心友
人の耳から取れて地面に転がるイヤフォン型無線機からはノイズが走っている。誰かが呼びかけをしているが、返事をする者はいない。なぜか。その場には無残にも転がる人と異形生命体の死体。土が土の色ではなくなり、草木の色も常識的とはほど遠い色を出しているからだ。その場でわかる虐殺後の光景。どう見ても、彼らの相打ちには見えそうにない。
一体誰がこのようなことを? 偶然見回りに来ていた防衛隊の一人が青ざめた様子でその惨状を報告するべく、本部へと連絡を取り出す。
「お、応答願います。応答願います。西側の扉にて、入り口が落石で塞がったままの状態で中規模の隊、戦友軍が全滅しております。異形生命体も共に死亡。どうぞ」
《王国軍のあの武器を持つ者は見当たらないか? どうぞ》
「今のところ、確認できて――」
防衛隊の彼がそこまで報告したとき、意識はなくなってしまう。考えることすらもであった。途中で何も言わなくなったその隊員が気になる。無線機の向こう側の相手は何度も呼ぶ。物音がしたように聞こえた。だが、防衛隊員は返答してくれない。いや、この言い方には語弊がある。
なぜなら、防衛隊員は返答をすることが不可能だからだ。取れた無線機の傍らには頭が潰れた死体が一体。体を痙攣させて、下半身からは独特の異臭がその場に漂わせていた。
《おいっ、何があった!? 返答しろっ!》
無線機から漏れる不安げな声に返すかのようにしてそれは誰かの足に踏み潰されてしまった。その誰かはこの現状を見て、にやりと不敵に笑う。
◆
薄暗い閉鎖された異臭漂うその部屋で十二名の者たちに目を光らせて重視するのは人よりも小さな異形を成した者たち。異形生命体。
本当は十三人で突入したのだが、一人は――血塗れでボロボロの衣服と銃砲、荷物を残して消えてしまった。彼がどうなってしまったのかなんて大体察しがつく。何十匹の口元には血の跡があるのだから。
人を殺す異形生命体は存在していたが、人を食い殺す――それも骨一変残さずに。そのようなバケモノが存在していようとは。
義手型のよく斬れる君を構えるケイ。睨むその先はケタケタと自分たちの死地を知らしめるような何百匹ものの人食いバケモノ。これらの対処法はただ一つ。
「隙を作らせるなっ!」
その大声に反応するかのようにして、人を食らう小動物たちはケイに飛びかかった。
食われてたまるものか、死んでたまるものか。ケイはその青色の剣身で着実に数を減らそうと試みる。一方でヴィンはというと――。
「ひゃあ、よくもまあこんな数の小動物を集めたものだね」
追手から逃げては写真撮影。逃げてはフラッシュを叩く。攻撃を仕掛けようとはしない。ただ、ひたすらに逃げることも専念しているようだ。
「お前、遊ぶなよ!」
ケイがキレるのは当然だ。こちらは必死になって戦っているのに。なぜにこのような局面で写真を撮ろうとするのか。そのようなことをしている場合ではないのに。
「いやいやぁ、知っているだろう? 私は戦場カメラマンになるのだ、と」
現状の証拠を残さなければならないだろう、とヴィンはそう得意げではある。
「私が撮らなければ、誰が撮るというのだ?」
「どう考えたって、遊んでいるようにしか見えないぞ。いいから、お前も戦え。いくらよく斬れる君を装備している俺でも全滅は手厳しい」
ヴィンにもそれらしい、使える武器を持ってきているんだろう? とケイは言ってくる。
「はっはぁ、どうもケイには私のことを見透かされているようだね」
ヴィンに襲いかかってきた一匹の異形生命体に対して――カメラを持っていた手を放して、腰にある何かを手に持って振り払う。その衝撃に後方へと飛ばされたバケモノはどす黒い血を帯びてそれらの中へと死して落ちてしまった。
「いやはや、どうしてこうもグリーングループの商品名のネーミングセンスは悪いのかな?」
その両手には『よく斬れる君』と同等の強度を持つナイフ『貫通君』が握られていた。それを軽々しく扱いつつも、食い殺しに来る異形生命体を蹴散らしていく。ヴィンは流石にケイや戦友軍たちのようにして特攻撃はできない。武器は貫通君のみ。銃器なんてない。だって、写真が撮りづらいんだもんという言い訳。
そして、何より相手は元小動物。背丈の低い相手にリーチが短いから。それ故にヴィンは周りの者にサポートにつくしかなかった。いいや、それが一番である。誰か一人くらい裏につかないと――。
「おっと!」
戦友軍の一人に飛びつこうとするそれに貫通君を投げた。文字通り貫通して、力なく床に落ちる。
「ありがとう!」
ヴィンにお礼を言うと、引き金を引き続けた。
周りを見なければならない。あちらにも、こちらにも――片手に残った一本だけで渡り歩こうとする。その根性に誰もが感心していた。
奇声を上げながらも突進してくる小動物はヴィンの腕へと飛んできて、貫通君を弾かせた。これにて、彼の手にある得物はなくなってしまう。手に触れてきた、それの感触はなんとも言いがたい物だった。人や動物の体温と違って、低いし――何より『ぬるい』という表現が正しいだろう。
「ひえっ!?」
それがなんとも気持ち悪くて、不気味で。噛まれないように慌てて手を振り払った。
「ヴィン、危ない!」
武器が完全になくなったのをいいことに異形生命体は一斉にヴィンに襲いかかってきた。しめしめ、今がチャンスだ。あいつ、手持ちぶさただぜ。本当だ。丸腰じゃないか。
えぇ? 丸腰だってぇ?
ヴィンはそれに蹴りを入れた。蹴飛ばされて、血が出る。どこを見ているのだ。何も得物は手にあるとは限らないぞ。
「こいつらは周りをよく見ないね。まあ、理性ないからそうなのだろうけど」
軍靴の爪先には灰色の刃が。仕込み刃。服の上から噛みついてくる者たちの口が切れてしまう。こちらも仕込み刃。
新しい軍服の下、ベルトの中、軍靴には『貫通君』をいっぱい、いっぱいに仕込んでいるのさぁ。さあ、いつでもいらっしゃい。戦いはまだまだ終わっちゃいない。だって、こんなにも潰す相手はいるのだから。
妙に好戦的になったヴィンを見て、ケイは戸惑いを隠せない。珍しいとでも言うべきか。戦うことはあまり好しく思っていないような人物であったのだから。いや――元より、そう捉えていた。
以前に比べて仲良くなったと言いつつも、まだヴィンの腹というのは読めないのが現状なのであった。
◇
二回生の長期休暇中にラトウィッジから呼び出しを受けた。
「どうされたんですか?」
呼び出される理由が何も思いつかなくて、そう訊ねると――。
「う、うぅむ……」
解答に困った様子で、怪訝そうな表情を見せていた。腕を組み、本当に言ってもいいのだろうかという何かしらの不安があるからである。周りの誰かに聞かれたくない話だろうか。そう思って後方を見たりするが、誰もいない。それもそうだ。ここは王城にあるラトウィッジの部屋なのだから。お茶でも飲んだのだろうか、その残り香がする。
「じ、実はだな……」
渋っていたその口が開くときが来た。
「三銃士軍団のお前の団に推薦する人物がいるのだが……」
「俺ですか?」
正直言って、最初は要らないと思った。自分の配下員はソフィアとフェリシアがいるのだから。まだ配下員を持たないマティルダやワイアットに推薦すればいいのに。そう思い、訊いてみると――。
「あの二人か……。あの二人の性格的に合うかどうかわからないから、ケイに推薦をしようと思っていてだな」
「性格に難癖あるんですか?」
「ある種でな」
ためらいのあるその物言いに本当に要らないと思う。だが、ラトウィッジをがっかりさせるような答えは出したくないから受け入れるしかなかった。
ケイは返答を出す前に「どういう方ですか」と訊いた。
「受け入れはしますけれども。その人を知らなければ、わかりませんし」
「まず、その人物は『貴族』ではない」
ラトウィッジのその言葉に驚きを隠せなかった。なぜなら、これまでに貴族以外の者たちが三銃士軍団に入団した事例がなかったから。三銃士軍団員としての席は最大で十五席。現在の席は五席。王都や地方に住まう同年代の貴族が誰かなるのだろうとばかり思っていたのだが――。
「それに、王都出身の者ではない」
推薦人物は全くの地方一般庶民からであった。
「なんでまた、その人を?」
一番気になるのはそれだった。確かに一般人でも貴族より何かしらの武術に長けている者がいるのは事実である。その人物もそうなのか、と思っていたら――。
「推薦理由は情報収集能力が長けているからだ」
どうやら戦いには長けていないらしい。平民で性格が悪い。そう聞いて、キリのことを思い出すが、まさか彼が推薦枠に入るはずもないだろうし、言うほどに情報収集力が高い方ではないはずだ。
「元々、彼は戦場カメラマンであるヨイチ・ヤマトの弟子らしい。一応、お前たちと同じ学徒隊員でもある」
それ以上のことは教えてもらえなかった。平民であるその人物の推薦理由としては納得しがたいものではあったが、断る理由が見つからなかった。おそらく、あやしいからというだけでは通らないからだだろう。
ラトウィッジは他の理由を何か隠しているようにも見えた。それが何であるかは全くわからないが「受け入れます」と答える以外の選択肢がケイにはなかった。
「二週間後、顔合わせをするから」
そう言われて、ケイは部屋を出た。名前までは聞かなかったが、二週間後が不安でたまらなかった。まだ地方貴族の誰かであるならば、わからなくはない。貴族という肩書きの者であるならば、一度くらいは顔を見合わせているのだから。しかし、今度会うのは名前も顔も素性もよくわからない一般人である。
「ちゃんとしたやつがいいなぁ……」
思わず、そのような願いを口に出してしまう始末。それ故に――。
「何がですの?」
「ちゃんとしたやつって誰ですか?」
独り言をマティルダとワイアットに聞かれてしまった。しかも背後から言ってくるものだから、口から心臓が飛び出るほどのびっくりをする。
「いたのかよ」
「僕たちの家でもありますし」
「知っているよ、それくらいは」
相変わらず、ワイアットはどこかずれたことを言っているなとケイが思っていると――「それで」どうも、マティルダには話を誤魔化せそうにはなかった。
「ラトウィッジおじさんの部屋から出てきて、いきなり何を独り言言っているのか気になるのよ」
このことを言ってもいいものなのだろうかとも思ったりもしたが、二人には隠し事はできそうにない。彼らは口を割るまでしつこいのだから。しかし、この場で言うのはバレたら怖いから、怒られたくないからか、ケイは自身の部屋へと二人を招いた。本当はメアリーにも言うべきではあるとも考えたが、これは団の配下員のことである。それの責任は団長にあるのだ。そのため、彼女には入団式まで存在を黙っておくことにしたのである。もっとも、正確に難があるならば、顔合わせもしない方がいいだろう。というか、メアリーと顔合わせするかは全くなさそうであるが。
「相変わらず、殺風景ね」
ケイの部屋に入るや否や、マティルダはそう吐き捨てるように言った。彼は必要最低限の物を部屋に持ち込んでいないから。それは学校の寮部屋でも言える話。一人で使っていて、基本的に誰も入室させたことがなかったから、自分の部屋は異質であると思ってしまいそうだ。
「そう言うマティルダのところは甘ったるいにおいがするんだがな?」
「はぁ? いいにおいじゃない!」
「悪いが、俺は苦手だ」
何のにおいであるかは定かではないが、あまり好ましいとは思えない。適当にソファに座らせていると、ワイアットがマティルダに対して爆弾発言をする。
「大丈夫ですよ、エレノア様よりかはちょっとマシですから」
「……ワイアット? それはどういう意味かしら?」
今にも喧騒が怒りそうな雰囲気。止めるか迷うが、ケイは事が起きる前に止めた。だって、自室を荒らされるのは勘弁して欲しいもの。
「お前ら、話を聞くんじゃなかったのかよ」
「もちろん聞くわよ! でも、この失礼な発言は許しがたいわっ!」
どうやら、マティルダもエレノアの香水のにおいはキツイとでも思っているらしい。どっちもどっちだと口には出せずに心の中で思い留めておきつつも、二人の仲裁へと入った。
「それで、叔父さんに何か言われたんですか?」
ワイアットも逃げたがっていたようで、話を逸らしてきた。
「今度、三銃士軍団……俺の団に新しいやつが加わることになったんだ」
「いいことじゃないの? 何が不満なの」
「そうですよ! 僕も配下員持って、慕われ、頼られたいです!」
「いや、そいつが一般人だって言うんだよ」
そう説明をすると、二人は納得してくれた。
「だとしてもよ。一般の方と言っても、おじさんたちに能力を買われているのでしょう? じゃなきゃ、推薦だなんて彼にとっては名誉なことじゃないかしら?」
元より、三銃士軍団員は一般平民が選ばれることなんてないのだから。
「多分、ケイさんとその人を会わせたかったのでは? 何かしらの理由はあるんじゃないですか?」
「それ、おじさんは教えてくれなかったんだよ」
「それでも会ってみなきゃ、わからないわよ」
マティルダの言うことはもっともであった。
◆
二週間の間、ケイの不安は全くと言っていいほど拭えなかった。予測がつかないから。元々、一般平民との関わりはほとんどないようなものだから。もし、キリみたいに最悪な人物だったならば、どうしよう。そう思いながらも、呼び出された軍基地にある応接室へとやって来た。ノックをして、中へと入ると――。
突然目に光が入ってくる。あまりの眩しさに目を細めて手で塞いだ。
「なっ!?」
いきなりなんだ、とその光の方向を見る。そこには自分より身長の低い少年がいた。ベレー帽に眼鏡をかけて、首にはカメラが提げられている。あの光の正体はカメラであったか。
「なんだ、お前は」
「いやいや、いやいやぁ。実際に話すのは初めてだけれども、こうして近くで話すのもいぃ男だね。きみは」
「は?」
「おっと、おっと。私が誰だかわからないよね。私はヴィン・ザイツだよ。今回、フォスレター総長に推薦を受けて三銃士軍団員に入団する私だよ」
――いや、私だよって言われても知らない。
慣れないテンションに困った表情を見せるケイは同席していたラトウィッジの方に助けを求めた。だが、彼の方を見ると、すでに消衰しきった様子である。性格に難癖があるとはこの面倒な雰囲気なのか。
一応、自分の口から説明をせねばとでも思ったのだろう。ラトウィッジはゆっくり腰を上げて「彼が以前言った人物だ」と言う。
「入団式はケイたちが三回生になったとき辺りがちょうどいいだろうな」
それだけ言うと、後は任せたと言わんばかりに部屋を出て行ってしまった。いや、仕事の別件でもあるのだろう。そう思いたい。きっと、逃げたわけではないはず。そうだ、うん。とりあえずは自己紹介をした方がいいかな、とケイはヴィンと名乗った彼の方を見た。
「俺はケイ・アーノルド・シルヴェスターだ。ザイツと言ったか? お前は俺の配下員となるから俺の言うことを聞くように」
「へぇ、シルヴェスターって海軍部統括長の名前だよね? テレビで見たことあるなぁ。もしかして、お父さん?」
「ああ、父だ」
「すごいな、すごいな。ていうか、王都にいると有名人を見るのは当然だね。流石は王国の中枢都市」
「ザイツはどこ出身なんだ?」
話を聞く限り、王都出身ではない。正直言うと、ヴィンの格好――シャツもズボンもしわが入っていて、よれよれである。クリーニングをきちんとしないのか。それともする余裕がないのか。
「私? 私は鬼哭の村出身だよ。黒の皇国と旧灰の帝国の国境沿いって言ったらわかるかな?」
「名前は知らないけれども、位置は大体把握できた」
「いやぁ、流石はシルヴェスター君だ。地理関係も詳しいの?」
なんとも気さくに話してはいるが、今の自分とヴィンの関係は上司と部下である。まだ正式には団員ではない今の彼は平民だ。軍人としてではない。そもそも三銃士軍団というのは王国軍の管轄ではなく、完全に独立しているのだから。立場を理解しているのだろうか?
「わかっているのか?」
「え? 何が?」
わかろうとする気ゼロのヴィンはもう一枚と言わんばかりに、勝手にケイの写真を撮った。それに彼は嫌そうな顔を見せる。
「自分の立場だよ」
「ああ、知っているともさ。私は一介の平民で、きみは貴族だろう?」
「言っておくが、貴様自身が買われているわけではない。貴様の能力自身だけが買われているのだ。自惚れるな」
ここは自分が立場を上であると知らしめておかないと。絶対にヴィンは三銃士軍団に入団できて、浮かれているに違いない。選ばれるのは名誉なことなのだから。だが、彼は「そう」とどうでもいいと言わんばかりに、視線を送りつけていた。
「私は別に三銃士軍団に入団しようが、しまいがどちらでもいいよ。入団を決定付けるのは上の人たちだから」
何かを達観したようなその物言い。先ほどまでの陽気的な人物から一変した気分だ。
「……辞退もできるんだぞ」
「それはしないよ」
ならば、と口を開こうとするケイを止めた。
「せっかく入団できたんだ。国を担う若者同士、仲良くしようぜ」
嫌味も言ったのに。そのことなんてお構いなしに握手を求めてきた。するべきかとケイが迷っていると「安心しなよ」そう、言ってくる。
「私はきみを裏切らない。もちろん、国さえも」
よくわからない自分を信用しろ、とヴィンは言う。信頼するべきなのか。いや、ラトウィッジは彼の情報収集能力を買って入れるつもりで推薦をしたはずだ。ここは信じなければならないだろう。でなければ、顔に泥を塗ることになるのだから。
「……よろしく」
――よく訳のわからないやつが俺の部下になった。
◆
ヴィンは誰彼構わず写真を撮る人物だった。まだ正式に入団はしていないため、王城へは入城させないが、軍基地でさえもシャッターは押す。学校内で会えば、声をかけるよりも写真だった。
「私が撮らなければ、誰が撮るというのだ」
鬱陶しそうにしていると、ヴィンの決まり文句はいつだってそうだった。正直言って、誰かが撮ったとしてもよかった。ここは写真専門の学校ではない、軍人になるという目的のためにあるのだから。
「そんなことよりも、ヒマなら一緒に遊ぼうよ」
などと言ってきて、昼休みに自分の教室にやって来る始末。ヴィンの手にはストラテージのボードがあった。ヴィンが一般平民だから、自分は貴族だから、そんな馴れ合いは好ましいとは思わない。
「なんで俺がやらなければならないんだ」
「つれないなぁ。親睦を深めるために、こうしておもちゃを持ってきたのに」
「冗談じゃない。ここは遊び場じゃないんだ。同じ村出身のやつとでも遊んでいろよ」
そう言うと、寂しそうにして「そんなこと言われてもな」と口を尖らせた。
「……そういう知り合いとかいないからなぁ」
ヴィン曰く、いないらしい。そもそもケイは『鬼哭の村』という場所は知らないのだ。地図で調べても辺境的な場所にある村であるし、歴史本を読んでも数十年前の黒の皇国侵攻戦においての被害のあったところぐらいしか知らないのだ。
ケイが困惑をしていると、ヴィンは早速机の上にボードを広げ出す。駒の配置を勝手に並べ出す。するとは一言も言っていないのに。なんとも身勝手である。この身勝手さ、キリに近いとも言えるべきか。
――そういや、あいつの出身地知らないんだよな……。
教室の学徒隊員には軽く話したりはするケイであっても大半の者の出身地は聞いたことがある。しかし、距離を置かれている、置いているキリに至っては名前以外の素性はほぼ知らない。大体が誰もが関わりを持とうとはしないから。
「じゃあ、私から行くね」
勝手に始めて、勝手に先攻をし始めた。一番端にあった駒を手にして「砲台、どぉん!」と端の列をさっさと使えなくしてくる。
――こいつ、考えなしに駒を動かしているな。
ストラテージである種に強い駒、『砲台』。これは二つ存在し、真っ直ぐにしか動かせない物であるが、『ファイヤ』を執行すると砲台の位置から先にあるすべての駒及び、マスが使えなくなってしまう代物である。つまり、目の前に『王様』を置き、『ファイヤ』を執行されてしまえば、負けとなる。だが、これはもろ刃の剣である。『ファイヤ』を執行してしまえば、その後の『砲台』すらも使えなくなってしまうのだ。
このゲームの玄人からすれば、『ファイヤ』を開始直後にやる者は初心者か頭の悪いやつの二分化であると聞く。事実、ケイだって城にいる頃から三銃士軍団の者たちと何度も対局はしている。彼らもそのことについては重々理解しているため、始めに執行はしない。
「さあ、次はシルヴェスター君の番だよ!」
ヴィンはそう言いながら、説明書を取り出して駒の動かし方を確認していた。まさかの素人。もしかして、初めてやるのか。などと思いながらも最弱の駒である『歩兵』を動かす。
「ふふふっ、いいのかな?」
完全なるド素人のようだ。最後の『砲台』でさえも『ファイヤ』を執行したぞ。これで双方ともの『砲台』は使えなくなってしまったが、それはそれでケイは困った話ではない。
なくなってしまっても戦う術、勝てる術があるのだから。
◆
現にケイはヴィンの『王様』を完全包囲した状態で勝った。負けてしまった彼は唖然とした様子で説明書とボードを見直している。何度見ても一緒だ。負けているのだから。
「え」
イカサマでもやったか、と言わんばかりの面持ちで見てくる。
「一応、俺は何度かやったことがあるからな」
「くっ! 騙したなっ!?」
人聞きの悪いことを。騙していないし、これは己の実力で勝ったものだ。それ以前に――。
「ザイツ弱いな」
「シルヴェスター君なら、こういうことに疎いと思っていたのにっ!」
「いや、俺だってボードゲームくらいは遊ぶさ」
「だったら、今度はネットワークのゲームで勝負だっ!」
そう言ってきて、連絡通信端末機を取り出した。それにケイは怪訝そうな表情を見せる。ネットワークのゲームは元々が興味ないし、やったことがないのである。いや、誘ってもらうのは嬉しいのだが、やる気はない。
「ほらほらぁ、ネットワーク開いてよ」
「俺はしないからな」
「あっ、負けるのが怖い?」
「普通に興味ないからだよ。そういうのも、他のやつとやってくれ」
正直、馴れ合いが煩わしいから。
「そうは言ってもねぇ……。本当に知り合いも誰一人いない状況でここに来ているからね。教室に友達はいるちゃあ、いるんだけど」
その話を聞きながら廊下の方を見た。何か騒ぐような声が聞こえていたから。
「何事?」
ケイの視線の先にも気付いたのだろう。ヴィンも廊下の先が気になるようだった。二人はその騒動の原因を見るために教室外へと出る。その光景はキリとガズトロキルスが殴り合いのけんかの真っ最中だった。
その状況を見てケイは唖然とする。
「……彼、戦力外君か」
キリがそのあだ名で呼ばれていることは自分たちの学年ぐらいしか知らない。
「あいつのこと、よくわからないんだよな」
ここ数ヵ月前くらいから反論をし始めている。何を言われても無表情のキリが悔しいと思ったり不快だと思ったりする表情を見せて――。
「なら、調べてあげようか?」
「は?」
ヴィンはポケットに手を入れて、そう言ってくる。目線はキリにあった。その視線は好奇の目とでも取れそうだった。
「私、自分の能力を買われているんでしょ? それならば、有効活用しなきゃ」
そう吐き捨てると、立ち去って行ってしまった。なんなのだと思っていると、騒ぎを聞きつけたマックスがやって来て、二人を止めに入る。止めないかという怒声が聞こえていた。もしも、ヴィンがちゃんと仕事をするのであれば、キリの素性もわかるし、入隊した理由も目的もわかるだろう。一人納得したケイは教室の方へと戻る。散らかったストラテージのボードを見て、ため息をつくのだった。
「どうせなら、こっちを片付けてから行けっての」
◆
それから数日が経った。あの日だけである。ヴィンがストラテージを持ってきて教室に来たのは。いや、そのようなことは特に気にかける必要はない、とケイがカフェテリアへとやって来ると――。
「シルヴェスターくぅん!」
まるで最初から自分がここに来ることをわかっていたかのようにして、席を取っていたヴィンがいた。テーブルの上には駒が配置されたストラテージのボードが載っている。
「……来月はもう入団する頃だし、俺のことはそろそろ『団長』と呼べ」
「団長。私ね、ここ数日に渡ってストラテージを修業したのさ!」
あれ、キリのことについて調べてきたのではないのか。そう思ってしまう。そのことなんて忘れて「対戦しよう」と言ってくる。嫌ではないのだが、なんだか釈然とはしなかった。
「一回だけだぞ」
ケイはため息をつくと、向かいの席へと座って対局へと挑む。先攻は前回と変わらぬヴィンから。どうせ、『ファイヤ』を執行してくるだろうなと思う。
「そぉれっ、どぉん!」
本当にしてきた。修業をしたと言い張っていたのに、前回の反省を全く活かしきれていないように思える。次にケイが歩兵を動かすが、またしても執行。もはや、それをやるためだけにこのゲームを楽しんでいるように見えた。
両端のマスが使えなくなってしまった中、対戦途中で違和感を覚えたケイは駒を進めようとする手を止めた。このまま動かすのは危険だと後ろ髪を引かれた気分になる。前回の状況通りではあるが、何かが違う気がする。いや、取り駒はこちらが優位だ。それは前と何ら変わりないこと。駒をどう動かそうかと悩んでいると、ヴィンが「ねえ」と神妙な顔付きになった。
「お考え中悪いけど、戦力外君の情報、要る?」
「は?」
唐突にそう言われ、思考が停止する。
「あまり大した情報はないけれども、出身地と家族構成くらいは言えるよ」
「……教えてくれ」
あまり気が滅入らないが、聞くことにした。ケイは駒を動かす。
「キリ・デベッガ。出身地――」
ヴィンは先ほどケイが動かした駒を取った。
「鬼哭の村」
「…………」
本当は知っていたのか、キリと同じ出身地であったことを。だが、その事実を隠したくて黙っていたのかもしれない。なんせ、彼は周りから疎まれているものだから。調べると言っていたのは嘘ついたのかもしれない。心の準備でも要ったのだろう。何か言われやしないか、ばかにされたりしないか。そうであろうとも、ケイにとって目の前にいるのはキリ・デベッガという人物ではない。ヴィン・ザイツである。だが、そう自分に言い聞かせても、少しの動揺は隠せそうになかった。
黙っているケイにヴィンは話を続けた。
「父親は十数年前の黒の皇国の侵攻戦にて、死亡」
ケイは駒を動かした。すぐにヴィンも駒を動かす。それを数回繰り返した後――。
「はい、団長の負け」
数日間の音沙汰なしは本当にストラテージで勝つために練習をしていたのだろうか。そう思うと、何も言えなくなってしまう。
ボード上の自分の『王様』の駒は詰んでしまっていた。
思わずヴィンの方を見ると、彼の表情は無表情だった。何を考えているのか全くわからなかった。言及するのは可哀想であるか、そう思ったケイは「情報ありがとう」と礼を詫びることしかできなかった。
そのお礼に「どういたしまして」と答える。
「まだ彼のことについて知りたいならば、できる範囲で調べ尽くしてあげようか?」
「いいのか?」
戦力外であるキリと同じ村出身だと関わりたくないはずだろうに。いや、そうだとしても彼の入隊の目的を知れたならば、いいのかもしれない。ケイはそう思って――。
「じゃあ、引き続きよろしく頼む」
それからヴィンは晴れて三銃士軍団員として本格的に入団してきた。その日のメアリーは公務の事情により、この場にいなかった。それを別に勘違いをしていた彼を見る貴族たちの目は明らかに怪訝そうである。こればかりは仕方ないと思う他なかった。
◆
更にそれから月日が経ち、ヴィンからのキリに関する情報は途絶えていた。いや、それはそれで構わない。学徒隊の任務があるのであれば、仕方ないから。彼は情報収集に長けているのだ。忙しいのだろう。何より、これ自体が『三銃士軍団』の仕事ではないのだから。
そうこうしている内に特別演習実習の雪山登山行進後にアイリが編入してきた。しばらく経ってわかったこと。どうも、メアリーとは仲がいいらしい。たまにキリと一緒にいることがある。彼らの関係性が気になるが、一番はアイリ――彼女だ。彼女はキリ以上に素性の知れない編入生である。
気になったものだから――。
「アイリ・ハルマチという姫様と共に過ごしている女子学徒隊員がいる。彼女についても調べてくれ」
ヴィンにそう命令を出した。これが、ケイが初めて入団した後の指示である。だが、そう簡単に情報収集とは上手くいかないことがあったようで――。
「ごめん」
大した情報を得られなかった、とヴィンは頭を下げてきた。それを自分は責めようとしたが、できなかった。その理由はよくわからないが、アイリの情報を知らない方がいいのかもしれないという妙な勘が降りてきていたから。そして、何より指示に関しての報告を誰にも話していないし、自分たちしか知らない。だから、ケイは責めることはなかったのだ。
あるとき、飲食街へ行くと言うメアリーの護衛のために派遣された二人はそこでアイリとマティルダの喧騒に巻き込まれ――本来はヴィンとキリは仲のいい幼馴染であるということがわかった。
「呼び出される度に落とし穴にかけられるから」
「あいつのヴァリエーション舐めんな」
しかし、言うほど落とし穴にかけられることはなかった。たった一回だけだったから。選別ができるようになったから、そういう年になったからしなくなっただけではと思っていた。しかし、実際は違った。そうではなかったのだ。あの一回すらも違うのだから。
「落とし穴? 子どもじゃないんだし、もうしていないよ」
メアリーの料理を食べて入院したとき、ヴィンはそう言った。その場には自分しかおらず、その言葉は誰も聞いていない。もちろん、キリだって。
それならば、誰が掘ったのか。答えは一年後にわかった。キリが事実改変でそう見せていたから。彼は色々と事実の書き変えを幾度となく行ってきている。その過去の歯車自体が簡単に変えることはできないのも知っている。だが、何をどうして代償を払ったのかは知らない。
今更になってわかったことがある。それはヴィンがキリの情報を集めなくなったのは、報告しなくなったのは『罪人の子』に気付いたからではないだろうか。あの村では外部に知られたくないから隠していた。それは彼も十分に理解していることなのだから。本当はすべての事実を知ってしまったから『黙っておきたかった』のではないだろうか。知らない方がいい事実。だとしても、二度目のヨイチの家に行ったときに侵攻戦で内通者がいたと暴露していた。
ヴィンの本音はおそらく、事実を知っているが故に吐き出したかったのだろう。だが、村の掟という縛りにより、あまり口に出せなかったはずだ。事実を知ってしまえば、しまうほど訳がわからなくなってしまう。ヴィンが言っていたことと同じだ。
【人は自分以外の人物のことを実は知らない】
とても当たり前なのに、納得してしまう自分がいた。誰も人の心内なんて知る由もない。まさしくキリがそうであったように。アイリがそうであったように。ハイチがそうであったように。他人である彼らのことを何も知らない自分たちがここまで深く関わるとは思わなかった。
そう、これは現在のヴィンにも言えることだった。友達になったとしても、心の奥底は本人以外誰も知らないのだから。
――ヴィンは何を思っているのだろうか?
◇
この部屋での戦いにおいて、長期戦は厳しくなってくるものだな、とケイは思う。薄暗いその場所で、足の踏み場も小動物の異形生命体で転がっている。安易に踏めば転んでしまうだろう。そうとなればそれこそ隙が生まれてしまう。それが命取り。
突入したときに比べて半分には減っている。だが、標的自体が小さいことと、すばしっこいという状態が重なって倒すのにも手間取ってしまう。
「ケイっ、後ろ!」
顔を横切るナイフの貫通君。延長線上に行く先は人を食らおうと試みるバケモノ。見事脳天に命中する。ありがとうと言う暇もなく、ひたすらに生き残っているそれらを倒さなければならない。
鳴り響く銃声音。斬れる音。出血音。そこから伝わってくる感覚。生々しい。気にしている場合ではないのに。今回ばかりは気にかけている自分がいた。それだから隙が生まれるのに。
「…………」
ヴィンの方を見た。彼は隠し持っているナイフを振り回しては投げて使用している。それもそろそろ持ち玉がなくなってくる頃だろう。それは無限にあるわけじゃないのだから。それでも貫通君はまだまだあると言わんばかりに、使い捨てのごとくあちこちに投げ飛ばしている。
このまま、ちまちまと倒すことに気が引けているのだろう。戦友軍の一人が「俺が囮になります!」と言ってくる。
「俺がこいつらを引きつけるから、一発でかいのをしてくれ!」
そう言うと、銃身を壁に叩きつけて大きな音を鳴らしながら、注目を集め始める。他の戦友軍者には小規模爆弾を渡していた。
「お、おい!」
その者に目をつけた異形生命体は一斉にケイたちを狙うことを止めて、大きな音を鳴らす戦友軍の彼を追いかけた。それを必死になって逃げる。
一塊となったところで一網打尽にするつもりらしい。だが、果たしてそれはできるのだろうか。ほとんどのバケモノは大きな音には反応している。しかし、元より異形生命体とは理性のない状態で動いているのだ。
現に音に着いていっているのは半数ほど。残りはこちら側を狙ってきている。それに困惑を見せる爆弾を持った戦友軍は焦ってしまってあまりいないところに投げてしまった。
これにより爆発に巻き込まれたバケモノは全体の五分の一以下である。
「――すまんっ!」
詫びることしかできない、悔やみながらも銃を連発していく。
大きな音を出し過ぎて、逆に狙われてしまった戦友軍の一人は下に転がっている死体を踏んでしまい――その場にいる誰もが絶句した。
「うわぁあああああああ!?」
立ち上がれない人に群がる異形生命体。食まれていくその人の体。思わず耳を塞ぎたくなるような断末魔が聞こえてくる。それを他の者たちはどうすることもできない。自分を守ることで精いっぱいだから。眼前にいる敵で手いっぱいだから。
これにて死亡者は一人増え、二名となる。
己の不手際のせいで殺したのも同然だと考えるのは、先ほど爆弾を投げた戦友軍の者である。段々と戦う意欲が見られなくなってしまっている。それもそうだ。あのバケモノの山を見せつけられてしまったのであれば。
「…………」
周りが見えなくなってしまったのか。ヴィンが投げつけてくれるナイフも間に合わず――。
「ぎゃぁあああああああ!?」
また犠牲者が増えてしまった。目を逸らさずにはいられないほどの悲劇。考える頭を持ち合わせていない異形生命体はこれをなんとも思うはずがない。お前たちを食わせろと言わんばかりに襲いかかってくる。
それでも、ここで負けられない。おそらく、死が怖いのもあるが――それ以上に何か大切な物を失いたくはないからという思いも大きい。
弥終集落にて右上膊を持っていかれてしまった。人の命を捨てようとしてしまっていた。過去の歯車を奪われてしまった。人の命は天秤に量ることなかれ。いや、量ることなどできない。最初から、そうできるはずがないのだから。早く、早く倒してしまえ。やっつけてしまわないと。
「うわっ」
ケイたちが戦っていると、誰かを守るために貫通君を投げていたヴィンが声を上げた。気になってそちらの方を見ると、彼の手元には何もあらず。服の下に隠していた残弾は失ってしまったようであった。もちろん、それを見逃すほど甘くない人の血肉を好むバケモノは狙いを定める。
「ヴィン!!」
逃げ回って生き残れる確率はゼロに等しい。なぜか――。全方位に囲まれているから。諦めでも見せたのか、手を下に下ろし、やるせないような小さな笑顔をこちらに向けた。
――今までありがとう。
左目にしか映らないこの状況。失くした己の右手にはもう何も手に取ることはできない。できそうなのは目の前の敵を叩き斬ることだけ。
そう、それくらいはできる。できるのだ。
――そのメガネに触れるんじゃねぇ。
考えていられない。頭の中で何かを思うよりも己の片足を一歩踏み出す。何をしたいかなんて己の体に訊け。それが答えだ。
ケイの右手に装着した『よく斬れる君』を振り下ろす前にして――何かしらの『ギミック』がかかった。
刃から突き破るようにして出てきたのはいくつものMAD細胞。青色の物じゃない。黒い塊――それはまるで手のよう。その伸びてきた黒い手たちはヴィンに飛び着いてくる異形生命体を串刺しにした。そう、すべてのそのバケモノをである。
人に対しての攻撃性は全く見られない。これには誰もが驚きを隠せなかった。
「もう、何も失わせないっ!」
よく斬れる君におけるこのギミック――『守りの手』はおそらくではあるが、ケイの強い心と行動に答えるようにして発動した物だと思われる。だが、彼らがそれを知る余地はない。そうだとしても、死にかけていた眼鏡の友人を見殺しにせず、助けれた。何より、彼はそれに喜びがあったのである。
それでヴィンを助け出すと――。
「諦めてんじゃねぇぞ、ヴィン!」
怒声を上げた。人の心情なんてお構いなしのバケモノは動く。それをケイは黒色の手で捻じ伏せていく。
「お前の腹の中なんて知ったこっちゃないっ! いいから、さっさと戦えっ! それでもお前は俺の友かっ!?」
「え……?」
「ヴィンがいなくなると、カメラのシャッターの音が聞こえてこなくなると、俺はつまらねぇんだよっ!!」
日常と化してしまった。当たり前と化してしまったヴィンの写真撮影とその音。それがなくなってしまえば、誰が写真を撮るというのだ。誰が人の事実を撮るというのだ。簡単に死んでしまうなんて、許さない。ケイは地面に落ちていた数本の貫通君を投げ渡してきた。それを手にして、まだ戦えと言う。
「ヴィン・ザイツはこんなところでくたばるような軟なやつじゃない」
「ケイ……」
「早く終わらせて、ストラテージをしよう。二十四戦七勝七敗十分。決着はまだ着いてないんだから」
「……ああ、もちろんだ!」
緊張感ある場所なのに、不思議と笑みがこぼれてしまう。それは何の笑顔なのかケイは知っている。いや、他の者が知らなくてもいい。自分とヴィン――友達同士が知っていればいいだけの話なのだから。
◆
それから数十分後、これ以上の犠牲者を出すことなく、無事に殲滅戦を終えた。下には人喰い異形生命体の死体の山。異臭には鼻が慣れてしまっているものの、いい気持ちとは思えない。
「他に突き進む道はありませんか?」
戦友軍の者たちを含めて全員でここから脱出する方法を見つけようとする。入ってきた扉は開かない。押しても引いてもどうしても開かない。爆弾を仕掛けて開けようと試みても、それは不可能だった。それならばと別の道を探すしかないのだ。
この部屋はドアを閉められてからジャミングでもされているのか、入口付近にいる二人の部隊隊長に無線機の応答はない。ホールにはメアリーたちがいるのに。彼らは無事だろうか。
「…………」
メアリーが気にかかるのか、ケイがイライラしていると――「落ち着きなよ」そう、ヴィンが言ってくる。
「出口がないって決まったわけじゃないし、もしかしたら姫様たちも上の方に行っている可能性だってあるだろ?」
「……上か」
見上げた。薄暗くてはっきりとは見えないが、ただ広いその部屋に上も突き抜けるような広さがある。そこには手すり柵付きの通路が全体を囲うようにして存在していた。どこかへと行く、ともなれば周囲を見渡す限りはあの通路を利用しなければならないだろう。
「ヴィン。絶対に千切れないロープ君か普通のワイヤーを持っていただろ? それを上の方にある柵に着けられないか?」
ケイが指差す先にある物を見て、ヴィンは眉根を寄せる。見えないわけではないが、その部分に向かって着けることが可能かどうかと言われると――。
「私の腕力じゃあ、届きそうにないな」
先ほどの戦いで割と体力を消耗しきっているのがヴィンである。仮にロープなどに貫通君を重りとして括りつけて投げても、成功するかどうかはわからないらしい。
「ケイはどう? 左手、いける?」
「俺、右利きだし……」
もはや、頼るのは戦友軍の者たちのみ。彼らに事情を説明すると、快く引き受けてくれた。
「ここから出るのはもう上の方しかないみたいだしな」
一人は荷物を下に置いて身軽となり、貫通君を括りつけた絶対に千切れないロープ君を上へと投げつけた。それは一回で成功する。流石は軍人。訓練というものは欠かさずするものであるな、とケイは思っていた。
先に戦友軍たちを上へと上らせながらも、床に落ちている貫通君を拾い上げながらヴィンは言う。
「いやぁ、さっきのケイの言葉。熱血だね」
そのことは記憶を取り戻したがらないキリに対しても言っていたことは知っている。
「ね、熱血って……。俺は本当のことを言ったまでだ」
「そうかい、そうかい。初めて会ったときは本当にツンケンしていたのにね」
なんて言うヴィンのその表情はさながら我が子を見守る母親のよう。その顔が腹立つなと感じるのはケイの心の内だけにしておこう。
「それ以前にさ、これまでを通してわかってきたけれども、もう貴族と平民の壁って要らないんじゃないかな」
唐突にそう言うヴィンにケイは片眉を上げた。この言葉は青の王国に身を置かないから言える言葉なのか。
「きっと、ケイが冷たかったのはそれがあったからなんだと思う。今は、ほら。貴族じゃないし。王様だって、身分捨てて戦友軍結成したでしょ?」
税金泥棒だなんて揶揄され庶民より疎まれている貴族。自分たちにとっては考えられないセンスのないと貴族より見下されている庶民。
「王国って何がどうして貴族と庶民が対立しちゃったんだろうね」
始めは黒の王国からの独立を願って立ち上がっていたのに。いつしか、貴族と平民を分けられてしまっていた。今でこそ、貴族の身分は金さえあればなれるが――。
「身分剥奪されてからなんとなくその壁はわかっていたがな」
「うん。ほら、壁作っちゃっているとさ、その人たちが誰なのかも知ろうとしないもんね」
そう言われると、貴族であったときよりも今の方が眼前にいる友人のことを知っている気がしている。だが、いくらヴィンが口に出そうが、貴族ではないケイはどうしようもない。彼が上に口出しできる身分ではないのだから。
【何もかも考えること、思うことは全然違うんだよ!】
メアリーの誕生日パーティーでキリが彼女のプレゼントを選んでいたときに言われたことを思い出した。その発言を聞いて、エレノアは当然だと答えた。
当たり前であったからこそ、身分失くして初めて知ったこと。自分が持っていた貴族の常識はただの偏見的コレクションだということ。それは同時に平民の者たちにも言えること。それらの壁があるからこそ、それらの壁が崩れてわかったこと――。
「ケイにとってはムカつく発言かもしれないけれどもさ、私はケイが貴族じゃなくなったときは素直に嬉しかった」
「そりゃ、確かにムカつくな」
「でしょ? でもね、それって同時にケイのことをもっと知るチャンスだと思ったんだ。ズケズケと人の心に入り込むわけじゃないにしろ、知りやすくなって、本当はきみが割とノリのいい人だと初めて知った」
「それなら、俺だって同じだな。お前は一見お茶らけているように見えるけれども、本当は用意周到なやつだってことを知った。感情に任せて怒ったりするやつだともわかった」
そうだよ、とヴィンは歯を見せて笑う。
「友情に身分なんて関係ない。コンピュータ世界の人たちでも友達と認定すれば、友達なんだ」
上の方へと上りきった戦友軍の者たちが二人に声をかけてくる。それにヴィンはロープに手をかけた。
「さあ、早く終わらせよう。次のゲームは私が勝つからね」
「何を。俺が勝つに決まっているだろ?」
二人はその場で笑い合った。




