ恋だと思ってもなお、その優しさは誰よりも丁寧であるとも理解できている。
「そ、そんなことは……」
「いいや、そんなことあるさ。むしろ、自分を犠牲にして他人をわかろうとしてくれているから」
「それは貴様がそいつのことを知らないから言えるんだよ」
ようやく階段が終わって開きっぱなしの扉の奥へと足を進めたときだった。セロは自分の方へとメアリーを引き寄せた。その直後、彼女がいた足下に巨大な針が突き刺さる。思わずぞっとしてしまい、声源の方を目で追った。
そこにいたのは――我が目を疑った。床は血塗れ。部屋の中央には食い千切られた戦友軍の死体の山。その上には腕なしの仮面を着けた謎のバケモノ。人の形は一切成していない。仮面の下にある大きく裂けた口からは人の血が垂れていた。
「メアリー王女はカムラ」
この声、仮面――。
「カムラは人を唆す悪魔だ。現に貴様は騙されている。騙されている」
ケラケラと笑うバケモノ。首をグルグルと回して、こちらを舐め回すように見ていた。それをメアリーは誰なのか分かっていた。いや、わかりたくもなかった。
「ライアン、下がっていろ」
そこにいる異形生命体からは危険なにおいがしていると、セロは瞬時に感じる。これでも武装はしていたはずの戦友軍たち。彼らが全滅に至るまでのその存在だ。きっと、普通のあの怪物ではないことは重々承知した上で――。
「俺が相手をする」
戦わねばならぬ、眼前にいる敵を。
「そ、そんな……」
なぜにそうであるのか理由が知りたい。眼前にいる文通友達がそのような格好をしているのかを。そこにいる、この世に存在していない彼がなぜにいるのか、と。
そんなメアリーのことを気にせずして、よく斬れる君を構えるセロはじっと人を捨てた何かを睨みつけた。
【メアリー王女はカムラ】
この元人間はメアリーのことを知っていた者であるのは理解できる。知った上で、殺そうとしていたこともわかる。巨大な針が刺さった場所を横目で見た。バケモノの背中にはそれと同じような物が装備してある。おそらく、そこから発射するのだろうか。
ゆっくりと攻撃体勢へと入ろうとするセロをメアリーは止めた。
「待ってください」
その目は今にも泣きそうなくらい涙で潤んでいた。メアリーの涙目に気を取られていると、セロは何かの気配に気付いてその場を彼女と共に離れた。またあの巨大な針がその場に突き刺さっていた。いや、何も先ほどと同様に一回だけ投げつけてくるのではなかった。連続してきているのだ。
セロは危険を察知してメアリーを小脇に抱えて走り出した。
「ライアン、ちんたらしていたら埒が明かないっ!」
「ち、違います! そうじゃなくて――」
目の前に異形生命体の手だか、足だか――それらしき物がやって来る。慌ててよく斬れる君で受け止めるにも片手のせいで飛ばされてしまった。メアリーと離れ離れにされてしまう。それの仮面の先には彼女が映っていた。狙いはメアリー。
「ライアン、走れっ!!」
セロの合図に攻撃から逃れるようにして走り出した。巨大針の攻撃はやって来る、来る。すべてメアリーの方へと。自分に対しての敵意は一切ない。いや、見向きもされていない。彼女は平気なのか。
不安に思うセロは仮面の怪物の背後を取って叩き斬ろうとするも、こちらに顔らしき物を向けられた。無表情な仮面が気味悪い。
「ああ、カムラに騙されたお前もキイ様のご慈悲がいるなぁ」
異臭と血。
「ヴェフェハルさん!」
メアリーの叫びが聞こえたときは遅かった。よく斬れる君で受け止める力押し攻撃。人の腕力がそれに敵うはずもなく、また飛ばされてしまった。今度は壁に背中を強打したせいで、息が苦しく感じる。
「止めてっ!」
細身のよく斬れる君をそれの体に突き刺した。言うほどに力のないメアリーでも簡単に突き刺せるような頑丈な代物。流石は『よく斬れる君』。
それが煩わしいとでも思ったか、振り落とそうと暴れ回り始める。このままでは危険だ。仮面のバケモノは錯乱状態に陥っているようだ。呼吸の体勢が整わないこちらに対しても攻撃を仕掛けてきた。かろうじてながらも避け続ける。反撃はできない。その隙がないくらいのものなのだから。
ややあって、そのバケモノにしがみついている彼女が「止めてください!」とどちらに対して言ったのか。そう叫んだ。
「『皇子』、こんなことは――」
この異形生命体が元々誰であったかをメアリーは知っていた。仮面と声で――。
そう、これは元黒の皇国の皇子であったハイン。その発言にセロは驚愕した。いや、一番驚いて悲しんでいるのはメアリーの方である。
どうしてなのだろう。
必死にしがみついていたメアリーは振り落とされてしまった。上手く受け身を取ることができずに背中をぶつけていると――真上から足なのか、手なのかそれらしき平が迫ってくる。急いで避けた。今の彼女は丸腰状態。戦うことは不利。そう考えたセロは「こっちだ、この野郎!」と攻撃を仕向ける。すべての攻撃対象はこちらにしろ。彼女に近付くんじゃねぇ。そんな気迫がある。
先ほど、メアリーはこの怪物のことを『皇子』と呼んでいた。それならば、これはハイン皇子か。彼女の発言にセロはようやく気付く。
【待ってください】
そして、あの発言も――。
いや、助けたいという思いも、人の気持ちを組むということを蔑ろにする気は毛頭ないが、今は『目の前にいる異形生命体を倒さねばならない』のだ。話し合いで解決できる相手じゃない。それは病院に現れたバケモノにも言えた。
きっと、メアリーは死んだはずのハインを助けたがっている。傷付けないやり方で。もっとも、彼女らしいと言えばそうであるが、この怪物は人の話を聞くだろうか。否、聞かなそうである。メアリーのことをカムラ呼ばわり。こちらをカムラに唆された人間呼ばわり。キイ教でも隠れカムラ教徒でもない自分にとって少し腹立たしいと感じていた。
だとしても、この状況で分が悪いのは事実。セロはハインの隙をついてメアリーと共に物陰へと隠れ込んだ。そして、彼女に言い聞かせる。
「いいか、あいつはもう人間じゃない。倒さなくてはならない」
「そ、そんなの……」
「見ただろ? 特にお前に対しての殺意が異常なまでにある。できるならば、ライアンを守りながら戦いたいが……俺はもう昔みたいに動けるようなやつじゃない」
それも事実だった。
【同時侵攻防衛戦のとき以来からちっとばかりの後遺症もあるんだよな】
キリと戦うかとマックスに言われたときにそう言ったが、あの言葉は紛れもない本当である。機動性が著しく落ちてしまっているのだ。どこまでの実力であるかはわからないが、弱くなっていることは実感していた。だからこそ、メアリーが死に逝くところを見るわけにはいかない。そんな思いがあるセロであるが――。
「いいえ、私は自分のことは自分で致します」
メアリーはそれを断固拒否とした。あくまでもハインと話をするらしい。これにセロは憤慨した。
「そういう問題じゃねぇんだよっ!」
その思いは決して一国民が一国の王女の死を見たくないわけではない。一友人である自分が友人である彼女の死を見たくないのだ。事務的な思いじゃない、心の底から沸き上がってくる感情。何よりメアリーが死んで悲しむのは自分一人だけではないというころを、そこを知ってもらいたいのだ。
「相手は同じ言葉を話しても、絶対にお前の話は聞いてくれない」
「いいえ、それでも行きます」
行こうとするメアリーの腕をセロは掴んだ。絶対に行かせたくない、そんな思いが口からあふれ出てきそうなほど。
「死にたいのか? ライアンは」
「死にたくないですよ。でも――」
言い訳が利かないメアリーに歯噛みをすると――。
「だったら、行かないでくれ!」
声を荒げてしまった。セロは掴んでいた腕を強く握る。
「もう、嫌なんだよ」
思い出すは同時侵攻防衛戦。旧灰の帝国の首都での出来事。助けたかったはずなのに、助けられなかった。己の力不足。そこで見えた幻覚。本当は家に帰りたそうにしていたハイチ、兄に会いたくても会えないもどかしさのあまりに泣いてしまうハイネ。なぜだか被って見えてしまうのだ。全く似ていないのに。
もうハイチはハイネと会えない。それは自分も、そして彼女のことが好きなワイアットだって――。
誰かに会えなくなるという悲しさは心痛い。もう許されないほどの痛み。
少なくとも、最初は恋愛感情からだった。それでも、好きな人が他に好きな人がいるからと身を引いた。そうであっても、それはワイアット同様にまだ諦めていなかった。本当は心の隅っこで好きだと感じている自分がいるのは本当である。これも嘘ではない。好きな人を絶対的に守る自信がないからこそ――。
――目の前からいなくならないで欲しい。
遠くから微笑ましく見ているだけでもよかった。それだけでも関わりを持てる気がしていたから。
「私だって、そういう問題で動いていません」
初めて、好きだった子から睨まれるような視線を浴びる。
「ヴェフェハルさんが言っていることは重々理解しています」
「だったら――」
「だったら、私のことが好きであったならば、私の好きにさせてください!」
今度は今にも泣きそうな表情を見せてきた。
「……正直、私に対して思ってくださっている方たちの気持ちを全く知りませんでした。でも、その気持ちに答えることができなかった私は、その人たちの幸せを願いたいのです」
「なら――」
――俺の気持ちは?
なぜか言葉が詰まってしまう。メアリーの視線が発言を塞いでしまっているからである。
「ヴェフェハルさんとはいつでも会ってお話はできます。けれども、ハイン皇子はもう会えないんです。だからこそ、私は彼の幸せを報いて欲し――」
思わずメアリーの頬を叩いてしまった。乾いた音がその場に広がるようだ。彼女は茫然とこちらを見ている。
「……ライアンは誰かと会うことがその人にとって幸せだって思っているのか?」
「え?」
「俺はお前が死ぬのが怖いんだよっ!」
――同情心。
「あのとき見たハイネの泣き顔を見るみたいで……雪の日に見たハイチの悲しそうな顔を見ているみたいで……自分の心内が誰にも理解されないフォスレターの悔しそうな顔が重なってよぉ!!」
わかっていた。どうしてだか誰かの強い気持ちに同情をしていたら、その誰かがいなくなってしまっていたことを。だからなのだ。それだから、メアリーに同情したくなかった。彼女の想いは十分に同情し得る。それが一番の恐怖。
「もう周りで誰かがいなくなるのが嫌なんだよっ……!」
行かないで欲しい、同情するからいなくならないで欲しい。切実なる思いはセロの小さな声によって掻き消えてしまうよう。
「それならば、約束します」
その言葉にセロは顔を上げた。
「私は絶対にいなくなりません」
泣きそうになるセロに意思ある目を見せた。握っていた手を緩めて、離れる。メアリーはハインを瞥見すると、もう一度彼の方を見た。
「私は、ここで死に来たのではありません。友を助けるために戦いに来た……いえ、戦うためにいるのです!」
ハインは文通友達。ここで苦しむ彼を助けたい。安らかに眠っていたはずの彼がこのようなところで生き返らされた屍として、バケモノとして見ていたくなかった。キリが自分の想いを伝えるために助けてくれたこの命、自分もまた想いを伝えるがために助けたい。その一心で動くつもりだ。
「私はハイン皇子を助けたい!」
メアリーはそう言うと、物陰から飛び出てきた。その姿を捕えた異形生命体ことハインは仮面を向けると、早速殺しにかかる。殺意ある攻撃を軍人育成学校で培ってきた回避術で避け続ける彼女の目には恐怖心は一切ない。ずっと前に彼へと向けられていた怯えた目は全くなかった。
現在、メアリーが持っている物はポケットに入れていた一通の手紙のみ。要は丸腰の状態である。持っていた細身のよく斬れる君はハインの体に突き刺さったまま。痛感を感じていないのか、気にもしないのか取ろうなどは思っていないらしい。
「この世にカムラが存在するのはキイ様が許さない。許さない」
なんとかしてあの細剣を手に取れないだろうか。回避ばかりではきっと――。
腕のような、足のようなそれの薙ぎ払いを避けた先にはもう一本のそれが。
――あっ。
そう思ったときはもう遅い。次のコンマで動くにしろ、確実に当たるのだから。確実に避けられないのだから。
「させるかぁああああ!!」
それよりも速く、力強く。メアリーを庇うようにして彼女が持っていた細身の剣――よく斬れる君が勢いよく突き刺さる。薄暗いその場の照明でかろうじて青く輝くそれは動きを止めさせた。そこへとやって来た方を見ると、セロがいた。片手には同じ材質の剣が。
「ヴェ、ヴェフェハルさん……」
「言っただろ?」
ハインもセロの方に仮面を向けていた。
「ライアンは誰かの気持ちを尊重しているから、俺もお前の気持ちを敬いたいって」
そう、それはたとえ、自分を誘拐した者たちであろうとも。それならば、その思いにも応えてあげようではないか。『約束』をしたのであれば。
【私は絶対にいなくなりません】
この約束が守られるかどうかはさておき、メアリーがそう約束をしたのであれば、今度はこちらも約束をしよう。もしかしすると、そうすれば彼女がした約束は守られるはずだから。
「だから、俺はお前の戦いに全力でサポートさせてもらおう。……伝えに行ってこいっ!」
セロはそう言うと、動き始めた。それにつられるようにしてメアリー自身もこちらへと渡してきてくれたよく斬れる君を引き貫いて「ハイン皇子!」と声を出す。
どうか気付いて。この声よ、届け。
「私は、あなたに手紙を書きましたっ! これまでに十二通! 今は一通しかありませんが、読んでいただけないでしょうか!?」
メアリーはそう言うと、懐から薄いピンク色の封筒を取り出した。それをハインに差し出す。しかし、そうしたところで落ち着きを取り戻せるわけない。今ある記憶を辿って感情任せに動いているのに過ぎないのだから。
「うるさい、うるさいぃいいいい!!」
受け止めるハインの攻撃。セロも一緒に受け止めてくれた。片手だけではどうしようもなく、思わず封筒を握っていた方の手も使う。そのせいでグシャグシャになってしまった。
「今更、手紙書いたって遅いっ! 僕がどれだけ待ち侘びていた気も知れないで!」
あまりにも強い力に押し負けてしまい、二人は後方へと飛ばされてしまった。
「そこの者が言っていた、『誰かの気持ちを尊重している』……どこがそうだと言うのだ?」
あの日から毎日、毎日と書き綴っていた手紙。返事は一向に来ない。
【大臣、青の王国から手紙は来たか?】
【いえ、来ていないようですが】
来る日も来る日も大臣であるイダンにどれだけ訊ねたことか。もしかしたならば、途中で滞っているかもしれないと思って、国の郵便や王国の郵便関係事務所及び、出入国管理事務所に何度問い合わせたことか。
【それならば、今度私と文通しませんか?】
する気がないのであれば、どうしてあのような発言をしたのか。
【あなたとお手紙友達になりたかったのは本当です】
仮にそうだとしても、その答えはあまりにも遅過ぎた。だからこそ、恨む。キイ神のご慈悲があって死んだはずなのに。気がつけば、この場に独りいた。黒い軍服の者たちが来たときだって――。
【ひぃっ!? バケモノ!!】
顔を合わせた瞬間、攻撃を食らった。銃弾が体中に命中しているはずなのに、痛くも痒くもない。先ほどメアリーが剣を刺してきたのに、あの者が突き刺してきたのに――。
痛感がない。バケモノとはその通り。ここにいて気付いた。なぜにそうなったのか、答えは簡単。
「貴様などに恋心を抱いていた僕が頭おかしかったんだ!! カムラのせいで……カムラのせいでっ……!!」
ほら、こんなにも醜い人でなしになってしまった。姿形は明らかに人の形を成していないのはわかる。見えたから。視界の端に嫌と言うほど映るから。
キイ神とカムラ悪神は対立する存在。故にキイ神を崇めていたはずなのに、カムラ悪神へと思いを移り変えただけでこの仕打ち。キイ神は自分に慈悲など与えていない。苦痛しか与えなかったのだ。カムラ悪神の気を引こうとしたこと自体が間違いだった。己の欲望に溺れ、あの薄暗い牢獄に鎖でつないで――。
挙句の果てにどちらとも嫌われてしまった。特にキイ神は――。
「お前が僕を唆したからっ! あのとき、声さえかけなければ――!!」
今になって思い返せば、どうしてこちらを見てきていた? 何を思って自分を見ていた? こいつならば、騙されそうだとでも思ったから? どうしてあの美しい笑顔を仕向けてきた?
「ハイン皇子、あなたは死んでいるんですよ……」
押し飛ばされて、ゆっくりと起き上がるメアリーはそう言った。
それくらい知っている。だとしても、その言葉は受け止めがたい。死を受け入られることができないバケモノへと成り下がるこの苦悩が普通の成りをした者にわかるはずがない。
「お墓に投函したお手紙……読まれましたか?」
「死人が、屍がそんな物読むものかっ!!」
再度、メアリーに対して攻撃を仕掛けるが、それはセロが受け止めた。今度は吹き飛ばされないように、しっかりと下半身を固定するようにして。彼女を死なせるわけにはいかない。彼にはその思いがある。
目の前にいる文通友達を助けるために動こうとするメアリーの心に魅かれているから。彼女が考えていることに『同情』しているから。だから、今はその『同情』のために行動せねばならない。最良であると思える選択肢を探し出さなければいけない。
「退けっ!! 外国人がっ!!」
「誰が退くか!! いいから、さっさとライアンの手紙を読んでやれっ!!」
こめかみに青筋を立てるほどの力がいる。以前の首席と呼ばれるほどの機敏な動きは不可能にしろ、攻撃がどこへと向かって行くのかは見えていた。
「だから、そんなものは遅いって言っているだろうがっ!!」
ギシギシとよく斬れる君が軋んでいるようだった。異形生命体と対等に渡り合える武器なのに、負けそうな気がした。ここで負けていては元も子はない。せっかく想いを伝えてあげようとする子がいるのに。
更にハインは力を強めてくる。青色の刃から嫌な音が聞こえてくる。腕から、足から嫌な音が聞こえてきている。これがただの幻聴であって欲しい。手足に力が入らなくなっている気がしたから。
「死にさらせぇええええ!!」
メアリーの耳にすべてが壊れる音が聞こえるはずなのに、聞こえなかった。その場にはよく斬れる君の欠けた刃が散らかっている。セロは自分がいる場所よりも後ろの方に飛ばされてしまった。茫然と立ち尽くす彼女は何かに固定されたかのようにして、動かない。
様々な感情が頭の中に、心の中に流れ込んでくる。その中で一番の感情は『悔しさ』であった。だが、勝てないというものでもまない。自身の思いが届かない『悔しさ』がそこにあった。その己の力不足によってセロは――彼の方をようやく顔を向けると、彼は立ち上がることはできなかった。いや、動くことができないという言葉が正しいのかもしれない。
なぜならば、セロの左下腿はなくなっていたのだから。
その左足はいずこへ。あった、近くに落ちていた。メアリーがそちらの方へと視線を向けていると、ハインがそれを踏み潰した。
――嫌だ……。
「……ぐっ!」
苦痛に顔を歪めるセロ。切断された場所からは血があふれ出ている。自分の真上にはハインが。暗い影が見える。
「お前がいなければ、僕は死ななかったし、あの者も足を切断することはなかった」
すべてお前が悪い。
何もできない己が悔しい。学徒隊に入隊したときだって。
【別に姫様が入隊せずとも問題はないのですよ?】
【メアリーが学ぶことは私の元三銃士軍団員に任せるのだが……】
そういうのは嫌だった。自分の三銃士軍団員の者たちと一緒にいたかったから。お姫様だから。王族だから。特別扱いが嫌だった。別に自分が何をしたわけでもないのに。ただ、一国の王の娘として生まれただけなのに――。
だからこそ、すべてが『悔しい』。何もできないから歯噛みする。拳を強く握る。
「ライアン! お前だけでもっ……!」
本当に自分は何もできないのだろうか。ただ、次に空く玉座に座っているだけの者として一生を過ごせというのか。そんなの――。
――絶対に嫌だ。
自分だって、友を助けたい。救いたい。自分ができることをしたい。このまま、何も知らずして生きていくのは嫌だ。勝手に決めつけられるのは嫌だ。
メアリーの髪飾りである青色の花が光った。それに反応するかのようにして、床に散らばった刃の欠片も音が鳴り始めた。
友への思いは十分に知っているよ。そうどこかでライアンが言っている気がした。
細身の剣であるよく斬れる君をメアリーは構えた。それと共にハイン及び、セロにはとある幻覚が見えていた。彼女の姿がとある青年に見えたのだ。その人物は意志表示のある青き眼を見据えているよう。
友を守りたいからこそ。
「私はあなたを助けたい!!」
散乱した破片は大きな音を立てて、メアリーのしている髪飾りと同じような黒色の結晶の花を作り上げた。この花を作り上げた彼女と代償の花を作り上げたキリの心の思いは一緒だった。
友を助けたい。想いを伝えたい。
ハインがそのような格好をしているのはきっとつらいと思っていた。なりたくてなったわけじゃない、悲しい姿。一刻も早く解放をしてあげたい気持ちだった。
黒色の花はハインが身動き取れないようにして、突き刺していった。そこを固定していく。彼は全く動けない状態でいた。
友を救えなかった、助けられなかった先祖――ライアンの未練。自分はそうならないようにしたい。誰かを助けられたと誇りに思える人間になりたい。そう、本当の友達になりたいから――。
メアリーは仮面を斬った。そこから見えた痛々しい傷痕の顔。だが、彼女はなんとも思わない。別に恥ずかしいことではない。人の顔のどこがおかしいのだ。
「皇子」
そう呟くメアリーの頬には一筋の涙が。
「……ようやく、あなたと共通の話題ができたんですよ」
もう一度、ハインに見せたい。読んでもらいたい手紙がある。それはまだお墓に投函していない、彼自身に直接読んでもらいたいお話。きっと、共感できるだろうから。彼の気持ちが理解できたというような内容だから。
「め、あ……」
なぜに泣くのだろう。なぜに自分のために。
伸ばす異形なる手。そこへ、すっとメアリーは手を携えた。ハインの手にはしっかりと自分が書いた手紙入りの封筒を。
「私、あなたの気持ちがわかったかもしれません」
体がボロボロと崩れていく感覚に陥る。それはただの感覚ではなく、本当にハイン自身の異形なる体が崩れ落ちていっているのだった。彼はメアリーの方の崩れるようにして倒れてきた。彼女はそれをしっかりと受け止めたいが、青年を抱えられるほどの力はさほどないため――その場に座り込んでしまった。
「……王女……」
「私たちは文通をし合える友人であります。私のことはどうぞ、メアリーとお呼びください。私もあなたに友人としての敬意を込めてハインと呼ばせていただきますので……」
ハインより心拍音は聞こえてこない。それもそのはず。彼は死んでいるから。もうこうしてお話することもできないだろう。
メアリーがそう言うと、ハインは小さく笑った。ややあって「ねえ」と呼びかけてくる。
「……知っているかい、メアリー。友達っていうのは敬語を使わないんだよ」
それだけ言うと、ハインは力なく息絶えてしまう。握っていたはずの手紙は床に落ちてしまっていた。そこにあるのは黒色の花がキラキラと光っているだけ。
ようやく本当の友達になれた気がする。上辺だけじゃない。相手の気持ちを理解することができる、素敵な友人。
――待っていて。あなたに伝えたい、教えたいことがあり過ぎて。ああ、早く執筆したい。書いて、送りたい。
聞こえないハインにメアリーは口を開いた。
「ハイン、私もね……好きな人にフラれちゃった」
その死に顔は穏やかであった。
◆
ハインの亡骸をそっと床に置き、メアリーはセロの方へと駆け寄った。
「ヴェフェハルさん、足は――」
「止血はした。問題ないが、応援を呼ばないと俺たち動けそうにないな」
無線機の状況が悪い最中、どこにも連絡が着かない。そんな二人が困り果てていると――。
「姫様!」
ケイとヴィン、戦友軍十数名がこちらの方へとやって来た。この場の惨状を見て「お怪我は!?」と心配をする彼ら。
「か、彼らは……?」
食い千切られた死体の山にどこか見覚えのある者の亡骸。事情を訊ねた。二人はこれまでの経緯を話す。突入した戦友軍全員が亡くなってしまったことと、その原因は異形生命体に改造されたハインであったことを。
「これをヴェフェハルさんが?」
「いいや、俺は何もしてない。ライアンが皇子を助けたがっていたから、それのサポートをしただけ」
メアリーが異形生命体を倒したということに驚きを隠せない一行。だが、彼女は否定した。
「わ、私はヴェフェハルさんがいなければ、死んでいましたし」
決して独りで戦ったのではない。誰かがいたからこそ、こうして生き伸びていられるのである。話を聞いている内にヴィンは床の上に落ちている薄いピンク色の封筒を拾い上げた。そして、それの中身を――。
「…………」
「ざ、ザイツ君!?」
いつの間にかハインに書いていた手紙を開封されてしまっていることに気付いたメアリーはしどろもどろとした。ヴィンはヴィンで見てはいけない物を見てしまったなと罪悪感が来てはいるものの、面白いから。ある意味でレアな文書だから見るべきだという好奇心に負けてしまう。
「か、返してよぉ!」
流石のそれを見られたくないメアリー。当然だ。そこに執筆したのはキリにフラれてしまって悲しい、悔しいという愚痴のような物が書かれているのだから。
「いやぁ、すごいのを見ている気分!」
なんとなく事情を察したケイがヴィンの頭を叩いて手紙を取り返してあげた。実のところ、本当は彼も見たい気持ちはある。だが、ここは堪えるべきだと我慢をした。
「姫様をからかうな」
「いやいや。でも、ケイも知りたいんでしょ?」
「な、何を……お、俺は――」
返答、反論ができない。メアリーはじっと「そんなことはないよね」という視線を向けてくる。それが痛い。わかっているのに。
「ヴェフェハルさんはもちろん知っていますよねぇ?」
何も言えないケイに代わって、ヴィンはセロに訊いてくる。その場に座り込んでいる彼は――。
「まあな」
なんてほんの少しだけメアリーをからかう。というのも、さっきの発言を自分の目の前で言っているものだから、聞きたくなくても聞こえてしまっているのである。嫌でも聞こえるとはまさしくこのことだろう。
そうやって、ののほんと談笑をしていると、下の方から遅れてマックスたちがやって来た。どうやら古跡の村周辺は片付いたようであるが――。
「入口付近に待機していた戦友軍全員が――」
その事実に誰もが口を塞いだ。
今現在、入口付近は防衛隊の者たちが見張りをしていると言う。突撃隊として残っているのはこの場にいる者たちだけ。早くも戦力が一気にそぐわれてしまったのだ。
それでも、もうこのまま突き進むしかないのだ。多大なる被害状況に絶句しながらも、死者を悼みながらも――前へと進まなければならない。これ以上の最悪な事態を招かないためにも。
ガズトロキルスとマティルダにターネラ、ソフィア、フェリシアは戦いに負傷したセロや戦友軍たちを戦線離脱させるためにこの場から脱出することに。本当は彼らはメアリーも戦線離脱させるべきだと考えていたが――。
「私は戦います」
そう闘志を見せた。これを蔑ろにするわけにはいかない。自分たちが守るべきだと考えたその場に残るケイたちは新たに道を見つけるために歩を進めるのだった。
◆
一方で東側の入口に入ってすぐのホールでは、戦友軍対大量の異形生命体による大乱闘が行われていた。入口付近での接戦をするわけにも、中に突入して孤軍として戦うわけにもいかないため、そこをすべて砲口で塞いで火器攻撃をする他なかった。
なかなか突入ができない。そんな中、ラトウィッジのもとに連絡が入った。その相手は世界を見る目に向けて登山アタックしている者たちからである。
何事なのかと応答をする。
「何かあったか? どうぞ」
《総長さぁん》
どこぞで聞き覚えのある声――だが、この声は登山をしている者たちの声とはほど遠い、若々しい声。少年、青年くらいか。ラトウィッジは妙な胸騒ぎを覚えるようにして、周りを見渡した。自分の目に映るのは火器類を扱う戦友軍たち。突入はまだかとどこか不安にしているハイチとアイリ。そんな彼らの傍らには――キリ。
あの声は――。
――マッド!?
まさかとは思いたい。部下に登山組の今の情報位置を確認してもらった。予定より大幅に遅れた場所に点在している。いや、そこから一歩も動こうとしていないようだった。
《おぉい、聞こえてますかぁ?》
ラトウィッジの表情に焦りが見えた。それに気付いたキリは「どうされましたか?」と訊いてくる。その連絡に彼の声でも入ったのだろう。先ほどまで軽い口調から一変して重々しい口調へと変わった。
《おい、キリ》
自分の声であるから、当然キリは聞き覚えがあった。
「マッド!?」
《俺はマッドでもキリ・デベッガでもねぇよ。『ちーくん』だ》
「はぁ!?」
《キリ、早く雑魚どもを蹴散らして、俺のところへ来いよ。キリ・デベッガというお前の存在を闇に葬ってやるからよ》
マッド――『ちーくん』はキリに対してそう言うと、通信を切った。彼らの会話でも聞いていたのだろう、ハイチたちが怪訝そうにこちらを見ているのがわかった。
「今のって……」
「登山組、全滅だ。赤の者たちにも見えないところでの襲撃だったんだろうな」
もう一人のキリがここにいることは知っていたが、こうしてくるとは思わなかった。これでは、上の祠がどうなっているのかわからず仕舞いである。
こうなってしまえば――。
ラトウィッジは本部にいるであろう、赤の共和国の総督に連絡を入れた。
「上空にいる者たちに頂上の祠を調べてもらえますか?」
事情を聞いた総督はその依頼を引き受けようとするが、無線機の向こう側が騒がしいと思う。何があったのかと片眉を上げて反応を待っていると――《無理です》そう、返答が来た。
《上空で空飛ぶ異形生命体が出没しているようで……着陸しようにも、追手があるから不可能のようです》
「わかりました」
上空からは不可能と聞いて、腕を組んでしばし考えた。そして、ラトウィッジは現在の戦局を見る。一向に減らない異形生命体。このままでは時間がないし、こうして待っている間にも――。
「きみたち、戦いの準備をそろそろしていてくれ」
そうキリたちに言うと、またしてもどこかへと連絡を入れ出す。
「大至急、『あれ』の用意を。東の入り口に頼む」
もう『あれ』を頼る他ない。道が塞がれているならば、新たに作ろうではないか。そうして、連絡を入れ終えて十分後に到着したのは砲台を積んだ戦車である。一台大砲を加えたところで何も変わりやしないのにと思うハイチであったが――その砲口は入口ではなく、そこよりも高い位置の方に向けた。
「戦友軍第一部隊! 突入準備!!」
その言葉に、誰もが耳を疑った。まさか、このまま異形生命体の群れへと突っ込んでいけ、と? それはあまりにも無謀過ぎる。第一部隊の一人が反対論を掲げようとした瞬間――。
後からやって来た戦車の大砲はどの砲台よりも轟くほどの大きな音を爆ぜながら山を破壊させた。一発で露わとなった山の内装部。土ではなくて、無機質な建物の室内。
「第一部隊、入口の上に空いた新たな入口に向けて突撃せよっ!!」
戦友軍第一部隊の者たちは戸惑いを隠せないながらも、ラトウィッジの言葉通りに駆け出すのだった。




