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第壱話

 柾木まさきが『裏野ハイツ』に興味を持ち始めて一週間。

 この頃には、『裏野ハイツ』にどういう人達が住んでいるのか、あらかた把握できていた。


 101号室には50代くらいの男性、おそらくはサラリーマンだろう。通学のために『裏野ハイツ』の前を通りかかる際に、スーツを着て出勤していく姿を何度か見ている。


 102号室に関してははっきり言って謎だ。誰かが住んでいるのは間違いないのだろうが、いつもカーテンが閉まっているし、どういった人物が住んでいるのか今の所は分からない。もしかしたら、いわゆる引きこもりなのかもしれない。


 103号室には30代くらいの夫婦と小さな男の子。旦那さんは101号室の男性と同じくらいの時間にスーツ姿で出勤。奥さんはパートをしているようで、日中に近所のスーパーでレジチェッカーをしているのを見たことがある。子供は3歳くらいだと思うが、大人しい性格なのか、普段はあまり姿を見かけないため印象が薄い。


 201号室にはお婆さんが一人で暮らしている。近所の人といつも和やかに会話しており挨拶も欠かさない。気さくなお婆さんだというのが率直な印象だ。


 202号室、ここもまた102号室同様に謎だ。隣の203号室は空室だというのは、近くの不動産屋で確認済みだが、202号室はそうではないらしい。誰かが借りているのは間違いないが、いまのところは人が出入りしてるよう気配は無い。これは推測だが、金銭的に余裕のある人物がプライベートルームとして借りているのかもしれない。


 現状、柾木が把握している『裏野ハイツ』の情報はこんなところだ。

 



 さらに2日が経過した土曜日。

 夕暮れ時になり、柾木は近所の花屋へと足を運んでいた。

 ふと明日が祖父の月命日つきめいにちだということを思い出し、特に予定も無いので久しぶりに墓参りに行くことに決め、お供え用の花を見に来たのだ。

 柾木が着いた時点で店内に他に客はおらず、急ぐ予定も無いのでのんびりと店内を見て回ることにした。花屋には滅多に来ないので、これも創作のための貴重な経験だと思い色々と観察してみる。

 それからしばらくすると来客があったようで、店員の「いらっしゃいませ」という声が店内に響いた。

 何となく入口の方へと視線を向けてみると、


 ――あれ、あのお婆さんって。


 見覚えのある顔だと思ったら、『裏野ハイツ』の201号室に住むお婆さんだった。

 昨日『裏野ハイツ』の近くを通りかかった際に、散歩中のお婆さんとはすれ違いざまに挨拶を交わしていた。とても感じの良い人で、笑顔で挨拶をしてくれたのが印象に残っている。

 柾木がそんなことを思い出していると、お婆さんも柾木の存在に気が付いたらしく、会釈をしてきたので柾木もそれに返した。

 昨日たまたま挨拶を交わしただけの間柄だが、お婆さんは柾木のことをちゃんと覚えていてくれたようだ。ますます好感が持てる。


「若い男の子が一人でお花を見に来るとは珍しいね」


 お婆さんの方から声をかけてきた。言われてみれば、花屋に若い男性客一人というのは確かに珍しいのかもしれない。


「明日は祖父の月命日でして、お供えの花を見に来たんです」

「おやおや、それは感心だね」


 お婆さんはにこやかに笑っていた。話していてとても居心地がいい。


「お婆さんもお花を買いに?」

「孫に買って行ってあげようかと思ってね」

「お孫さんがいらっしゃるんですか」


 立ち入り過ぎかとも思ったが、話しの流れ的にこれくらいは聞いてもいいだろうと思い、柾木はそう返した。これもまた、ネタ作りに役立つかもしれない。


「ええ、普段は別々に暮らしてるけど、明日は私のところに遊びに来てくれることになっていてね。プレゼントにと思って」

「お孫さん、きっと喜ばれますよ」

「ふふ、ありがとうね」


 上品な笑いを浮かべると、お婆さんは花を選びに店内を回り始めた。


「こんなものかな」


 あらかた店内を見終えレジへ向かうと、お婆さんが柾木よりも先にレジで会計を行っていたので、お婆さんの会計が終わるのを待つ間、柾木はをもう一度店内ぶらぶらとすることにした。


「ん?」


 お婆さんが会計を終えたようなので再びレジの方へと戻ると、足元に一枚の紙のような物が落ちていることに気が付いた。

 しゃがみ込んでよく見てみると、それは古びた写真の裏面だった。店の物とも思えないので、タイミング的に考えてお婆さんが落としていったと考えるのが自然だろう。


「写真か?」


 拾い上げた瞬間に、写真に映し出された人物の顔が見えた。その顔は、柾木にも見覚えのある人物だった。


「……これって、確か103号室の」


 古びてボロボロになった写真には、三歳くらいの男の子が笑顔でピースをしている姿が収められていた。その顔は103号室に住む男の子と瓜二つで、本人としか思えない程よく似ている。

 

「何であの子の……いや、本当にあの子か?」


 写真の状態や背景などから考えて、この写真は少なくとも十年以上は前の物に思えた。三歳くらいの103号室の男の子が写っているのは違和感がある。そもそも、103号室の男の子だとして何故お婆さんがその写真を持っている? 

 物書きの性か、様々な想像を頭の中で膨らませてしまう。


「……いや、それどころじゃないな」


 ふと我に帰り、お婆さんに落とし物を届けなければという正義感に駆られる。外出中も持ち歩いているということは、とても大事な物に違いない。

 先に会計を済ませ、店員に事情を話し、花を包んでもらっている間にお婆さんを追いかけることにした。お婆さんが店を出てまだ間もない、若い柾木の足ならすぐに追いつける。


「お婆さん」


 花屋のある商店街を『裏野ハイツ』の方へと向けて駈けると、購入したばかりの花束を持ったお婆さんの後ろ姿を見つけ、声をかけた。


「おやおや、どうしたんだい、そんなに慌てて」

「これ、花屋に落としていかれましたよ」


 少し息を切らせながら、柾木は着ていたシャツの胸ポケットから男の子の写った写真を取り出し、お婆さんへと手渡した。


「……ああ、私としたことが、こんな大事な物を落としていたなんて」


 どうやら本当に大切な物らしい。お婆さんは声を震わせ、写真に写る男の子の顔を指先で撫でていた。


「お孫さんの写真ですか?」

「そうよ、私の大切な孫」


 やはり孫の写真だったのかと柾木は納得する。だが、そうなるとますます103号室の少年との関わりが気になる。

 実は103号室の家族は息子一家だったりするのだろうか? しかし、普段の様子から見てそれは考えにくいような気がする。写真が古いことも気になるし、他人の空似か?


 ――いかんいかん。


 悪い癖でまた想像を膨らませてしまった。お婆さんと面と向かっているのに、考え事なんてしていたら変人だと思われてしまう。


「それじゃあ、僕はこれで失礼しますね」

「届けてくれてありがとうね」


 写真を手渡したことで目的は達したので、柾木は花を取りに花屋の方へと惹き返して行った。


 ――近所の男の子に似た、孫の写真を持つお婆さんか。


 商店街を歩きながら、柾木は物書きとしての血が騒ぐのを感じていた。真相はまだ分からないが、実にドラマチックでは無いか、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。


 ――もっと観察してみないと。


 『裏野ハイツ』とその住人達への柾木の興味は、さらに深まりつつあった。





この作品では、主に103号室と201号室に関わるお話しをメインに進めていく予定です。

物語が進むにつれ、キーワードも増やしていくかもしれません。


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