第弐話
翌日の日曜日。
柾木は、祖父の墓参りのために、午後一で市外の墓地を訪れていた。
手荷物はお供え用の花に桶の代用であるペットボトル、線香と蝋燭にマッチ、お菓子や缶ジュースなど簡単な供え物も用意してきた。
「デビューの報告以来だね」
祖父の墓にそう語り掛ける。柾木が小説家を志したきっかけは、読書家だった祖父から本の面白さを教えてもらったことにある。子供の頃は本を読むのが苦手だったが、そんな自分が物語を書くことで多少なりとも収入を得ているのだ。人生何があるか分からない。
その後も柾木は祖父の墓に近況を語り聞かせた。流石に他にも墓参りに訪れている人がいれば声に出すのは自重するが、今は自分一人しかこの墓地にはいないで、声に出すのも悪く無いだろうと思った。
柾木の語りは現在構想中の小説について及んだ。集合住宅をテーマに物語を書く予定だということ、そのイメージにピッタリな建物を最近見つけ、創作意欲が強く湧いていること、まるでその場に生きた祖父がいるかのように、柾木の言葉は熱を帯びていた。
「それでさ――」
言いかけて柾木は言葉を噤んだ。男女の話し声が墓地の入り口の方から聞こえてきたためだ。お盆では無いのでそうそう人は来ないだろうと思っていたが、今日が特別な日である人が他にいないとは限らない。自分だけの空間で無くなった以上、声に出して語るのは慎まなければ。
どんな人達が墓地を訪れたのだろうと思い、柾木は声のした方に視線を向けた。すると、柾木の祖父の墓から五段程下、列の右端の墓の前で、夫婦と思われる男女が立ち止まっていた。
――あれは、もしかして。
夫婦の顔には見覚えがある。間違いない、あれは『裏野ハイツ』の103号室に住む奥さんと旦那さんだ。子供の姿は見えないが、どこかに預けてから来たのだろうか?
二人と目が合ったので、柾木は会釈をし夫婦もそれに返した。201号室のお婆さんと違い、この夫婦とは今の所接点は無く、夫婦は柾木のことなど知らないはずだ。会釈はあくまでも、同じ日に墓参りに来た者同士の挨拶、というだけのことだろう。
『裏野ハイツ』とその住人に興味を抱いている者として、夫婦の様子は気になったが、流石に墓参り中にチラチラと見るのは気が引けたので、柾木は黙って祖父の墓の方を向き、持参した供え物のお菓子をつまみ始めた。置いて帰ると鴉などに荒らされるかもしれないし、かといって持って帰っても食べるこを忘れてしまいそうだ。だったら、この場で食べきってしまった方がいい。
――お菓子も食べたし、そろそろ帰ろうか。
ぼちぼち帰り支度を始めようかと柾木が思い、ふと夫婦のいた墓の方に視線を向けると、意外なことに二人の姿はもう無かった。
墓参りにやってきてまだ五分くらいしか経っていないと思うが、どうやら花を取り換え、線香だけ上げてそれで切り上げたらしい。
――少し気になるな。
またしても柾木の悪い癖が出た。好奇心から、夫婦が拝んでいた墓の様子が気になってしまったのだ。無関係の人間が人様の墓を覗き見る。無礼は承知だが、好奇心には抗えなかった。
昨日までの柾木ならここまではしなかったと思うが、昨日のお婆さんとの一件以来、好奇心の赴くままに行動している節がある。まるで童心に帰ったかのようだ。
五段下の墓まで降りると、真新しい花が供えられ、線香がまだ半分も燃え尽きていない状態で刺さっていた。先程まで夫婦が拝んでいたのだから当たり前ではある。
苗字からしてどうやらこの墓は旦那さん方の墓らしく、それなりに歴史があるようで、墓石におもむきがある。
「……何だよ、これ」
注意深く見ていたわけでは無い。ただ何となく見回していた際に、たまたま目についてしまった。
「何で、この子が……」
墓に眠る人の名前や没年の中で一番新しいもの、その内容に柾木は驚愕した。
没年日は一昨年の今日。年齢は一歳。もしも生きていれば現在は三歳。極めつけは刻まれている名前だ。
一度だけ、103号室の親子が三人で歩いている時に、母親が男の子をこの名前を呼んでいるところを目撃したことがある。
――あの子は二年前に死んでいる? だけど、俺はちゃんとあの子を見ているし。
まさか幽霊ということは無いだろうが、二年前に我が子を無くした夫婦が、その子と同じ年齢、同じ名前の子供と一緒に暮らしている。
正直、わけが分からなかった。
「……あの子はいったい」
昨日見た、お婆さんの孫だという子の写真が103号室の男の子と瓜二つだったこともある。どうやら柾木が思っていた以上に、『裏野ハイツ』の住人には謎があるようだ。
「面白いじゃないか」
柾木は深まる謎に臆するどころか、更なる好奇心に胸を高鳴らせていた。
謎の深まった第弐話となりました。
好奇心に歯止めが利かなくなってきている柾木の存在も、ある意味ではホラーですよね。




