緊急災害対策本部
発災から1分後、時の内閣総理大臣である浦賀進一は官邸対策室を設置し、26分後に自らを本部長とする緊急災害対策本部を設置を閣議決定した。
「当該発生の、令和14年四国沖地震、南海トラフ巨大地震と考えられる事象につき、事前の想定を超えた最悪の事態が露わになりました。」
浦賀の声はざわめく本部会議を沈黙させた。発言は続く。
「震度7を超えた地域が広範囲に及び、全国的に極めて甚大な被害が出ています。」
「この未曾有の災害に迅速に対処するため、史上初の災害緊急事態の布告を視野に入れ対応したいと考えています。」
官僚たちが少しざわめいた。
「まずは現状の把握から、今橋副本部長。」
「はい。」
立ち上がった若い男は今橋涼太、若干39歳で防災大臣として初入閣を果たしたやり手の政治家である。
「現在庁の方に上がっている情報を整理します。」
2032年6月15日17時21分10秒、室戸岬沖合の南海舟状海盆を震源としたマグニチュード8.9(速報値)の大地震が発生。震度7を静岡県下田市から鹿児島県肝付町までの広い範囲で観測し、その合計人口は約1000万人、さらに直接被害人口は約2500万人に上ると推計されている。孤立している集落は推計で2200、幹線道路や高速道路、鉄道の寸断も相次いでいる。
「空自から被災地の空撮が来ました!」
控えていた官僚が発言し、画面が切り替わる。映し出された航空写真は、何気ない海辺の無人地帯を写しているように見えた。
「現在の、三重県熊野市新鹿地区の画像だそうです。」
会議室が凍り付いた。海岸線だと思っていたそれは、ただの斜面で、崖で、棚田だった。
「官房長官、災害緊急事態布告の準備を。防衛大臣は自衛隊全部隊に災害派遣要請。」
内閣総理大臣である浦賀の声は震えていた。若手時代から国務大臣を歴任し、防衛大臣に任命されて以来頭角を現し、40代にして内閣総理大臣の席を手に入れた男が、声を震わせていた。
「防災大臣、今後の計画は。」
絞り出すようなその声で、災害対策本部は動き始めた。
次で発災編は終わりです。お待たせしました。




