第參話
柾木が『裏野ハイツ』に興味を持ち始めて二週間。
この日、思わぬ形で柾木は『裏野ハイツ』の新たなる情報を得ることになる。
それは柾木が出版社の近くで編集者と新作の打ち合わせを行っている時、柾木が『裏野ハイツ』という名を口にしたことが発端となった。
「裏野ハイツ? どこかで聞いたことがあるような……」
『裏野ハイツ』という名に引っ掛かりを覚え、記憶を思い越しているのは柾木の担当編集者である藤間だ。
「そうだ、あの時の――」
藤間は一分程の思考の後、合点がいった様子で語り始めた。
「柾木くん、うちの出版社が手掛ける『忌憚会報』という雑誌を知っているかい?」
「オカルト系の話題をメインに扱った月刊誌でしたよね。オカルト記事の他にホラー漫画やコラムなんかも載ってる」
「そうそれだ。そこの編集に同期の西木ってやつがいるんだが、そいつが飲みの席で『裏野ハイツ』って名前を出したことがあってな」
「どのようなことを話されていたんですか?」
「……俺も半分酔ってたからいまいち覚えてないんだ。同じ出版社の人間だし、後で会えるように取り計らっておこうか?」
「是非ともお願いします」
「やる気満々って感じだな。新作の方向性も大分決まったかな?」
「ええ、西木さんから『裏野ハイツ』のお話しを聞ければ、より研ぎ澄まされると思います」
無邪気な子供のような笑みを浮かべ、柾木は続ける。
「きっとスリリングで面白いお話が書けると思います」
『裏野ハイツ』とその住人達への興味を深めていく内に、当初の柾木の頭の中にあった「集合住宅をテーマ―にしたヒューマンドラマ」という構想は成りを潜めてしまっていた。
翌日。柾木は『裏野ハイツ』について知るという西木と会う機会を得た。場所は昨日と同じ喫茶店。藤間は別の作家との打ち合わせが入っているとのことで、今日は不在だった。
「藤間から話は聞いているけど、裏野ハイツについて調べてるんだって?」
「はい。現在構想中の作品のイメージに、あの建物がピッタリなんです」
「もしかして、ホラー小説でも書こうと思ってる?」
「いえ。サスペンスはあってもホラーとは考えていませんでしたが?」
「何だ、てっきりそういった方面について調べていると思ったんだが」
「どういう意味ですか?」
藤間の意味深な言葉は、柾木の好奇心をくすぐった。
「順を追って話そう。君はうちの雑誌は読んでくれてる?」
「ええ。一応は」
「じゃあ、心霊調査のコーナーは?」
「確か、読者から送られた来た心霊関係のタレこみを、編集部が調査しその真偽を確かめる企画でしたよね?」
「そう、それそれ。確か三か月くらい前だったかな、そのコーナーに一つの投稿があってね。投稿者は『裏野ハイツ』に住む男子大学生からだったんだ」
「あれ、あそこに大学生なんて住んでいませんよね?」
「確か今は空室になっていたはずだ。203号室だったかな」
「ああ、あの部屋ですか」
空室となっているあの部屋に、二か月前まで住人がいたというのは初耳であると同時に、非常に興味を惹かれる情報だった。
「それで、その大学生の投稿というのは?」
「なんでも、誰も住んでいないはずの隣の部屋からときおり女の声が聞こえてくるんっていうんだよ」
「隣の部屋ですか……」
隣ということは202号室ということになる。あの部屋は確か、誰かが借りているはずなのに人の気配がしない部屋だったはず。
「ですが、女性の声がしただけ雑誌に投稿までしますかね? 単純に誰か人がいただけかもしれませんよ」
「それはその通りなんだが、声の内容というのがいささか不気味だったようでね」
「というと?」
「女性の声は『息子に会わせて』と繰り返していたそうだよ」
「息子を?」
つまりその女性は子を持つ母親ということになるが、確かに誰もいないはずの部屋からそんな声が聞こえてきたら気味悪がるのも無理はない。
「編集部の方で大学生の投稿については調査したんですか?」
「いや、調査は行わなかったよ」
「企画として成り立たなかったからですか?」
隣の部屋から女性の声が聞こえて来ただけじゃオカルトネタとしては弱いだろう。そういった理由かと柾木は思うが、
「いや、そうではない。一応調査だけはしてみようということになったんだが……投稿者の大学生が音信不通になったんだよ。住所として記されていた裏野ハイツの部屋にも行ってみたけど、もう部屋を引き払った後だった」
「投稿しておいて姿を眩ましたんですか?」
「よっぽど怖かったのか、あるいは手の込んだ悪戯だったのか。どちらにせよ投稿者と接触出来ないのでは企画として成立しないからね。裏野ハイツの件はそれで終わりとなった」
「声がしたという202号室へは?」
「俺も気になってそれとなく意識は向けてみたけど、特に人の気配は無かったかな」
「そうですか」
神経質な大学生の気のせいか手の込んだ悪戯、確かにそう考えるのが自然なのだろうが、柾木は素直にはそう思えないでいた。
ここ最近分かってきた裏野ハイツの住人に関する様々な謎。そこには共通している点がある。それは「子供」の存在だ。
201号室のお婆さんの持つ写真に写る孫。その写真の子にそっくりな103号室の夫婦の息子。そして心霊投稿をしてきたという大学生が聞いた「息子に会わせて」という声。果たして全て偶然なのだろうか?
――例えば、全ての子供が同一の存在だとしたらどうだろうか?
そんな想像を柾木は膨らませる。想像というよりも妄想といった方が正解だろうか。
少なくとも201号室のお婆さんの孫と103号室の夫婦の息子が同一人物ということは有り得ないだろう。以前目にした写真は明らかに古い時代のものだった。
――流石に考えすぎか。
流石に妄想が過ぎると思い、柾木は苦笑した。
「ご協力をお願いします」
西木と別れ、自宅方面へ向かうために駅へやってきた柾木は駅前で数人の男女がビラを配っている現場に出くわした。
ビラの内容はどうやら行方不明者捜索を呼びかけるもので、小学6年生の男の子が一週間前から行方不明になっているようだ。
「行方不明者……」
そのワードを口にした瞬間、柾木はパズルのピースがはまるような感覚を感じていた。
「出来れば間違いであってほしいが」
我ながら、あまり当たっていてほしくは無い想像だ。
自身の考えを裏付けるため、柾木は急ぎ自宅へと戻った。
「ビンゴか……」
自宅のパソコンでとあるホームページを念入りに調べたところ、柾木の考えを裏付ける情報が見つかった。少なくともこれで、柾木は自身の想像に自信を持つことは出来た。
「やはりこれはホラーではなくサスペンスだ」
かなり久しぶりの更新となりました。夏のホラー2016の提出期限も近いので完成を半ば諦めていたのですが、何とかまとめ切る算段が付きました。
明日中には最終話を投稿したいなと思っています。




