地獄変
防災庁西日本防災局事態対処課の大垣彰良は、名古屋第四地方合同庁舎3階で機能の立て直しを図っていた。2026年に新築された名古屋第四地方合同庁舎は、免震構造を採用し予備電源やライフラインの多重化がなされた地域防災拠点と位置付けられており、電気も通信も今のところは無事だった。
「今いる地域防災力強化担当を全員呼集しろ!」
本庁及び地方気象台から地震の規模や詳細が上がってくる。2029年に防災庁からの勧告により整備された官公庁総合多重通信システムも正常に機能している。
「課長補佐!」
呼び声に振り向くと若手の職員の隣に事態対処課長が立っていた。
「状況は。」
課長の問いに現在上がっている情報をまとめる。震源は室戸沖、マグニチュードは速報値8.9。事前の想定を上回る規模だ。
「本庁からです。災害緊急事態の布告を前提に地域災害対策本部を設置し他省庁や自治体との調整に当たれ、とのこと。」
上空からジェット機のような爆音が聞こえた。春日井市出身の大垣には聞き覚えのある音だ。恐らく自衛隊の戦闘機だろうと思った。被災地域の外で最寄りの戦闘機基地、恐らく百里か小松の機体だろう。
数分後、大垣は自販機で買ったコーヒーを片手にSNSを眺めていた。各地の壮絶な被害が撮影され、拡散されている。中部国際空港では駐機場の亀裂に主脚を巻き込まれた貨物機が爆炎を上げ、ターミナルビルでは天井板が崩落している。名古屋駅の超高層ビルでは長周期地震動により高級レストランで怪我人が多数出ているほか、エレベータの緊急停止に巻き込まれ脱出できなくなった人もいる。湾岸部や低地では液状化でアスファルトが割れ下水管が浮き上がり、JR中央線では定光寺駅付近で電車が脱線したようだ。大阪の住宅密集地域では火災が広がりつつあり、奈良では法隆寺の瓦屋根が破損したらしい。気がかりなのは情報が全く流れてこない太平洋岸の地域である。津波はもう到達しているだろう。
「会議始まります!」
大垣を探していたらしい職員の1人がこちらに駆け寄ってくる。もうそんな時間か、と思い腰を上げる。
2032年6月15日17時45分、西日本地域災害対策本部第1回本部会議が始まる。議論の嚆矢を放ったのは西日本防災局長である太田だった。
「当該発生の、令和14年四国沖地震につきまして、政府より災害緊急事態の布告を視野に入れた対応を検討してほしいとの通達がありました。」
室内が少しざわめく。
「この場にお集まりいただいた愛知県、名古屋市、またこの地方を所管する各機関の皆様と、通話がつながっております岐阜、三重、滋賀県の皆様と共に、今後の方策について議論していきたいと思います。事態は急を要しますので、早速ですがまずは現在の状況を。」
一息に言い切ると、控えていた職員に代わった。
「各地の被害状況から、現在上がっている範囲のみですが。」
急ごしらえのスライドショーがディスプレイに映し出される。愛知県田原市、津波到達済。同小牧市、名神高速道路上で多重事故。岐阜県下呂市、地すべりによりJR高山本線下呂駅が崩壊。そして愛知県名古屋市西区、地下鉄浅間町駅南西で大規模火災。火炎はここからでもよく見える。
「地獄だ。」
消防のヘリが捉えた火炎の中に、人影が映った。数十分後には名古屋市内に津波も到達する。静まり返る会議室が、これから訪れるものを暗示しているようだった。
次話からやっと鉄道輸送隊の話になります!大変お待たせし申し訳ありません。




