発災、高崎市にて。
2032年6月15日17時15分、この日休暇を取っていた網干は、高崎市内の公務員宿舎でテレビを眺めていた。外は少しだけ黄色がかり、西向きの窓から燦々と太陽光線が差し込んでいた。
『今秋開業予定の北海道新幹線札幌駅にて、レールウォークイベントが…』
テレビニュースがイベント情報を伝え、子どもたちへのインタビューが流れる。日差しが強まり、カーテンを閉めようと網干が立ち上がる。
「ただいまー!」
玄関が開く音と共に小さな影が元気に駆け込んできた。
「パパ!今日ね、佑くんね、」
「佑太!パパと話すのは?」
「手洗いの後!」
高崎駅前のショッピングセンターの袋を下げて、妻の由香里がリビングへ向かってきた。野菜や総菜が詰め込まれた袋をダイニングのテーブルへ落ち着かせると、少し取り分けてキッチンへ運ぶ。
「手伝うよ。」
網干がパック入りの卵を手に取り冷蔵庫に近づくと、由香里は休暇なんだからと制止し、ひとしきり運び終えるとキッチンでそのまま手を洗い、夕食の準備を始めた。
「パパ!あのねあのね!」
佑太が洗面所から戻ってきた。市内の幼稚園に通っている佑太は今年で5歳になる。
「今日美紗ちゃんがね!」
由香里に似てくっきりとした目元が愛らしい。飛び込んできた佑太を受け止め、ソファに座る。由香里が網干を呼ぶ声が「幹也くん」から「パパ」になって久しい。ここ最近は昨年末のような土日も帰れない程の多忙ではなかったが、それでも家族との時間は貴重なものだ。網干が突然自衛官になることになったと言っても着いてきてくれた大切な家族だ。
「ママ!今日のご飯はー?」
「ハンバーグだよ。」
「やったー!」
佑太のはしゃぐ声が2LDKの官舎に響く。平穏そのものだった。その時だ。
『地震です。地震です。』
けたたましいブザーが携帯から鳴り響く。テレビからは不協和音が流れ、網干はとっさに佑太をかばいながら机の下へ滑り込んだ。
『えー、地震です。地震が発生、はい、えっ!震源地は高知県沖、震源は高知沖です。』
『東京汐留のスタジオも大きく揺れています。身の安全を守ってください。』
ニューススタジオに切り替わったテレビ画面からは、アナウンサーの少し焦ったような声と、背後の怒号が聞こえていた。少しして、揺れは収まった。室内では棚の上の花瓶が割れたこととソファがずれ動いたくらいで特に大きな被害はないように見えた。
「由香里!大丈夫か!」
網干が叫ぶとダイニングの物陰から由香里が顔を出す。佑太も腕の中で無事である。
『先程17時21分頃、首都圏を含む西日本の広い地域で地震を観測しました。まだ詳しい情報は入ってきておりませんが、』
テレビではアナウンサーのもとにスタッフが駆け寄り、原稿を渡していた。アナウンサーが一瞬目を見開き、スタッフに目配せしたのち、話し出す。
『えー、先程発生した地震ですが、震源地は高知県室戸岬南方、最大震度は7を観測しております。そして、大津波警報が発令されました。千葉県から沖縄県の広い範囲の沿岸部に、大津波警報が発令されています。』
「パパ、怖いよ。」
佑太が泣きそうな目でこちらを見る。由香里が駆け寄って、佑太を宥める。そして、アイコンタクトで網干に「行きなさい」と言った。
「佑太、ママと一緒にいれる?」
「どこ行くの、パパ。」
「お仕事に行かなきゃいけないんだ。でも大丈夫だよ。」
不安そうな目で頷いた佑太を由香里に任せ、自室へ向かい仕事用の携帯を手に取る。丁度電話がかかってきた。
「ああ、今から行く。うん。よろしく。」
網干は鞄に荷物を軽く詰めると、1枚上着を羽織って鞄を背負った。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「はやく帰ってきてね、パパ。」
さみしそうな顔の佑太と、目の奥に少しの不安の混じった由香里を抱きしめると、官舎を出て駐屯地へ向かう。まだ沈まない夏の太陽は、少し騒然とした高崎市内を照らしている。網干は足を速めた。




