第零話
「イメージにピッタリだ」
大学生の柾木正純は自転車での通学中、一軒の建物の前で足を止めていた。建物の名は『裏野ハイツ』。木造二階建ての、何の変哲も無い集合住宅だ。
目を惹くオシャレな外観なわけでも、知人が住んでいるわけでも無い。にも関わらず、柾木はこの『裏野ハイツ』に心惹かれていた。その理由は、彼のもう一つの顔にある。
柾木は市内の私立大学に通う二年生であると同時に、昨年とある出版社の新人賞を受賞した新人作家でもある。
デビュー作がそこそこ売れて現在は二作目の構想中。テーマだけはすでに決まっており、集合住宅を舞台に、各世帯の日常を描いた、一話完結のヒューマンドラマを書く予定だ
そんな柾木の脳内にある集合住宅のイメージと、この『裏野ハイツ』は見事にマッチしているのである。
こんなイメージ通りの建物が通学路の途中にあったなんて、まさに灯台下暗しだった。
――どんな人達が住んでるのだろうか?
柾木が書く物語はフィクションであるが、『事実は小説より奇なり』という有名な言葉もある。
建物だけでは無い、そこに暮らす人達を観察することも、きっと創作の糧になるはず。
観察といっても何もストーカーのようなことをするわけでは無い、日常生活の中で、ちょっとだけこの『裏野ハイツ』とその住人達に意識を向けるだけのつもりだ。
作家としての好奇心が、柾木の中に満ち溢れていた。
夏のホラー2016用に、裏野ハイツの設定を用いた作品を書いてみました。
今回はプロローグ的な扱いで短めの内容ですが、次回から物語が動き出していく予定です。




